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SLAYERS STRUT ~魔族狩りのお姉さん(おっさん)~  作者: 水茄子
お姉さん、決着をつける。
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SLAYERS STRUT②

 無限に続くとさえ思えた夜の帳に、僅かながら白が差し込みはじめた頃。

 タコ頭の魔族に操られているソニアと、魔族狩り本部ビルの屋上で対峙していたお姉さんは、まったく好転しない戦況に歯噛みしていた。


 それもそのはず。今、お姉さんが戦っているのは、かつてお姉さん自身が己の半身と言っても過言ではないほどに鍛えた、最高にして最愛の相棒(パートナー)

 お姉さんになる前のおっさんが、身につけていた技術と心得を全て教え込んだ、唯一無二の存在でもある。

 そうだ。半身、なんて生温い育て方をした覚えはない。

 ソニア・エスペランサは、技術面だけならかつてのおっさんそのものだ。


 呼吸を挟むタイミング。

 相手との間合いの取り方。

 接近戦における足運び。


 どれひとつとっても、まさに瓜二つ。全てを教えた昔のお姉さんもお姉さんだが、ここまで完璧にその全てを模倣してしまったソニアもソニアだ。

 ルシアの呑み込みの早さは、母親であるソニアさん譲りだったワケか。

 おまけに、こちらは銃火器を使えない。接近戦の最中に急所を外して撃つ、なんて曲芸じみた手加減ができる相手じゃない以上、お姉さんは徒手空拳で挑むしかないワケだ。

 そして本来、手加減というものは彼我の実力差が圧倒的な状況でのみ、可能となる。

 なにせ、相手を殺さないように、少しでも傷つかないようにしなければならないのだから、必然的に手加減をする側の選択肢は限られてくる。

 目つぶしや鼓膜を破る、膝の皿を割るなどの、急所を攻めて肉体に重いダメージを与える技は、当然ながら使えない。

 殺さないこと、傷つけないことは、ただ殺すことの何倍も難しいことなのだ。

 あまつさえ対等、或いは格上の相手に手加減などしようものなら、それは紛れもない自殺行為なのである。

 対して、操られているソニアにそんな制限は存在しない。全力でこちらの息の根を止めようと、銃火器やナイフを使ってきている。

 分が悪い勝負にも程がある。

 両手を縛られた状態で、水泳をしているようなものだ。


 ◇


 お姉さんは、常に間合いを詰めていた。

 殴れる距離、蹴ることができる距離を維持し続けなければ、ソニアは間違いなくこちらを91で撃ってくるだろう。

 当たり前だ。相手が銃火器や飛び道具の類を使ってこないと分かっているなら、礼儀正しく向こうの間合で戦ってやる義理など存在しない。

 これは殺し合いであって、試合や決闘ではないのだ。

 だからこそ、格闘戦の間合を維持し続けなければ、お姉さんは敗北する。

 それでも、向こうはナイフ。こっちは素手なワケだが。


 ソニアはその右手に持つナイフを逆手に持ち、刃を横にして構えている。肋骨をすり抜け、臓器に直接その刃が届く構え方。お姉さんが教えた通りだ。

 そして2回、3回と連続で、ソニアはナイフによる刺突を行ってきた。その刃先が狙うのは、お姉さんの心臓。

 相手が生身の人間の場合、切り払うならば重要な血管の通っている、或いは相手の動作に直結する首や手首、太腿。刺突するならば、臓器の集中している胴体を狙うのが理に適っている。

 首や手首などは、深く突き刺さずとも致命傷となり得るが、肉と骨によって臓器がある程度守られている胴体の場合、それらを貫く必要があるためだ。

 洗脳を受けてもなお、しっかりと教えたことを実行してくれているソニアに感心しつつ、お姉さんは上体を自身から右に反らして初撃を回避。

 しかし、2回目の刺突は左に避けても回避しきれず、刃がお姉さんのシャツはおろかスポーツタイプの下着までも切り裂いた。もう少しで、文字通りの出血大サービスだ。

 どうにか反撃に転じようと、3回目の刺突は上体をまた右に反らすとともに、突き出されたソニアの右手首をお姉さんの右手で掴んで引っ張る。


 お姉さんの思惑通り、ソニアは前のめりになって体勢を崩し、そこに一瞬の隙が生まれた。

 とにかくナイフを捨てさせようと、お姉さんはいま掴んでいるソニアの右手首を思いきり握りつつ、左の裏拳でソニアの鼻面を叩く。

 罪悪感のあまり力を緩めてしまいそうになるが、そんな甘えを見せてしまったら、次の瞬間にはお姉さんの喉笛は掻き切られているかもしれない。

 ソニアを救うためにも、今ここで余計な感情を挟みこむわけにはいかないんだ。


 もっとも、今のソニアにそんな心配は無用だった。


 お姉さんの裏拳をもろに鼻面へと叩き込まれたというのに、ソニアはその綺麗な顔を鼻血で汚しながらも、瞬きひとつせずにこちらを視界に捉え続けていたのである。

 そして、その異様な光景に思わず目を見開いたお姉さんの脇腹へ、何かが突き刺さった。

 その正体は、ソニアの左袖に仕込まれていた小型の隠しナイフ。手首から人差し指の先っぽほどの短いナイフだが、それでも凶器であることに代わりはない。

 迂闊だった。

 恐らく、魔族由来の特殊な金属で作られていたであろうその小型ナイフの刃先は、魔獣の皮製コートや防弾ベストすら貫通して、お姉さんの脇腹にしっかりと刺さっている。

 出血による気持ちの悪い温かさを脇腹から感じ、痛みで顔をしかめるお姉さん。その痛みによって、お姉さんはソニアを拘束していた腕の力を一瞬緩めてしまった。 

 無論、そんな好機を見逃すソニアではない。

 ソニアはお姉さんの右手を振り払うと、そのままナイフでお姉さんの右太腿を切り払った。そして、思わず姿勢が崩れたお姉さんの腹部に、全力で右前蹴りを喰らわせる。

 為す術なく、地面へと仰向けに倒れたお姉さん。


 まずい、体勢を――――。


 そう思う間もなく、素早く抜かれたソニアの91から放たれた銃弾が2発、お姉さんの左肺と腹部付近に撃ち込まれた。

 ダグラスから貰った最新の防弾ベストが守ってくれたものの、のたうち回りたくなるほど強烈な衝撃がお姉さんの身体を襲う。

 そして、倒れているお姉さんをこのまま仕留めようと、ソニアは自身が構えている91の弾倉が空になるまで、こちらに向けて発砲してきた。

 お姉さんは地面を丸太のように転がってそれを回避し、ソニアの弾切れを確認して立ち上がる。

 本来ならばこの隙に、大きく開いてしまった間合を再び詰めるべきなんだろうが、脇腹を刺され、2発も銃弾を喰らったすぐ後では厳しい。

 どうにか呼吸を整え、痛みを鈍らせるのがやっとだ。脇腹の出血に関しては、腹部に東国由来の所謂()()()を巻いているため、多少はマシになっていることを祈る他ない。

 いや、まったくもってまずいな。

 花鶏と戦った時よりも、勝ち筋が見えてこない。


「ハッハッハ! 流石のラーテルといえども、己が愛した者には勝てんか!」

 高みの見物とばかりに、タコ頭の魔族は顎の部分についた触手を蠢かせて笑っている。

 今すぐにでも撃ち倒してやりたいが、ヤツとお姉さんの間には常にソニアが立ち塞がっていた。迂闊にお姉さんがタコ頭を撃てば、恐らくヤツはソニアを操って盾にするだろう。

 流石、魔王が死んでから数十年もの間、地下に潜伏して機を窺っていただけはあるね。狡賢さは折り紙つきってワケだ。

「貴様の妻を捕えるのは、存外簡単だったぞ? 何せ、この女は碌に警備もされていない都市の郊外にある家で、ずっと貴様の帰りを待っていたからな」

「……そう、か」

 すまない、という思いが胸の中に溢れ返る。

 ずっと、待っていてくれたのか。こんな馬鹿なヤツの帰りを、かつて家族みんなで笑っていたあの家で。たった独りで、待っていてくれたのか。


 必ず、助けてみせる。


 タコ頭の挑発は期せずして、痛みと出血で曖昧になりつつあったお姉さんの意識に、再び火を点けた。

 お前を倒して、世界を救って、ソニアに謝るまで、何があっても死ねないな。

 ただ、そのためにはやはりお姉さんだけでは勝てない。ティオちゃんの魔力線を見つける力が、どうしても必要になってくる。

 恐らく、ソニアさんを操ることに専念しているタコ頭は、お姉さんの後ろにいるティオちゃんに見向きもしていない。

 戦力外、とでも思っているのだろう。

 だが、この状況においてはティオちゃんこそがお姉さんの切り札だ。

 直接的な武力行使がソニアという分厚い壁に阻まれている以上、最早お姉さんの側に残された勝ち筋は魔力線の発見と切断だけ。

 そして今、ティオちゃんの推測通り、巨像は本部ビルへの攻撃を止め、ぴくりとも動いていない。

 なら、お姉さんにできることはひとつだけ。


 ソニアを操っているタコ頭の魔力線を、ティオちゃんが見つけ出して切断してくれるまで、ただひたすら戦い続ける。

 

 いいね。こういうのは分かりやすくて、お姉さん向きだ。

 両手で左右の頬を叩き、情けない自分に活を入れて、お姉さんは再びソニアとの間合いを詰めていった。

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