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SLAYERS STRUT ~魔族狩りのお姉さん(おっさん)~  作者: 水茄子
お姉さん、決着をつける。
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第8話

「――嘘! それは嘘よ! 今のあなたの目に、私は映っていない! ……いいえ、それだけじゃない。今のあなたの目に映っているのは、悲しみと妄執だけ! あの子が遺した言葉の本当の意味すら忘れて、自分の世界に逃げ込もうとしてる!」


 あぁ、ソニアの言うとおりだよ。

 直衛官から執行官に変わって、そこからティオちゃんに出会うまでの間。お姉さんは何もかもから逃げ出していたんだ。


 ルシアの死と、遺してくれた言葉。

 耐えがたいはずの自らの悲しみを押し殺してまで、お姉さんを心配してくれるソニア。

 戦うことしか知らない自分。


 数えきれないほど色々なものから、逃げ出していたんだ。掌で自らの目を覆い隠すように、闘争という刹那の陶酔を重ねていたんだ。

 あまりにも、直視するには悲しすぎた。

 そして、その悲しすぎる現実を受け止められるほど、お姉さんの心は強くなかった。


「あなた自身が、忌み嫌っていたはずの血に塗れた世界へ。そして、あなたが一番知っている魔族狩りの世界へ、逃げようとしているだけ! 気づいて、あなた……。そこにあるのは、死と憎悪と、欲望だけ。そこに、あなたの夢は――――」


 ――――ただ。


  ◆◇◆


「――――ラーテル、58階は俺と直衛官たちが押さえておく! 屋上での戦いを邪魔させるようなヘマはしない! だから、早く行け!」

 魔族狩り本部ビル、58階。

 ダグラスがお姉さんに向かって叫ぶ。他のフロアと同様に、このフロアも少数の直衛官や事務員たちが雑多な小火器と、棚や机などで構築したバリケードを用いて、どうにか魔族に対抗していた。

 ダグラスはそんな彼らの指揮を、率先して行っている。

 惜しげもなく半自動式散弾銃をぶっ放し、戦闘慣れしていない事務員にも的確な指示を与えるコイツのおかげで、このフロアの形勢はどうにか互角の状況を保っていた。

 流石はラーデン支部、鬼の支部長サマだ。お姉さんやクラベル、ネゲヴたちに送る指示もいちいち精確で、まさに仕事のできるおじさまって感じだよ。


「馬鹿言うな! その散弾銃の弾だってもう無くなりそうだってのに、強がるんじゃないよ!」

 お姉さんはダグラスに叫び返しつつ、バリケードから身を乗り出して、近づいてくる魔族連中へ両手に構えた91の銃弾をこれでもかとお見舞いする。銃弾の効きにくい皮膚を持つ魔族が前面に立てば、銃弾の代わりに手榴弾をプレゼントして吹っ飛ばした。

 まだ59階の掃除と、屋上のタコ頭が残っているが、出し惜しみをしている場合じゃない。

 片方の91の弾を撃ち切り、スライドが後退した状態で停止する。急いで、しかし冷静に予備の弾倉をコートのポケットから引っ張り出し、空の弾倉と交換。

 数えきれないほど行ってきたこの動作が、お姉さんの頭を僅かに冷却させた。

「ただこれ、キリ、ない」

 浜辺に押し寄せる波のようにわらわらと群がってくる敵を、次々に切り捨てているクラベルがぼやく。

 この褐色娘やダグラスの言い分も確かにもっともだが、こんな状況でお姉さんやクラベルたちが抜ければ、形勢が一気に魔族側へと傾くことなど明白だ。ましてや、頼りの散弾銃の残弾が心もとないとあっては、尚のこと抜けるわけにはいかない。

 しかし、そんなお姉さんの言葉など意に介さず、かつて背中を預けたこともあるこの馬鹿な相棒は、痩せ我慢の見栄を張り続けていた。

「――お前が、ルシアちゃんを失った時。俺は元相棒として、お前に何もできなかった。執行官になろうと、書類を提出してきたお前の、しょぼくれたツラは今でも覚えている」


「……だが、また手に入れたんだろう? 取り返したいもの、やらなくちゃならないこと、守り通したいものが。今のお前の顔を見れば、俺にも分かる。なら、元相棒にもう一度くらい、そのしみったれた背中を預けておけ」

 

 まったく、ここまで言われちゃあ、仕方がない。

「しみったれた、は余計だ。……ただ、礼は言っとくよ。なんなら、キスのひとつでもしてやろうか?」

「気色の悪いことを言うな。これが終わったら、お前が俺のオフィスで飲んだヤツよりも高い酒を持って来いよ」

 最後に、互いの目を一度だけ見る。その目はどんな言葉よりも雄弁に、相手を励ましていた。

 そして、そのままお姉さんはクラベルやネゲヴ、ティオちゃんに合図を送って非常用階段の扉を開ける。

 まずは非常用階段の安全を確認するためにクラベルが、その次にネゲヴが入っていき、後はティオちゃんとお姉さんを残すのみ。

 しかしダグラスを心配するティオちゃんは、なかなか動こうとしない。

「お姉さん、ダグラスさんはまさか――――」

 そう言いかけたティオちゃんに、お姉さんは微笑みかけた。

「大丈夫さ。この程度でくたばるヤツなら、今ここに立っちゃいないよ」

 お姉さんの言葉にティオちゃんはこくりと頷いて、クラベルたちの後を追う。

 そんな自らの言葉を、お姉さんは心の中で何回も自分に言い聞かせながら、非常用階段に繋がる扉を閉じた。

 

 ◆◇◆


 ただ、今なら分かる。

 お姉さんは、何ひとつ失っていなかったんだ。


 確かに、ルシアはこの世を去ってしまったけれど。あの子と暮らした日々は、お姉さんの心にいつまでも温かい光を与えてくれている。どれだけ苦しくても、悲しくても、この光が消えることはない。

 そして、この光はいつでも、お姉さんの進むべき道を示してくれていた。


 お姉さんのために命を懸けてくれる相棒や、共に巨悪に立ち向かってくれる仲間だっている。だから今、お姉さんはこうして胸を張って戦い続けることができるのだ。

 自分に胸を張れる戦いを。そして、支えてくれる人たちに胸を張れる戦いを。

 

 いつだって光も、大切なものも、何ひとつ欠けることなく、お姉さんの周りにあったんだ。

 それなのに。

 その光が少しばかりの悲しみで隠れてしまっただけで、馬鹿なお姉さんは嘆き悲しみ、折角あの子が遺してくれたものや、お姉さんのために戦ってくれる人たちに自らで背を向けた。

 ティオちゃんがいてくれなきゃ、ずっとお姉さんは憎悪と怨嗟の暗闇でぐるぐると、あてもなく彷徨っていたに違いない。

 いや。それだって、あの灰色の墓地でソニアが、散々言ってくれていたじゃないか。


 本当に、馬鹿なヒーローだ。

 ただ、それでも。

 まだ間に合う。まだ、何も失っちゃいない。

 必ず助け出して見せる。

 

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