第6話
先行していたダグラスと無事に合流したお姉さんたちは、二手に分かれて行動していた。お姉さんはダグラスと共に副局長を説得。ティオちゃんとクラベル、ネゲヴは本部内の各所で散発的に抵抗している他の魔族狩り職員たちに接触し、巨像を倒すための犯行作戦に備えるという手筈だ。
「良かったのか? あのエルフの女の子と別れて」
「あの副局長に、ティオちゃんを会わせたくないんだよ。汚れた大人の代表例みたいな耄碌爺に、あの子を会わせたくない。お前も子持ちなら分かるだろう?」
「あぁ、確かに。俺も、自分の娘をお前に合わせたくないからな」
「……否定はしないでおくよ」
そして、お姉さんとダグラスは今、その耄碌した副局長がいる部屋の前にいた。ホルスターの拳銃がすぐ抜けることを確認し、お姉さんは無駄に手の込んだ装飾がされた両開きの扉をノックする。
「どうも、腹黒副局長。識別符号ラーテルの、下っ端執行官ですよ」
相手は旧魔王軍の残党とすら手を組むような、いけ好かない腹黒爺だ。今この瞬間に、扉の向こうから機関銃を掃射されたって驚かないよ。
ダグラスも警戒しているのか、この戦いのために持参したセミオートの散弾銃を扉の傍で構えている。お姉さんが以前に使ったポンプアクション式のものよりも素早い連射が可能なため、閉所における制圧力に長けている分、値段がなかなかお高いものなんだが、高給取りのダグラス支部長には関係ないらしい。
さて、どう出てくる。
「――入れ」
短く、副局長の返答があった。
お姉さんとダグラスは互いにアイコンタクトをして、先にお姉さんがゆっくりと室内へ入る。足元や首の位置にワイヤーなどは見えないので、罠は仕掛けられていないようだ。
「安心しろ。お前たち二人に勝てるなど、到底思っていない」
「安心しろ、だって? 旧魔王軍の残党に取引を持ちかけるようなクソジジイ相手に、どうやったら安心できるのか逆に教えてほしいね」
部屋の奥でデスクチェアに座っている副局長は、お姉さんたちを見ても表情を全く変えない。観念したかと思ったが、デスクの上に回転式拳銃が置かれているところを見るに、状況次第では左脇の91を抜くことになりそうだ。
「どうやら、この一件にまつわることはおおよそ知っているようだな。なら、話は早い。――あの取引は、魔族狩りという組織の体制を盤石にするため、必要不可欠なものだったのだ」
出たぞ。お偉いさん名物の、組織のために仕方なかった理論だ。
組織のために仕方なく、幸せに暮らしていた人間やエルフを攫って、魔族の実験台として売っ払ってました、とでも言うつもりか。
「心底、笑えない冗談だ」
「そう思うかね? だが、魔族狩りという組織が強大だったからこそ、人間社会は魔族などという文明の尊さも知らぬ野蛮な種族から守られていたのではないか。少なくとも、私はそう確信している」
なるほど、これは会話が成立しないタイプのクソ野郎か。
この副局長にとって、形成された社会の外側にいる人間や、そもそも人間ではないエルフは、最初から守るべき人間社会とやらの括りに入っていないのだ。ネゲヴのように、人魔の隔たりなくこの世界での共存共栄を考えている者ですら、この爺は魔族だからという理由で排除するのだろう。
そいつは本質的に、この爺が嫌っている魔族連中の思想と瓜二つだ。違いがあるとすれば、この世から根絶やしにしたい対象が人間か、魔族かってだけだろう。
「自然崇拝に固執するエルフや、全てを暴力で解決しようとする魔族が、我々人間の築いた文明に何か利益をもたらしたことがあるかね? 連中は常に、人間の文明や社会を害する不穏分子、いわば害虫だ。現に、そういった魔族によって多くの者が実害を被ったからこそ、魔族狩りは生まれたのだ」
「なるほど。そして、その組織を実質的に束ねる副局長の崇高な理念によって、今のこの状況が生まれたワケだ。大した茶番だよ、まったく」
もっとも、これに関してはお姉さんも強く言えない。
つい最近まで、お姉さんもこの爺と同類だったのだ。魔族狩りという仕事だからとか、忌名つきという危険な魔族だけを殺していたとか、そんなことは理由にならない。
だからこそ、この馬鹿げた戦争をいち早く終わらせなければ。
「まぁ、いいさ。ここに来たのは、爺とお話するためじゃない。――いま本部にいる職員たちをかき集めて、組織的な抵抗ができるようにするんだ。それと、お姉さんたちの首を狙ってるアンタの飼い犬連中も、引っ込めさせろ」
お姉さんはダグラスと共に副局長のデスクへと近づき、左手でデスクを叩いた。
「できんな」
クソジジイ、そのシワまみれの顔に銃弾を撃ち込んでやろうか。思わずホルスターの拳銃に手をかけそうになるが、隣にいたダグラスの視線がその手に刺さったので止めた。
この部屋に一番詳しいのは、他でもない副局長だ。なら、職員たちへの命令は本人にやらせるのが最も手っ取り早い。それに、このクソジジイは腐っても魔族狩りの副局長だ。一介の執行官や支部長が指示を出すより効果的だろう。
しかし、副局長は依然としてその尊大で、反抗的な態度を崩さなかった。
「お前たちを狙わせた執行官は、タルナーダ連邦の基地跡から音信不通だ。そして、現場の職員たちは混乱していて、統率などとれん。魔族狩りは、もう終わりだ。なら、潔く――――」
お姉さんは、ふざけたことを抜かす副局長の胸ぐらを思いきり掴む。
「これまで好き勝手にやってきて、自分が死ぬ時だけは潔くなんて、都合が良すぎやしないか? そんな権利はもう、アンタにもお姉さんにもないんだよ。せいぜい今あるこの世界が壊れないよう、死ぬまで動き回るしかないのさ」
そうだ。これまで、魔族も人間も含めて、多くの者の血でこの手を汚してきた。この副局長とお姉さんの違いは、直接手を下したか否かだけ。
そして、他人の生き死にを勝手に決めておいて、自分の生き死にだけは自分で決めるなんてことは許されない。
なら、死の足音が聞こえてくるその時まで、自らのできることをやるだけだ。それが贖罪であれ、過去との決着であれ、できるならやるしかない。
隣に居たダグラスが咳払いをして、熱くなってしまったお姉さんとは対照的な冷たく、低い声で副局長へと話しかけた。
「ともかく、貴方はまだ魔族狩りという組織の副局長です。手前の失敗を手前で勝手に終わらせるより先に、とるべき責任と果たすべき役割があるでしょう。それがプロ、それが大人ってものでは?」
相変わらず、声と顔が怖いヤツだ。
だが、そのおかげで副局長は観念して、椅子に座るしょぼくれたクソジジイになった。
よし、目標のひとつは完了だ。