敵中突破 ―Side:Slayers―
『――地下駐車場が突破されました! とんでもない数の魔族です!』
『あの馬鹿デカい人形はなんだ!』
『副局長! 敵は旧魔王軍の残党だけではありません! 単なる魔族や各地の忌名つきまでもが、この本部を取り囲んでいます! 直衛官だけでは守り切れません! 至急、増援を――――!』
高位魔族取締局、副局長のヒューリアス・ラムズフェルドは、耳障りな部下の無線を無慈悲に切った。
そして、いつものように高価なデスクチェアへと座り、熱いコーヒーをゆっくりと口に運ぶ。そのコーヒーは、彼の秘書はこの魔族狩り本部が包囲される前に慌てて逃げ出してしまったため、仕方なくラムズフェルドが自らで淹れたものであった。
「……どいつも、こいつも。まったく、使えん連中だ」
今、本部を守っている直衛官は、この場所を包囲している魔族たちの半分にも満たない。その魔族の中には、旧魔王軍の残党や強力な忌名つきが混じっており、歴戦の直衛官といえども数が揃ってしまうと苦戦を強いられていた。
また、建物の正面入口だけでなく、地下駐車場を通る下水管や屋上からも、半水生の魔族や飛行できる魔族が建物内部へと侵攻。それに対して直衛官やそれ以外の職員たちは、デスクやオフィスキャビネットなどを倒してバリケードを構築し、本部内も戦場と化している。
しかし、何よりも魔族狩りを不利な状況に陥れたのは、旧魔王軍の残党は引き連れてきた巨像。
ラムズフェルドは魔族狩り本部の半分ほど、二階建ての民家程度ならばゆうに蹴り飛ばせる大きさを持つあの巨像が、執行官たちの使っている偽装刻印と同じ原理で動いているのではないかと睨んでいる。
あらゆる物理的な攻撃を受け付けず、その暴力的な質量と、触れたものを問答無用で消し去る不可思議な魔術を備える巨像は、まさに魔王という力の再来といっても過言ではない禍々しさだった。
「……偽装刻印の対価として売り払ったエルフ共を、まさかあのような形で使うとはな」
ラムズフェルドが、顔をしかめる。それは飲んでいるコーヒーの苦みによるものではなく、魔族などという畜生同然の化物共に出し抜かれたことへの怒りによるものだった。
副局長として魔族狩りという組織の裏側を仕切る彼と、旧魔王軍の残党が行った取引。
それは、執行官にエルフや魔族狩りにとって不利益となる人間を拉致。それをラーデンの奴隷市場などを通じて、タルナーダ連邦に寄生する残党へ与える代わりに、偽装刻印や魔工学などの技術を供与させるというものだった。
また、拉致した人間の中から才覚のある者は執行官に育て上げ、魔族狩りの更なる権力強化に利用するというもので、この一連の取引によって魔族狩りという組織は、各国の干渉を受けない対魔族機関として君臨することができたのである。
対魔族・魔術に関するノウハウや、通常は知り得ない魔族の情報なども、この取引の副産物であった。
無論、ラムズフェルドとて残党側の目論見をまったく知らなかったワケではない。
しかし、タルナーダ連邦は十年以上前から政情が不安定で、元々が閉鎖的で諜報活動の難しい国家であったこともあり、この蜂起直前まで察知できなかったのだ。
「基地跡へと向かった執行官とも、連絡はとれん……。最早、これまでか」
観念したラムズフェルドは、自らのデスクの上に置いてあった回転式拳銃へと手をかける。
彼が行ったこの取引のことが、明るみに出ることはないだろう。何故なら、この魔族狩り本部が魔族の手によって陥落した時点で、人間側が勝利する見込みは極めてゼロに近くなるからだ。例え明るみになったとしても、その時は既に人間の築いた文明は無くなっている。
各国が持っている対魔族に関する情報や技術などたかが知れていることは、そう仕向けたラムズフェルド自身が良く知っていた。またそうでなければ、各国の利権や思惑を差し置いて、魔族狩りが世界中で自由に活動できるわけがない。
国家の影響を受けず、ただ純粋に人間世界の障害になる魔族と、それに類するものを狩る組織の構築。
この理想を実現するため、ラムズフェルドは表と裏の世界を奔走し、魔族狩りという組織をここまで強くした。しかし、その結果が魔族の蜂起による人間世界の危機とは、何とも皮肉なものである。
その皮肉さを笑いながら、ラムズフェルドは拳銃の銃口を自らの下顎に当てた。
過程はどうであれ、自分は魔族との駆け引きに負け、人間世界を崩壊させる手助けをしてしまった以上、死んで償う他にない。
そう考えたラムズフェルドは、ゆっくりと拳銃の撃鉄を起こす。
暫しの静寂が、彼と彼のいる部屋に漂う。防音がしっかりと施されたこの部屋の中では、外で巻き起こっている闘争の音すらも小さい。それでも怒声や悲鳴、銃声や爆発音などは微かに聞こえており、その音は段々と大きくなっていた。
ラムズフェルドは最後に大きく深呼吸をして、そこから呼吸を止める。そして、そのまま少しずつ、引き金にかけた指に力を籠めた。
もう少し力を籠めればこの部屋に銃声が鳴り響き、彼の全ては終わりを告げる。
その瞬間、銃声よりも先にドアをノックする音が響き、ラムズフェルドは思わず閉じていた目を開いて、引き金から指を離した。
「――――誰だ」
「どうも、腹黒副局長。識別符号ラーテルの、下っ端執行官ですよ」