第6話
おっさんを尾行していたら、耳寄りな情報が入ったのでとんずらします。と言わんばかりに店を後にした不審者を横目で見送った後、おっさんは女の子との会話を再開する。
「はぁ~、世の中不思議な事がいっぱいですね! とにかく、魔族の者どもじゃなくて良かったです!」
何とか納得してくれた様で、女の子は太陽みたいに明るく満面の笑みを浮かべながら、食後のデザートであろうソフトクリームまで食べていた。君、その純粋そうな見た目に反して結構図々しいな。
「おっさんからすれば、数万ルクス分のハンバーガーが入る君の胃袋の方が、よっぽど不思議だけどね」
「えへへ……、褒められました」
恥ずかしそうに頭を掻いて、照れている。なるほど、どうやら皮肉が通じない系女子らしい。こいつは手強いぞぉ。
「それじゃあ、食べ終わったみたいだし。今度はおっさんの方から、幾つか質問させてもらおうかな」
「はいっ! 名前はティオ・ホルテンツィエ! 出身は遥か北方の里『シュルンコルム』で、歳は人間に合わせるなら十三歳です! 好きな食べ物はハンバーガー! 今食べて好きになりました!」
おぉう、元気はつらつぅ。エルフの実年齢は一般的に人間の三倍ほどで計算するといいらしいから、この子は三十六年ほど生きてる事になる。
そうか、三十六年生きてその純粋さが保てるのかぁ。おっさんなんて四十ちょっと生きて、もう身も心も汚れまくりさ。おっさんもエルフだったら、もっと綺麗でいられたかなぁ。
「今は世界を流れる魔力の異変を調べる為に、シュルンコルムを代表して調査の旅を続けてます!」
「異変? 何か良くない事でもあったの?」
おっさんがその質問をした瞬間、女の子はさっきまではつらつと張り上げていた声を急に落として、深刻そうな顔をした。
「いえ、その……。ワタシたちエルフでないと感じ取れないほど、微弱なんですけど……。大気を流れる魔力が、僅かに濁っているんです。それも、邪悪な感じに。そこで各地にあるエルフの里を束ねる族長たちが、それぞれの里で一番魔力の扱いに長けた者を選んで調査をさせる事になり、ワタシがその一人に選ばれたんです」
ふむ、人間で言うところの車とか工場とかから発生する大気汚染みたいなものか。で、その調査団を派遣するにあたって、シュルンコルムの里からはこの子が選ばれたと。
そこの族長、人格面とかはまるで考慮しなかったのね。
しかし大気汚染と同じで、魔力の流れなんかも何かをしない限り乱れる事はないはずだ。となると、魔族連中が何かを企んでいると考えるのが妥当か。
「で、その調査をしていたら魔族に捕まったと」
「はい……。他の皆さんを逃がしていたら、ワタシは逃げられなくて。ワタシも護身用の術式なら幾つか覚えているんですが、何分量も質も通常の魔族とは異なっていたので……」
おいおい。ちょっと待ってくれ。
なんだか、どんどんと話の規模が大きくなってないか。ただの賞金目当てで受けた仕事から世界を救う事になるなんて、冗談じゃないぞ。そういうのは映画やら漫画の中だけにしてくれ。
「そうか……、そりゃあ大変だったな。それじゃあ、もうこんな物騒な事に首を突っ込まず、里に帰ってハンバーガーでも食べてなさい。おっさんもまた、自由気ままな放浪の旅に戻るから。楽しいお話ありがとう」
しれっと立ち去ろうとしたおっさんは、ティオちゃんに襟首を後ろから掴まれ、危うく頸椎を捻挫しかけた。
「待ってください! ここまで話を聞いてくれたのに、助けてくれないんですか!? 後、里に戻っても薬草とか山菜しか食べさせてくれないんです! おねがいじまず~! だずげで~!」
「ちょっ……、泣かなくても良いでしょうが! っていうかコートに鼻水垂らすのはやめて! 高いから、このコートもうよれよれだけど高いから!」
無駄に強い力であちこちを引っ張られ、おっさんはなかなかティオちゃんを振り払えない。ああ、やはり感情に流されて仕事をすると碌な事にならない。
そして、こういう時に限って弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂である。
ふと辺りがよく見える大きな窓の外に視線をやった瞬間、此方に向けてなにやら呪文を唱えようとしている連中がいる事に、おっさんは間一髪のところで気づいた。
「――目を瞑って、舌を噛まない様に口を開けろ!」
見殺しになど出来るはずもなく、おっさんはティオちゃんを庇いながら床に伏せる。
連中の放った火球は窓ガラスを木っ端微塵に吹っ飛ばし、辺りには悲鳴がこだました。