幕間:燃え広がる暴力
――――RNN、緊急速報です。
現在、規模が拡大しつつある魔族の暴動ですが、これに対しラーデン市警は現状の警察力での対応は困難であると、陸軍に出動を昨夜要請しました。一部閣僚の間では、この暴動がこれ以上激化する場合、陸軍による市内の魔族掃討も視野に入れていると噂されています。
今朝も、武装した暴徒の一団が銀行や大型デパートなどを襲撃。多くの負傷者が出ています。また、高等魔族取締局ラーデン支部には火炎瓶や手榴弾が投げ込まれ、数名の死傷者が――。
◇◆◇
『魔族の方々がこのような、極めて大規模で暴力的なデモに参加するのは、我々人類が過剰なまでの迫害や差別を行ってきたからです。魔族というだけで定職に就けず、まともな社会保障も受けられないのでは、生きていくことすらできません。今回の暴動は、裏で何者かが暗躍しているという陰謀論めいた流言飛語が巷で囁かれていますが……。私はこの一件を、同じ世界に暮らす魔族との歩み寄りや共存を拒み、遥か昔の怨恨を晴らそうとして幼稚な差別と迫害を行ってきた人類側に対する、彼らの報復だと考えています』
『アンタ、何を言っとるんだ! 連中のやってきたことは、迫害されて当然のことじゃないか! つい最近でも、魔族のギャングが経営していた奴隷市場が魔族狩りによって摘発され、そこから多くの人類やエルフの子供が助け出されとる! 数十年前の第二次人魔大戦も、各国軍の活躍がなければ、人類は根絶やしにされていたかもしれんのだ! 先に仕掛けてきたのは奴らなんだから、やられて当然だろう!』
『だから、そうやって貴方のように、一部の悪党がさも魔族全体の象徴であるかのように喧伝し、感情論で対立を煽るから今回の暴動に繋がったんでしょう。無闇に騒ぎ立てるよりも、今はとにかく話し合いの場を設け、どうすれば互いが共存していける社会を築けるかを模索していくべきなんですよ』
『無駄無駄。だって連中、あんなおっかない見た目と、人間より遥かに高い身体能力や、得体の知れない魔術なんてものを持ってるんですよ。絶対、俺ら人間のことを見下してるじゃないですか。俺らだって、犬や猫と話し合うことなんてしないでしょ? それと同じなんだって』
『そういった偏見で物を語っている時点で、貴方は議論の場に立つ資格がありませんよ。確かに、我々はかつて魔族の大軍勢によって、滅亡の危機に追いやられたことがあります。しかし、それらはもう過去の話であり――――』
◇◆◇
テレビの液晶が無慈悲に振るわれた鉄パイプによって叩き壊され、映像が途絶える。
そのテレビだけではない。家電量販店の店頭に並べてあった全ての商品が叩かれ、へし曲げられ、無惨に壊されていった。
こういった電化製品や書籍、車などは人類が生み出した科学文明の象徴であるとして、魔族による暴動の格好の標的となっている。店の従業員たちは逃げ回るものの、圧倒的な数の暴徒たちによって囲まれ、次々とその暴力の渦へと飲まれていった。
あまりにも無秩序で、凄惨な光景。しかし、今の世界では最早ごくありふれた惨状。
旧魔王軍の残党を名乗る勢力の武装蜂起と、それに呼応して世界各地で発生した魔族の暴動は、人類が築いた歪な平穏に覆われた世界を、一瞬にして破壊した。
人類が組み上げてきた文明の象徴である都市では絶えず黒煙が上がり、大通りでは治安部隊と魔族の暴徒が衝突している。今は組織的な抵抗が見られないため、まだ警察や軍の治安部隊でも対処可能な領域ではあるが、もしこの衝動と怨恨のままに暴れまわる魔族たちを統率する存在が現れてしまったら。
それは、昔話として語られる勇者、その対を為す存在である『魔王』の誕生を意味する。
この状況を生み出したのは、誰か。
蜂起の象徴たる魔力の巨像を生み出し、魔族狩り本部への侵攻を開始した旧魔王軍の残党か。
最早、昔話となってしまった人魔の大戦における敗北を忘れず、復讐の機会を窺っていた魔族か。
はたまた、徒に魔族を迫害し、彼らを暴徒にならざるを得ない状況にまで追い込んだ人類か。
いずれにせよ、既に憎悪と憤怒、そして暴力を伴った嵐は一切合切を巻き込み、鎮まることなくその猛威を強めていく。
もう昨日には戻ることなどできない。
結末がどうであれ、人類と魔族の長きに渡る対立は、ここに終局を迎えようとしていた。