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第11話

 自動小銃さえあれば、花鶏千種(あとりちぐさ)と戦えないことはない。

 なんて見通しの甘い言葉だ、仮にも『ラーテル』の識別符号(スレイヤーコード)を持つ者の台詞とは思えないね。生活費を稼ぐためとはいえ、手ごろな忌名つきばかりを相手にしていたせいで、勘が鈍ったかな。

 動けなるほどの重傷はなし。しかし、身体のあちこちには痣や擦過傷ができ、高かったコートと同様にボロボロだ。真綿で首を締めるように、じわじわとヤツの術中にはまり、やがて身動きがとれなくなって、食われる。花鶏の性質が悪いところだ。


 こちらが自動小銃から銃弾を放てば、突如として花鶏の前に現れた石壁がそれを防ぐ。爆発物は謎の瞬間移動によって呆気なく躱され、死角から先端の尖った鉄柱が飛んでくるのだ。しかも、あの大悪童サマはそれらを全て予備動作なく行っていた。魔術や術式の類を使うなら、例外なく起動文の詠唱や術式行使の行動が必要になる。

 だが、ヤツにはそれがない。言ってみれば銃口を向けずに銃弾が、構えもとらずに強烈な右ストレートが放たれるのと同じだ。常にこちらの意表を突いてくる以上、お姉さんは後手に回らざるを得ない。

 花鶏千種(あとりちぐさ)、海陵山の大悪童。かつて魔王軍軍団長の一人として東国で暴れまわり、勇者に封印された押しも押されぬ大魔族。

 かつてはヤツの慢心を突いた形で一発お見舞いしたものの、今回の花鶏はより手強くなっている。

「その銃、タルナーダ連邦の制式採用銃じゃな? 儂の店で一番売れ筋の商品よ。堅牢で分解が容易、素人でもすぐに分かる取り扱いの簡便さ、そして何より量産しやすい。人間が人間を殺すなら、それほど最適な武器はあるまいよ。……()()()()、な」

 何よりかつてのヤツは、人間が生み出した科学技術や兵器については無知だった。それが今じゃ、お姉さんより詳しいかもしれない。何せ、狐みたいな尖った目をいやらしく細めて、得意顔でべらべらと聞いてもいない講釈を垂れるくらいだ。

 くそ、こっちはさっきから走って、撃って、避けてを繰り返しているってのに。


「のぅ、ラーテル。儂はな、あの一発の銃弾を喰らった瞬間から、お前を本当に気に入っていた。特に、あの決して届かぬ陽炎を追うような、虚ろで危うい目がな。伽藍堂になった魂を満たそうとするかのように、敵の血を、そして終わりなき闘争の業火の中を歩くお主の目が、儂は今でも忘れられん」

 なんだ、攻撃が止んだ。まさか、ここから突然の愛の告白、ってワケでもないだろう。

 とにかく、こっちも自動小銃が弾切れだ。お姉さんは小銃を捨てて、扱い慣れた91をホルスターから抜いて、右手で構える。

 銃口を向けても、花鶏はこちらを攻撃してこない。何かの罠かと、お姉さんも引き金を引かずに様子を窺った。

「悪いが、そんな昔のことは忘れたよ。あの頃のお姉さんは、人じゃなかった。悲しみから逃げるために、ただ戦っていただけの機械だ。あんな過去、思い出したくもないね」

「……死んだ者の言葉を現世に映すなど、愚かすぎて理解できぬわ。人間(おぬしら)は死ねば大地の養分に、魔族(わしら)は死ねば魔力の塊に。死者の価値、死者の意味など、その程度しかない。生きるからこそ悦を感じ、生きるからこそ強者で在れる」

 殺し合いの合間、お姉さんと花鶏が対峙する。感覚を麻痺させるほどの冷たい風が、お姉さんの髪とコートを、そして金糸で波の刺繍が編まれた花鶏の黒い着物をはためかせた。

「善も悪も、快も不快も、生者のみが享受し、生み出すものよ。娘が死に、ただ屍を築く修羅となって儂の前に立ち塞がったお主は、その様とは比べものにならぬほど美しかった。あの時のお主はまるで、一挺の銃。お主が構えるその拳銃のように気高く、強く敵の血に餓えておった。……じゃが、今のお主は満ち足りてしまった飼い犬よ。あの長耳娘という娘の幻影に仕える、ただの番犬よ」

 前々から薄々感づいてはいたが、どうやら花鶏はお姉さんについて色々と調べたみたいだ。こんなヤツにまでつきまとわれるとは、お姉さんも罪深い女だ。

「上等じゃないか。あの子の、いやあの子たちの夢を叶えられるなら、お姉さんは番犬にでも何にでもなってやる。お前には分からないだろうよ。本当の希望は、本当の夢は、例えその人が亡くなっても、人から人へ受け継がれていくものなんだ。そして、それこそが本当の強さ、人間の強さだ」

 一瞬の静寂。吹き荒ぶる風の音が大きくなる。

 そして、そんな風の音を掻き消すほどの大声で、花鶏千種が笑った。この女がここまで笑ったのは、初めてお姉さんがコイツと戦った時以来だ。

「―――言うではないか、人間。では、お主のいう人間の強さと、儂が持つ魔族の強さ。どちらが強いか、雌雄を決そうぞ。前の戦いでは見せられなんだ、儂の奥の手をお主に見せてやろうぞ」

 花鶏が両腕を大きく広げる。黒い着物の裾も相まって、その様はまるで黒い鷲が翼を広げたかのようだ。その翼はあまりに禍々しく、あまりに恐ろしかった。流石のお姉さんも心臓が早鐘を打ち、生物としての本能が、今すぐここから逃げろと絶叫している。以前戦った時ですらまだ本気じゃなかったのか、この大悪童サマは。

 これ以上となると、最早どういう強さなのか想像もできない。

 直後、花鶏の裾の両側から鳥かごを開け放たれた鳩のように、勢いよく無数の呪符が飛び出してきた。呪符はそのまま滑空し、あちこちに貼りつき始めた。

 まずい、あれはまずい。


「――我は、現世を攫う(はや)き波濤。時を焼き、空を焦がす燎原(りょうげん)の火。正邪、真贋の隔てなく、その一切を己が愉悦の糧とする飢餓の権化」


 恐らく魔術の起動文を詠唱し始めている花鶏に向けて、お姉さんは91の銃口を向ける。呪符の群れを完全に展開される前に、ヤツを仕留めないと。あの呪符は恐らく、花鶏の魔術か術式の発動に必要なものだ。ティオちゃんがいれば、より詳しいことが分かるだろうが、魔力線なんてものを見ることができないお姉さんに言えることはただひとつ。

 あの呪符を止めないと、こちらの息の根を止められる。

 お姉さんとヤツの距離は、およそ10リーネア。お姉さんなら、5秒とかからず近寄れる距離だ。今なら花鶏の眉間に風穴を空けられると確信し、両手で構えた拳銃の引き金を引く。

 この距離でお姉さんが、91を外すことはあり得ない。

 そう、あり得ないんだ。だが、花鶏に弾は当たらない。まるでヤツとお姉さんの間で、万物万象を喰らう獣の口が開かれているかのように、弾は虚空の彼方へと消え失せてしまう。


「――我が餓え、未だ満たされず」


 その言葉を花鶏が唱え終えた、終えてしまった。

 次の瞬間、お姉さんの右脇腹が花鶏に思いきり()()()()()()()()()()()()、堪らずお姉さんは横にあった木箱まで吹っ飛んだ。あまりの衝撃に、呼吸ができなくなる。魔族の膂力ってのは、やっぱり馬鹿にできないものだ。たった一発蹴られただけで、のたうちまわりたくなるほどの痛みがお姉さんを襲っている。あばら骨にひびが入ったんじゃないか、これは。

 だが、立ち上がらないといけない。脇腹を押さえ、息も絶え絶えになりながら91を花鶏に向ける。まだ一撃、入れられただけだ。勝負はまだこれから――。


 いや、待て。そもそも、『()()()()()()()()()()()』というのは、どういうことだ。


 横に吹っ飛ぶその瞬間まで、お姉さんは花鶏から目を離していない。瞬きすらしていない。むしろ、あんな恐ろしいものが目の前にある状況で、瞬きなんてする余裕はないね。そしてお姉さんは蹴られる直前まで、一歩も動かずこちらを見ている花鶏千種を視界の中心に捉え続けていた。

 だが、お姉さんは花鶏千種に、何の抵抗もできぬまま左脇腹を蹴られてしまったのだ。あの詠唱文らしきものを花鶏が唱え終えた瞬間、確かにお姉さんは花鶏に蹴られた。

 なんだ、何が起こった。

 ヤツの魔術の謎はますます深まるばかりだが、ゆっくり考えている暇などない。

 こちらの手も足も出ない様子を見て、にやにやといやらしい笑みを浮かべる花鶏は、まったくの無傷。対するお姉さんは、蹴りを一発もらって早くもあばら骨にひびが入ったかもしれない状態だ。

「おいおい、どうしたラーテル。人間の強さは、その程度かえ?」 

「まさか。お姉さんだって、まだ切り札は持ってるさ。勝負はこれから……、まだまだ楽しめる」

 花鶏の笑みに負けじと、お姉さんも必死に不敵な笑みを浮かべる。ここで絶望を顔に出したところで、状況が好転するワケでもない。意地のひとつでも張らなきゃ、圧倒的な戦力差の戦いなんてできるわけがないからね。


 さて、と。そうは言ったものの、この化物に勝てるのか。

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