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第9話

 入り組んだ通路を利用して、どうにかあの化物こと花鶏千種の攻撃を凌ぎつつ、お姉さんは地下施設の中央にある吹き抜けへとひた走る。

 花鶏はまるで猫がボールで遊ぶかのように、お姉さんの身体すれすれに攻撃を加えることで、お姉さんが必死に避ける様を見て愉しんでいるようだった。良い趣味してるよ、まったく。

 少しずつだが、お姉さんの息は荒くなり始めていた。かなりまずい状況だ。本来ならもう吹き抜けに到達していてもおかしくないくらい走っているが、花鶏もお姉さんの魂胆に感づいているらしく、迂回せざるをえないように攻撃を放ってきていた。このままでは、こちらの体力が先に尽きてしまう。

 そんなお姉さんに対して、花鶏は余裕綽々といった具合に楽しそうな笑みを浮かべ、宙に浮いたままこちらを追跡していた。走りながら91(ナインワン)を花鶏の方向へ撃ってやると、ほんの一瞬ではあるが停止して、自身の前に分厚い石の壁を出現させて弾丸を防ぐ。お姉さんはその隙に少しでも距離を離そうと走るが、そうすると花鶏からお返しの鉄杭が弾丸並みの速度で放たれるのだ。


 花鶏の使う術式、その()()はまだ分からない。術式なんてものは所詮手品と同じで、その仕掛けさえ分かってしまえばなんということはないのだ。この世に完璧なものなど存在しない。あの無敵とも思える花鶏千種にも何か弱点はあると、お姉さんの魔族狩りとしての勘が告げていた。

 例えばヤツは術式を展開する際、必ず立ち止まる。そして以前の戦いで閃光手榴弾を用いて花鶏の視角と聴覚を一次的に奪った際も、ヤツは術式を使わなかった。つまりそれはヤツの術式が、銃火器のようにめくら撃ちをしたり、刀剣や槍のようにただ闇雲に振るうことはできないということを意味する。ここに花鶏の弱点があるはずだと、お姉さんは考えていた。

 だが、今はとにかく吹き抜けに辿り着き、僅かでも有利な状況で戦うことが先決だ。そしてそのためにはどうにかヤツの意表を突き、こちらとの距離を開けなくてはならない。

 ここで持ってきたあの秘密兵器を使うか、お姉さんは思案していた。確かにアレを使えば、流石の花鶏と言えどもせめて怯むくらいはしてくれるだろう。この秘密兵器も花鶏の店で買ったものだが、魔族である花鶏にコレを完全に無効化する方法はない。

 できれば決着(ケリ)をつける瞬間まで温存しておきたかったが、こればっかりは仕方ないな。お姉さんが持つ手札の中でこの局面を打開できるのは、これだけだ。

 そう自分に言い聞かせて腹を決め、お姉さんは右の脇腹に掛けているホルスター、その中に入っている秘密兵器へと手を伸ばそうとした。丁度、この先で通路がまた左右の二手に分かれている。ここで右に曲がれば、もう吹き抜けは目と鼻の先だ。花鶏を足止めして、その隙に右へ全力で走るとしよう。


 直後。背中を突き抜けるような感覚、或いは脊髄が痺れるような感覚に襲われ、お姉さんは半ば本能的に左の通路へと目を向けた。まるで喉元にナイフの刃先が触れたかのような、鋭い殺気。花鶏の放つ圧倒的だが何処か遊びのあるものとは本質的に異なる、余裕のない殺意。花鶏のものを趣味だとするなら、左の通路から感じ取ったものは仕事だ。かつてのお姉さんと同じ、ただ始末するだけというプロの殺意。


 左の通路を見るが、そこには何もない。お姉さんが進もうとしている右の通路と同じだ。花鶏もそれを感じ取ったのだろう。ヤツの顔から先ほどまでの愉快そうな笑みは消え、おもむろにその場で停止した。

 お姉さんもまた、花鶏が止まったのを確認すると同時に立ち止まる。

 前には得体の知れない殺気、後ろには海陵山の大悪童。これこそまさに絶体絶命である。しかし、その大悪童サマは愉しみを邪魔されたのが気に食わないのか、眉間に皺を寄せて酷く不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「……好かんな。人の身であるにも関わらず、魔に媚びる無様な輩は。魔族にもなれず、人にもなれぬ貴様らに、儂を愉しませる強さがあるとは思えぬ」

 おいおい、この大悪童サマは何を言ってるんだ。お姉さんがそう思っていた矢先、花鶏は人間の腕くらいの太さがある鉄杭を、いつものように何処からともなく出現させた。

「興が醒める、ね」

 これはまずいとお姉さんがその場に伏せようとした瞬間、花鶏の放った鉄杭がお姉さんの頭上すれすれを通過する。そしてその鉄杭は何も無いはずの左の通路へ、吸い込まれるように向かった。


 しかし、その何も無いはずの通路に突然、寒冷地迷彩の兵士と思しき二人組が姿を見せる。そいつらにかかっていた透明の布がとられたかのように、突如としてそこに現れたのだ。

 お姉さんは、この一見すると幻覚とも思ってしまう現象の()()を知っている。

 それは、透明化の刻印。あの褐色肌の不愛想な暗殺娘が使っている、ダークエルフ特有の術式だ。


 そう、ダークエルフ特有のはずなのだ。だが、目の前で天井に手をつけるまで跳躍して鉄柱を回避。その後、再び床に着地してこちらに自動小銃を向けている連中は、どう見てもダークエルフとは思えない。黒い覆面で連中の顔はほとんど隠されているが、僅かに見える目元と口元の肌色は、お姉さんと同じく白い肌だ。

 この二人はダークエルフでもないのに、刻印を使っている。それも、クラベルと同じく透明化と身体能力強化の刻印の二つを。お姉さんは察する。なるほど、この基地で研究していた魔工学というのは、こういう連中を量産するということか。

「こちらガスト・ワン。対象(ターゲット)のひとつであるラーテルを発見。だが予想外の事態も発生した。海陵山の大悪童も発見。二人では手に負えない、応援を頼む」

 その二人の片方は、無線機で増援要請を行っている。この連中が他にもいるなんて、まったく冗談じゃないぞ。おまけにその銃口が向いているのは、花鶏ではなくお姉さんだ。

「ふん、タコ頭が言うておった、魔族狩りの副局長が飼っておる犬ころか。腰につけているその箱が、『偽装刻印』というものかえ?」

「……化物が二匹、見たところ共食いをしているようだな。この基地に居る者は全員、始末させてもらう。覚悟しろ」

 如何にも安っぽい挑発。だが、自尊心がどんな山よりも高い花鶏には、効果覿面のようだ。あの大悪童サマは、怒りや退屈が頂点を超えると無表情になる。まるで先ほどまで満ちていた海から、さっと潮が引いていくように、感情という色がなくなるのだ。


「――羽虫の、羽音が煩いのう」


 気をつけろ、その大悪童は人をよく挑発する癖に、自分への挑発は例え冗談でも許しはしないぞ。

 後、化物は一匹だ。

 そして自動小銃をこちらに構えている二人は、どうやらこの基地にいる全員を始末する気らしい。まったく、なんてこった。だとすると、ティオちゃんが危ない。

 お姉さんも無線を使ってどうにか連絡をとろうとするが、ノイズが走っていて使いものにならなかった。ここの基地を警備しているタルナーダ連邦陸軍が、無線妨害なんて技術を使っているとは考えにくい。そうなると、花鶏が副局長の飼い犬と言っているこの連中の仕業と考えるのが順当だろう。

 だが、そうこう考えるより先にとにかく吹き抜けまで辿り着き、ティオちゃんたちと合流するのが先決だ。

 睨み合う花鶏と戦闘服の二人組を後目に、お姉さんが真っ先に右の通路へと走り始める。同時に二人組の片方が花鶏へ、もう片方がお姉さんに銃口を向け、迷いなく引き金を引いた。それを前方に飛び込むことで回避し、その勢いを殺さぬように一回転して立ち上がり、右方向にある通路の奥へと走っていく。

 ここで左の通路から連中が追って来れば、お姉さんの背中は良い的になるワケだが、あの花鶏千種が自身を化物呼ばわりした輩を生かしておくはずがない。


 後ろの分岐点から、何かが勢いよく壁に突き刺さったような轟音が聞こえた。よしよし、これでひとまずは安心だ。

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