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恐怖の顕現への対峙

 魔族狩りの2人が花鶏千種と対峙した頃、別動隊のネゲヴとティオは基地全体が震えているかのような揺れと、その前後から混沌に包まれた基地内部を進んでいた。

 火山の噴火や大地震、そういった天変地異の類を疑ったが、それにしては基地全体に混乱が広がり過ぎている。ネゲヴは後ろを一生懸命に走るティオに気を配りながら、この揺れと混乱は何故発生したのかを考えていた。

「おかしいんだ。この揺れも、鳴り響く警報も……。そして、先ほどからソニアさんたちの無線に呼びかけても、一切の応答がない。あの二人なら、連邦陸軍を相手にしても生き残れるだろうが……」

 無線機を背広の裏ポケットに仕舞うネゲヴ。そうしている間にも、彼らの進んでいる方向で幾つもの銃声が聞こえ始める。警報が鳴っているというのに、連邦陸軍の兵士も魔族の連中もまるで姿を見せない。ただただ揺れが続き、警報と銃声が不気味に鳴り響いていた。


「ネゲヴさん。二つの大きな魔力の塊が、この基地の上と地下内部にあります。両方とも、普通では考えられないほどの大きさなんです……」

 ネゲヴの後ろを走るティオの肩が、僅かに震えている。まるで、巨大な肉食獣を目の当たりにした小動物のように。震える声で状況の異常さを伝えるティオ。その声から、いつもの彼女からは考えられないほどの怯えようを感じ取ったネゲヴは、その場で立ち止まった。

「片方の魔力……。ワタシたちが進んでいる方向には、膨大な数の魔力線が周囲に張り巡らされています。まるで蜘蛛が巣を構え、獲物を待ち受けるかのように。恐らく、ここにいる魔族の親玉です。お姉さんたちは、この敵と遭遇したのかも……。けれど、私が怖いのは上の方です」

 彼女の白い肌に、幾つもの汗が流れている。しかしそんなことなどまるで意に介さず、彼女は自分だけに見えている地上の魔力塊を睨み据えた。


「ワタシの目に映る魔力には、いつも色があるんです。ワタシの色は緑でクラベルさんの色は白、地下にある巨大な魔力は紫です。それぞれの力の根底に在るものが魔力に色を与えるんだと、里の長老さんは言ってました。けど、地上の魔力塊は――」

 ネゲヴはその時初めて、彼女の怒りが露わになった表情を見た。小さな手に精一杯の力を籠めて地下通路の天井、その向こう側に見えている魔力塊を睨む。

「アレは、汚い黒色です。様々な色を奪って、それを混ぜ合わせたような、汚れた黒色なんです。あんなもの、今まで見たことありません……。よく分からないけど、あんなものはこの世界にあっちゃいけない。そう、感じるんです」

 彼女は、これまで多くの魔力を見てきた。しかし里のエルフやクラベル、これまで戦った魔術師のどれにも、ティオが睨み据える魔力塊に該当するものは無い。何者かの手によって作り上げられた醜悪な怪物の姿を、彼女は想像した。そしてティオのただならぬ様子から、ネゲヴも今この時動き始めた何かが、彼の想像が及びもしないものであることを悟る。

 何か、巨大な生物に飲み込まれているかのような薄気味の悪い感覚が、二人の背筋を伝った。


「――俺も、先ほどから嫌な感じがするんだ。裏の汚れ仕事も、国境での紛争も経験したが、ここまで腹の底から蝕まれるような不安に苛まれたことはない……。旧魔王軍の侵攻を経験したとされる詩人、ベルダの詩の一節を思い出すよ。『暗闇が私の全てを覆い、暴虐の嵐がこの世の全てを薙ぎ払う音だけが聞こえた』だったか……」

 かつて彼が呼んだ詩の一節を諳んじながら、ネゲヴは再びティオが蜘蛛の巣と呼んだ魔力の満ちる方向へと歩み始める。

「だが、こうして立ち止まっている間にも、ソニアさんたちは何者かと戦っている。なら、俺たちも進むより他に道はない」

「はい!」

 ティオもそんな彼に続いて、胸の内に宿る恐怖を胸に当てたその手で握り潰して一歩、また一歩と恐怖の根源へと進んだ。

 

 恐怖と対峙する2人の胸に去来したのは、今まで過ごした日々の記憶。

 

 ティオ・ホルテンツィエは、生まれながらにして魔力が見えた。魔力を使う術式を行使する彼女たち一族の中でも特別で異質、そして未知の存在。彼女は周りの一族から、実の両親からも恐れられた。ティオの能力は、術式を扱う者にとっては未知数の恐怖を孕んでいたのだ。唯一、彼女に優しく接してくれたのは里の長老だけ。ティオがふと、自身の能力を恨めしく思うという言葉を零すと、穏やかに笑って彼女を諭した。

 いずれ、お前を必要とする人が現れる。その時、迷いなく誰かのために戦えるように、その力と心を鍛えておけ、と。優しさだけでは、困難に打ち勝つことはできない、と。

 長老の言葉を、ティオは何回も心の中で唱える。

 ティオを救った黒いコートの狩人は、彼女の持つ優しさが心に火を灯してくれたのだと言った。そしてその優しさを決して失わせないと、狩人は彼女を脅かす存在全てと戦う覚悟を決めたのだ。

 ティオはその言葉に心の底から喜び、同時に彼女の中で共に戦いたいという勇気が生まれた。

 この人だけを戦わせはしないと、彼女はこれまでの戦いと旅の中で決心したのだ。

 彼女は今、その優しさと自らが忌み嫌っていた力を以て、恐怖という名の困難に立ち向かう。そして、一足先に困難と対峙する彼女の仲間を助けるために、彼女は前へと歩を進めた。


 アンドレア・ネゲヴは、とあるオークの集落で生まれた。亜人族であるエルフですら未だ魔族に類するものだという偏見が強く残っている中、純粋な魔族に近いオークは苛烈な迫害を受けていた。街に行けばその背には暴言と小石が投げつけられ、何もしていない魔族までもが賭けられた賞金目当ての魔族狩りによって殺されていたのである。

 そうした情勢下で彼もまた或る時まで人間を憎み、他のオークと同様に生まれ持った剛力で暴れまわることを良しとしていた。

 しかし、集落の外れに落ちていた一冊の本が、ネゲヴの世界を変える。人間の作家によって書かれたその冒険物語は、多くの未知なる感情と知識をネゲヴの心にもたらしたのだ。そして、彼の心にはひとつの思いが生まれる。

 こんなものを書く人間という存在は、全てが自分たちを迫害するような悪者ではないかもしれない、と。そう思い立った彼は集落を出て、用心棒兼傭兵として世界を渡り歩いた。

 だが、彼が触れたのは人間が生む圧倒的なまでの悲しみと怒り。同じ人間同士で殺し合い、欲望のままに何かを奪い合う醜い獣の姿であった。

 所詮、あの書物に書かれていたことは、夢想に過ぎなかったのか。その落胆と絶望の中で、しかし彼はまた、一片の希望に触れることとなる。

 彼の前に現れた、怪しげな女狩人。憎むべき魔族狩りであるはずの彼女の目に宿る魂の輝きに、ネゲヴは惹かれてしまったのだ。

 その輝きを護るために彼もまた大きく一歩、前へと歩き出す。


 この先には強大な敵が、困難が待ち構えていることは、二人共分かっていた。未だ揺れは続き、鳴り響く銃声には悲鳴が混じり始める。明らかに異常な事態、何が起こっても不思議ではない。

 恐怖という手が二人の足を引っ張っていた。


 だが、彼らの歩みが止まることはない。共に戦う仲間のために、汚泥の中で見つけた輝きを守るために、ティオとネゲヴは基地深部へと急ぐ。

 その先に例え何があっても、戦う覚悟はとうの昔に出来ていた。

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