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第7話

「なるほど、魔王の復活ね……。おとぎ話にはよくある話だけど、ここで怪しげな儀式をしていたようには見えないな。怪しげな実験ならしてそうだけどね」

 魔王。魔族狩りなんてものを生業とする以上、お姉さんもある程度は魔族と人間の歴史については勉強している。もっともほとんどは嫁さん、ソニアさんから煉瓦みたいに分厚い歴史書片手に教えてもらったものだけど。灰皿一杯に吸殻をためながら、うんうんと唸って覚えた歴史をお姉さんは思い返していた。

 なんでも人間は元々魔族の奴隷で、それに反抗した昔の英雄たちが一度魔族連中をこてんぱんにして、獄界という名の並行世界に追いやったのだという。だが、それでめでたしってワケにもいかず、獄界とやらの住み心地が良くなかったのか、魔族たちは何度か人間界に侵攻してきた。中でも一番危険だったのは、何十年前かの大侵攻だったとか。まぁ、今じゃ知ってる人はお爺ちゃんとお婆ちゃんだけで、半ばおとぎ話みたいなものだ。


「そう、実験じゃ。――あの大侵攻から数十年ほど経ったか。大規模かつ複雑な術式を扱える者など、人間側はもちろんのこと、魔族側にもこの儂くらいしかおらぬようになってしもうた。そこで連中は、人間が大侵攻以前から発展させ続けていた科学技術に目をつけたのよ」

 そして、その大侵攻の時に魔族側の親玉だったのがくだんの魔王。ちなみに目の前で愉快そうに昔話をしている花鶏千種こと、『海陵山かいりょうざんの大悪童』チグサは魔王すら御しきれないと言われたほどの最高幹部なのだが。まったく、あの時のお姉さんはまぐれと奇跡を何回起こして、この化物に勝ったんだ。


 おそらくは何十年、何百年という時を闘争の中で過ごしてきたであろうこの化物。その話が幸いにも長くなることを悟ったお姉さんは、今にも痺れを切らしそうなクラベルを目で制しつつ、自分も落ち着くために煙草へ火を点けた。

「確か、魔工学とか抜かしておったな。連中は手始めに、連邦陸軍内で燻っておった将校の野心を焚きつけて場所を確保した。次に同族のよしみと、例の麻薬を精製することを条件に、ラーデンの魔族マフィアから復活の材料を買うたのよ。もっとも、あの魔族マフィアやここの連中には、研究資金を提供する別の上客もいたようじゃが」

 なるほどね、大体の話が見えてきた。それはクラベルも同じようで、花鶏の話に出てきた『材料』という言葉が何を指しているのか、大方の察しがついてきたようだ。


 でなきゃ、この褐色娘がここまで露骨に殺意を剥き出しにすることなどない。隣にいるお姉さんですら、背筋に氷を押しあてられたみたいな冷たさを感じ取った。

  お姉さんは、いつだったか師匠くそじじいが話していたことを思い出す。クラベルは魔族や人間がかつて行った、エルフへの迫害を生き延びた数少ない一人だと。同じ種族の者たちが次々と殺され、或いは餓死していく地獄を生き抜いて、クラベルは最早誰のものとも分からない腐敗した同族の亡骸を背負い、師匠が隠遁していたマルゴアの里へと現れたのである。

 そんなクラベルに、エルフたちがまるで焚き火にくべる薪のごとく扱われている研究を前にして、怒るなという方がおかしい。


 そして、次の言葉を聞いた瞬間にそれはお姉さんにとっても他人事ではなくなる。

「そこの褐色長耳や、お主の連れておる白長耳の小娘のような連中から、限界まで魔力を抜きだしたのよ。この培養槽は連中の作りだした、魔力を抜き取り保管しておくものだったというわけじゃ。騒がれたり自殺されても面倒故、麻薬漬けの廃人にしてな」

 この化物の情報収集能力を甘く見ていたことを、お姉さんは今さらながら悔いた。どうやって見ていたかなど、皆目見当もつかない。いや、その気になればこの化物はどんな手段でも使えるのだから、考えるだけ無駄か。とにかく、ティオちゃんの存在をコイツに知られたのはまずい。

 しかし今は少しでも花鶏から情報を引き出し、何らかの好機が訪れるまで時間を稼がねば。煙草のフィルターを思わず噛み切りそうになりつつも、お姉さんは平静を装う。


「それで、魔力を集めてどうするんだ? 粘土みたいにこねて、人形でも作るのかい?」

 こちらの穏やかならざる内心を見抜いてか、或いはただ単に陰謀を暴露するのが楽しいのか。花鶏は呵々と笑って話を続ける。

「強ち間違いではないぞ、ラーテル。連中は刻印のような形で全身に魔力線を刻んだ人形を用意し、それに魔力を注ぎ込んで魔王の器としたのよ。それはもう、巨大な人形をな……」

 どうやら、穏やかではないのはこの状況も同じようだ。エルフたちや魔族のみが有すると言われる、体内の魔力線。ティオちゃんが魔力線を掴み、魔力を逆流させて相手を攻撃できるのは、この魔力線を術式行使時に外へ向けて開放するためだ。

 人間が術式を行使できないのは体内で魔力を精製できない他にも、この魔力線を伸ばすという行為ができないからだと言われている。

 で、このイかれた魔族共はそれを機械の回路みたく、人工的に構成する方法を生み出したってワケか。なるほど、魔工学とはうまいこと言ったモンだ。

 もしそれが世に広まり、残る魔力問題を解決すれば、人間でも術式が行使できるようになるな。クラベルのように透明化したり、弾薬など使わずに野戦砲並の威力を持つ火球や雷を使える兵隊の完成か。世界が更地になるまで戦争を続けるアホ共に渡すと、エライ事になりそうだ。


「おいおい……。そんな研究をしてたら、流石に魔族狩り(おねえさんたち)の耳に入ってるだろ。特に、あの腹黒で地獄耳の副局長サマなんて――」

 そう言いかけたお姉さんの脳裏に、ある嫌な考えが思い浮かぶ。

 二度も襲い掛かってきた、芸人イーレンたち調整官。連中を動かした中央調整部の部長、そしてその上にいる副局長こと、ヒューリアス・ラムズフェルド。

 この瞬間までお姉さんは、あの副局長が奴隷市場の常連だった金持ちの変態共から、見逃すようにと賄賂を受け取ったかと思っていた。そしてその裏取引を悟られぬよう、奴隷市場の帳簿を持つお姉さんたちを始末しにかかったのだと。


 だが、もしも。もしも見逃す代わりに見返りを貰っていた存在が、人間の金持ち連中ではなく、魔工学研究を行っていた魔族だとしたら。研究成果を教えてもらう代わりに、この研究や材料を生産するための奴隷市場をも見逃していたのだとしたら。


 海だと思っていた場所が、広大な大河から分かれたほんの支流だったような感覚だ。あまりにも話が大きすぎる上に、胸糞が悪すぎるぞ。

「……自分が仮にも魔族狩りって組織に属していることが、これほど嫌に思ったことはないよ」

 クラベルは、最早声すらも発さない。おそらく、次に声を出せば自分の殺意と怒りを抑えられなくなることを、本人が一番理解しているのだろう。同族の命を取引材料に扱われたのだ。むしろ怒り狂って花鶏に斬りかからないことが、コイツの暗殺者としての精神的強さを表している。

 だが、隠しきれない怒りは花鶏にも伝わったはずだ。そして、そんな激情を弄ばぬ花鶏千種ではない。この趣味も性格も悪い化物が大悪童と呼ばれている一因は、童が悪戯をするように人の心を覗き、弄ぶからだ。

「察しが良いのう、ラーテル。――しかし、折角集めた魔力を過去の偶像を復活させるなどという、何ともつまらぬことに使うとは。流石の儂も、使い捨てにされた長耳共が可哀想で堪らぬ」

 わざとらしく、垂れ下がった右袖で涙を拭う素振りを見せる花鶏。

 そして数瞬も経たぬうちに演技をするのも飽きたのか、舞台の幕を引くように花鶏は袖で隠していた自分の顔を露わにした。

 妄執に囚われていたお姉さんと対峙した時のような、嘲りと狂気を含んだ笑みを浮かべた顔を。


「……これでは、犬死も同然ではないか?」


 地面を震わすような雄叫びを上げ、クラベルが斬りかかる。お姉さんなど比較にならぬ、刻印を使用した神速。一閃の光のようなそれを以て、一撃で花鶏の首を薙ぎ払おうとした。

 だが、花鶏との距離を詰めたクラベルの真横から、円筒形の石柱が突如として現れる。剣や槍の類ならまだしも、石柱とあってはクラベルも後退するより他ない。もっとも、その後退すらコイツの驚異的な身体能力でなければ、不可能だったはずだ。思いきり突進したところを、半ば強引に右足で地面を蹴って後方に跳ぶなんて芸当、並の肉体では実現できるはずもない。

 舌打ちをしながら、再度突撃を敢行しようとするクラベル。

 導火線に火が点き、とうとう爆発したか。勝算は依然として低いもののやむを得ずお姉さんも、91を花鶏に向け構えようとした。


 そこで地下施設全体がまるで地震でも起こったかのように大きく揺れ、お姉さんとクラベルは危うく体勢を崩しかける。宙に浮くことでこの揺れを回避した花鶏は、何が面白いのか口角を大きく上げて犬歯を剥き出しにして笑っていた。


「さぁ、祭りの始まりじゃ。――愉しいのう、まこと愉しいのう」

 凶悪な笑みを浮かべる花鶏の言う通り、この世界を大きく変える祭り、もとい戦いの火蓋が今切って落とされる。

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