第4話
おっさんが自分の見通しの甘さに気づいたのは、グランティオのタックルをもろに喰らってからだった。全力でハルバートを振り切った以上、即座に攻撃へは移れまいと考えた自分の未熟さを、おっさんは恥じる。というより、人生の半分以上をこの稼業に費やしているにも関わらず、こんな操り人形に裏をかかれたとか、もう穴があったら入りたい。
しかし、まさか武器を振り切った体勢のまま強引にタックルをかましてくるとは。本当に自立駆動の術式で操られているのか、疑いたくなる。
とにかくヤツの肩はおっさん、もといお姉さんの豊満な胸に凄まじい勢いで直撃。おっさんは三メートルほど滑空し、アスファルトの床をごろごろと転がった。
くそ、おっぱい潰れてないか、これ。大丈夫だわ、案外おっぱいって丈夫なんだな。
そんなくだらない事を思いつつ、急いで立ち上がろうと床につけた両腕に力を入れる。鈍い痛みが体の上半身を襲っているものの動ける様なので、骨は大丈夫だろう。
おっさんの頭上で、何かが振り下ろされる音がした。慌てて右に転がると、先ほどまでおっさんのいた場所にグランティオのハルバート、その刃先が床を削る轟音と共に刺さっていた。殺意満タンの攻撃だなぁ、まったく。
再度両腕と両足に力を入れて、おっさんは飛び跳ねる様に立ち上がる。ここで自分のおっぱいが大きく揺れている事に気づき、戦闘中だがちょっと癒された。自分の胸だけど。
よし、じゃあ次はおっさんの番だ。
自立駆動術式の弱点は、内部の核を破壊されると為す術がない事。強固な金属鎧で身を固めているが、その核さえ破壊すればおっさんの勝ちだ。
グランティオがハルバートを構え直そうとする隙を突いて、今度はおっさんが距離を詰める。上体を傾けて体重を前にかけつつ姿勢を低く保ち、つま先で地面を蹴りつけて一気に肉薄。無論、グランティオも再びハルバートを振り上げ、おっさんの体を真っ二つにしようとするが、見えてさえいればどうという事はなく、おっさんは左前方に身を投げだしてその攻撃を回避した。
受け身をとって瞬時に立ち上がったおっさんは、お返しに兜の部分へと二発ほど銃弾をお見舞いしてやる。流石は半自動拳銃屈指のストッピングパワーを誇る91だ、衝撃に耐え切れずグランディオがよろめいた。
よしよし、何とかなったな。
おっさんは腰のベルトにつけてある鞘から、素早くガーバーナイフを取り出すと、それを逆手に持ちかえてグランティオの胸甲にある僅かな隙間へ、斜め左下の辺りから突き刺してやった。
次に無理矢理隙間を広げ、そこに手を突っ込むと、そのまま胸甲の部分を力任せに引っぺがす。後は余計な抵抗をされる前に、核を潰して終わりだ。
「なんだぁ、こりゃあ……」
胸甲を取り払い、鎧の中にあったものを見るまでは、それで終わりと思ってたんだけどなぁ。
鎧の中にあったのは、よくある魔法陣や魔力の籠った宝石ではなく、小さな女の子だった。魔力を吸収する肉の蔦に身体のほとんどを覆われているが、小さな顔と今のおっさん以上に白い肌、そしてとがった耳ですぐに分かる。
この子はエルフだ。体内で魔力を生成する術に長け、魔族でしか扱う事の出来ない術式すらも扱える亜人族のひとつ。そしてそれらの理由から、魔族に近しい者として最近まで差別されてきた種族でもある。
なるほど。やけに強いパワーと反応力も、おっさんの裏をかいてきた知能もこれで納得がいった。そりゃあエルフの子供を核にしていれば、並の魔族なんか目じゃないくらいの操り人形が出来るわな。苦悶の表情を浮かべるエルフの女の子をよそに、肉の蔦は元気に脈打ちながら金属鎧へと女の子の魔力を吸収して、それを供給している。
――まったく、つくづく虫唾が走る連中だ。
ひるんでいた金属鎧が体勢を立て直し、おっさんを片手でそこら辺に放り投げる。そして女の子が剥き出しになった状態で、おっさんに向けてハルバートを構えつつ、突進してきた。
薙ぎ払うか、振り下ろすか。
どちらにせよ、もう関係ない。おっさんはゆっくりと立ち上がり、右手だけで91の照準を女の子へと合わせる。ここでおっさんが勝つ方法はふたつあった。
ひとつは女の子の脳天を撃ち抜く事。女の子の生命活動が停止すれば、魔力の供給源が無くなった金属鎧は止まる。おっさんと女の子の距離からして、おっさんが外す可能性はゼロと断言して良い。確実に女の子を、ひいてはこの忌々しい金属鎧を殺せるだろう。
もうひとつは女の子を覆う肉の蔦、それだけを殺す事。肉の蔦は元々、対象から魔力を吸い取る魔獣の類であり、あれはそれを品種改良して魔力を循環させる回路の様にしたものだろう。ならば、肉の蔦本体を殺せば、女の子を救う事が出来る。しかし、それは容易な事ではない。恐らくあの肉の蔦の本体は、女の子の小さな顔の右隣で心臓の様に脈打っている肉塊だ。肉の蔦は宿主の魔力量を確かめる為に、寄生するとその宿主の近くへ本体を移動させると、書物で呼んだ事がある。
肉塊の大きさは、ゴルフボールほど。幾ら距離は短いとはいえ、動いている標的となるとおっさんも自信がない。そして外せば、おっさんはハルバートで真っ二つだ。成功確率は、半分もないだろう。
もっとも、これだけ賢しら顔で分析したところで、おっさんの選択は最初から決まっているのだ。
感情に流されず、職務を遂行する。それも大事だろう。
だが、それでは機械と変わりない。おっさんは一人の人間として、そして――。
親よりも早く逝ってしまった、あの子の父親として。
あの子に誇れる選択をする。
銃声が一発、廃ビルのフロアに鳴り響いた。
今回、おっさんの過去がちょっとだけ垣間見えます。しかし次回からはいつものおっさんに戻りますので、ご安心を。
泥臭い格闘シーンとか戦闘シーンとか大好きだけど、同時に書くのがすごく疲れる……。