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第4話

 北国の早朝は、本当に寒い。吸い込む息すら冷たく、まるで氷水を飲み込んでいるかのようだ。心なしか都市部の空気より綺麗な感じもするが、道すがら食べようと取っておいたバナナすら凍る寒さの前では、何の利点にもならない。空気が綺麗、だからどうしたという話である。肌に纏わりつく冷気は、最早冷たいというより半ば痛い。お姉さんは手足、特にその指先が寒さで鈍るのを抑えるため、必死に足と手の指を動かしていた。

 はした金とお姉さんのウィンク、そしてカルフール土産のワインでトラックの荷台に載せてくれた店主曰く、今朝は現地の人間でも堪えるほどの寒さだという。そりゃ、そうだろうさ。お姉さんとティオちゃんは、薪をくべていてもその寒さのあまり、日が昇る前には震えながら目覚めたんだぞ。まったく、なんて国だ。


 とにかく、お姉さんたちは今、基地跡への各種物資の搬送に使われるトラックの荷台に乗っていた。トラックは3台、先頭の車両に一番体格の大きいネゲヴが隠れ、次にお姉さんとティオちゃん、最後にクラベルが透明化の刻印を使って隠れている。荷台は幌で覆われており、荷台後方から幌を開けなければ中は見えない。

 しかしあの刻印というものは、本当に便利なものだ。透明化もそうだが、クラベルは身体能力強化の刻印も習得している。基本的にはどちらかしか使えないらしいが、それでも単なる人間のお姉さんに比べたら、言うまでもなく有利だ。うらやましいったら、ありゃしない。

 もっともティオちゃんや師匠くそじじい曰く、非常時においても刻印を使い続けるのは、よほどの鍛錬を積まないと不可能だという。確かにティオちゃんが以前、魔力の流れを見つけて敵の魔術師を倒した時も、相当な体力を消耗していた。ティオちゃんが言うには、アレと同じくらい体力と集中力を使うものだというのだ。なんでも、常に体内で生成される魔力の流れを完全に把握し、刻印へと流し続けなければならないのだとか。

 まったく、大したモンだよアイツは。

 

 だが、お姉さんだってあの褐色娘に負けるつもりはない。今回の戦いでは、花鶏の店で買った最後の一品、お姉さんの切り札を使う。既にいつもの物とは異なる、拳銃を2挺携帯可能な特製のホルスターを身につけ、その切り札を右脇の方へと仕舞っていた。それら2挺の予備弾倉は、コートのポケットに入れている。他の武装は、ナイフ一本に手榴弾が2つ。陸軍の兵士共がわんさか待ち構えている場所にこの程度の装備で殴り込みをかけるのは、頭がおかしいと思うだろう。そりゃ、お姉さんだって欲を言えば重機関銃が搭載された装甲車だの、野戦砲だのが欲しいさ。ただ、無い物をねだったところで仕方ない。ある物で最高の結果を出せるよう、力を尽くすだけだ。

「き、緊張しますね」

 一方のティオちゃんは、そう言いながらも非常食のビスケットを、口の中へと連続で放り込んでいた。きっと彼女の故郷では、緊張した時にはビスケットを食べると良い、という生活の知恵でもあるんだろう。

「まぁ、何とかなるさ。バレたらまずいことになるっていうのは、あの店主も分かってる。それよりも問題は、基地の内部へ潜入してからだよ」

 一度、基地内部へと入ったら、もう引き返すことはできない。連邦陸軍の兵士が百人以上、おまけに魔族の連中もたむろしている可能性が極めて高いのだ。

 そして、これはあくまでお姉さんの勘に過ぎないが、横槍を入れてくる連中が必ず出てくる。一度は振り切ったものの、調整官の連中は未だお姉さんたちを追っているに違いない。腹の底までまっ黒な副局長殿が、たった十数人の調整官が死んだくらいで追跡を切り上げさせるワケもないしね。あの副局長殿が次にどんな手を打ってくるか、下っ端執行官のお姉さんには想像もつかないよ。

 

 だが、お姉さんの心の奥底には、そんな連中よりも更に恐れているものがある。ラーデンを出てから時折、お姉さんは誰かに見られているような錯覚を感じていた。カルフールで調整官に襲われた時は、監視していたのは調整官だと思ったが、それにしては首筋に纏わりつくような視線を今でも感じる。クラベルの言っていた特徴的な魔力といい、お姉さんの脳内で何かが引っ掛かっていた。

 だからこそ、対魔族用の切り札として、右脇のホルスターへ入っている拳銃を持ってきたのだ。というよりお姉さんは魔族狩り、対魔族用の切り札しか持ち合わせていない。対人用の切り札なんて、精々が5式短機関銃くらいだ。その5式だって、今回は残弾数が心もとないのでお休み。花鶏の店で5式を買った時は、まさか軍隊相手に戦争することになるなんて、思ってもみなかったからなぁ。

「けどまぁ、それもお姉さんたちが何とかするさ。ティオちゃんにも、その食事代くらいは頑張ってもらうことになるかもしれないけどね」

 そう言って、ティオちゃんの頭を撫でる。分かっている、本当に落ち着こうとしているのはお姉さん自身だ。こうしてティオちゃんの綺麗な金髪を撫でて、どうにかこの胸騒ぎを鎮めようとしている。

「はい、任せてください! ワタシもお姉さんたちに負けないよう、精一杯頑張りますので!」

 その小さな左拳で、同じく小さな胸をとんと叩くティオちゃん。うんうん、この皮肉をまるで介さない感じ、元のティオちゃんだ。けど、そろそろ基地跡に着くから、そのクッキーは仕舞おうね。


 そしてそんなことを言っている内に、車列を作っている3台のトラックは、基地跡のゲートへと辿り着いた。鉄条網に監視塔、土嚢に重武装の兵士たちが、お姉さんたちの行く手を阻む。

 クラベルは刻印を使用、お姉さんたちは荷物の陰に隠れているので、中を見られたくらいでは見つかることはない。しかし、問題なのは身体の大きいネゲヴである。最後に見た時は、洗濯された兵士たちの服が入った箱へ、どうにかして潜めないものかと悪戦苦闘していた。一応、ここ数ヶ月の間に積荷の点検をされたことはないと、店主が言っていたものの、どうなることやら。お姉さんは念のために、幌の隙間から様子を窺う。

「――よし、止まってくれ。いつもご苦労さん」

 店主を労う言葉とともに、兵士の一人が車列をゲートの前で止めた。小銃を携帯してはいるが、運転席の窓から乗り出している店主に話しかけているその表情は、今のところ穏やかなものだ。店主はその兵士に許可証を渡し、兵士の方も最早形式だけと言わんばかりに、即座にそれを店主へと返した。

 よし、今のところは順調だ。

 

 その後、店主は他愛ない世間話をしながら諸々の手続きを済ませ、まずは最初の関門を突破したかに思えた。しかし、店主がトラックのエンジンを再びかけ始めた時。

「あぁ、ちょっと待ってくれるか。少佐殿が何やらピリついていてな。ここ数日の間、基地に訪れる車両は、用心深く点検を行えと言ってるんだ。この基地跡を警備し始めてから、侵入者なんて精々が鹿だってのによ。俺たち一般兵は地下の施設には入れねぇし、給料だって他の後方警備と変わらない。ここの取柄って言ったら、仕事が少ないことだけだったってのに勘弁してほしいもんだ」

 兵士のその言葉に、店主の頬がわずかに引きつる。お姉さんも、左側のホルスターに仕舞っていた91を抜いて、右手で構えた。

「そういうことで、主計官殿を呼んでくるから、もう少しだけ待ってもらえるか。いつもの搬入ってことで、点検ならすぐに終わるだろうからよ」

 まずいな。主計官を呼んでの点検ということは、個数まできちんと図るだろう。となると、荷台の中へと入ってくるに違いない。

 つまり、ここで店主がどうにかしなければ、お姉さんたちが発見されることはほぼ確定ということだ。

 さて、どうするか。ここで銃撃戦になったとしても、突破できる自信はある。ただ、無傷では済まないだろうし、地下へと進んだ際の攻撃が激しくなるのは、非常に厄介だ。

 

 お姉さんがそう思案していた時、店主の口が開き、同時に助手席から何かを取り出した。

「いや、主計官を呼ばれるのは、マズいんだ……。何せ、今回の積荷にはアンタらが密かに頼んでいた、カルフール産のワインが入っていてな。もちろん、つまみも一緒だ。勝手に会計へ上乗せしているから、事細かに調べられると、諸々の誤魔化しがばれるんだよ。――分かるだろう?」

 なんと店主が取り出したのは、お姉さんが今朝渡したワインだったのだ。なるほど、思った以上に頭の切れる店主だったようである。伊達にこの周辺の物流を一手に引き受けていない、ということか。

 店主からそう言われた兵士たちは、一瞬顔を合わせてから互いに頷き、何かを取り決めたようだった。

「よし、書類はこっちでどうにかしておく。首を長くして待ったワインを、主計官なんぞに奪われてたまるか。――通ってよし!」

 そう言って、兵士が監視塔に合図を送り、基地跡内部へのゲートが開かれる。3台のトラックは無事、基地跡に入ることができたのだ。まったく、ひやひやさせてくれるよ。


 とにかく、これにてまずは第一関門を突破、ってワケだ。

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