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牙を剥く影

「こちらチーム・ガスト。予定通り目標地点に到達、これより対象の動きがあるまで待機する。以上サリーダ

『チーム・フラッド、了解。対象がロジェフスク陸軍基地跡に入り次第、偽装刻印を使用して内部へ潜入せよ。こちらは装甲車と共に突入する。そちらは指定した時刻までに、ニコラウス・エスペランサとその一味を排除し、例の書類を入手せよ。その後は基地内にいる全員を殺害し、証拠の隠蔽を行う。通信終了セラー

 

 白と黒、そしてダークグレーとライトグレーが混じった寒冷地迷彩の戦闘服に身を包んだ一団が、基地跡付近の森に潜伏していた。ヘルネン・シャハト社製の新型自動小銃、53式自動小銃を構えており、その銃には減音器サプレッサーや光学照準器などが付けられている。53式自動小銃は、同社の5式短機関銃と同じ機構の自動小銃であり、その精密性と軽量さから、多くの軍や特殊部隊に採用されていた。また、銃撃に対して十分な防御性能を誇る強化繊維で構成されたボディアーマーとヘルメットも装備しており、右太腿のホルスターには拳銃が仕舞われていた。森の木々に紛れて潜み、虎視眈々と機を窺うその様は、単なる傭兵や一般の兵卒には見えない。

「ほんま、えらいつまらん連中やで。そら、こんだけ危ない玩具を持った連中なら、楽にこの大仕事も片付くかもしれんけどやなぁ……」

 その中でぶつくさと文句を言っている女性は、識別符号スレイヤーコード『イーレン』と呼ばれる調整官だった。彼女のトレードマークでもあるスリットの入った東国衣装も、流石に北国とあっては分厚いロングコートの下に隠れてしまっている。それでもまだ彼女は寒いらしく、肩を震わせながら愚痴を垂れているのだった。

「調整官になったんは、楽で安定した稼ぎがありつつ、時折人間の範疇で強い相手と殺り合うっちゅう、適度な刺激のある仕事だったからや。こないな面白みの欠片もない殺し屋連中と、肩並べて仕事するためやないわ」

 

 識別符号『イーレン』、本名はツァン・ランファン。彼女は物心ついた頃から、東国で旅芸人をやっていた両親に手品や軽業などの芸を仕込まれ、元よりその素質があったのか、一座で最も注目を集める芸人となっていた。一座の仲間や両親、観客は彼女を天才だと評したが、彼女にとって自身が既に習得したものを繰り返し披露し、はした金を稼ぐだけの日々は、ひどく退屈なものだったのである。そんな時、彼女の類い稀な身体能力に目をつけた執行官が、彼女を魔族狩りにしたいと申し出てきた。無論、彼女の両親は猛反対したが、未知なる刺激と高額な報酬、そして己の力が修羅の世界でどれほど通じるのかという心が、旅芸人の彼女をイーレンへと変えたのだ。

 しかし、彼女自身は同業のラーテルほど狂ってもいなければ、ウィスパーほど人智を越えた力を持っているわけでもない。彼女は単に、楽しく仕事をしたいだけなのである。崇高な使命や貫くべき信念、守るべき者など、彼女には縁のないものだった。

「調整官殿は、随分と無駄口が多いようだな」

 イーレンの傍にある木の陰へと身を隠している隊員が、そんな彼女の言葉を鼻で笑う。隊員の顔は黒い覆面で見えないが、彼のイーレンを見る目は言葉よりも露骨にイーレンへの嘲りが浮かんでいた。

「ウチが口だけやないっちゅうのを、今すぐ分からせたってもええんやで? 噂話やとばっかり思っとったゴミ掃除専門の処理官パニッシャー殿が、どれほどのモンなんか気になるしな」

 その言葉に、イーレンは鋭い視線と殺気で返す。吹く北風はより冷たくなり、部隊が隠れている木々を鳴らした。両者の間に剣呑な沈黙と、何もかもが凍りつくような冷気が流れる。

 

 処理官。魔族狩り内部でも、その存在を知る者は少ない。魔族狩り、高位魔族取締局の利益、ならびに存続が危ぶまれる敵が現れた時のみ姿を見せる、対象の殲滅を目的とした機関。彼らは調整官と同様、魔族以外にもその矛を一切の容赦なく向ける。無論、執行官や直衛官、果ては調整官ですら必要とあらば抹殺するのだ。

 魔族狩りという組織に害を為すゴミを、処理するためだけに存在する者たち。それが処理官であった。

「……直に分かる。貴様こそ、調整官で随一と呼ばれた殺しの腕、ここで見せてもらうぞ」

「おう、給料分はきっちり働いたるわ。なんせ、ウチもプロやからな」

 そう言って、両者共に視線を基地跡へと向ける。

 基地跡では傭兵に変装した多くの連邦陸軍兵士が、侵入者に対して目を光らせていた。数は150人ほどで、現地で指揮を執っているのはヨシフ・ルキーヴィチ・アルマゾフ少佐。また、基地跡の地下では魔族の研究員が、とある研究計画を進めているという。

 そして、その研究を止めようと動いているのが、ラーテルならびにウィスパーの一行であった。彼女らが潜伏している場所を処理官たちは概ね把握していたが、逃亡の可能性を消し、この件の事情を知る者たちを一網打尽にするため、役者がこの基地跡に揃うのを待っているのだ。

 基地跡の周囲に展開している処理官の兵力は、50人ほど。重機関銃が搭載された装甲車や、最新鋭の装備で身を固めているものの、数においては連邦陸軍側には遠く及ばない。


 しかし、3倍程度の数的不利など、彼らにとっては無いに等しかった。

 標的の殲滅と、任務の達成。その2つのみを目的とした、魔族狩りの影ともいうべき部隊が、今その牙を標的に突き立てようとしていた。

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