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第1話

 タルナーダ連邦領、ロジェフスク陸軍基地跡。

 まだこの国が、連邦ではなく帝国であった頃に建てられた基地。しかし、帝国が革命により倒されて帝国陸軍も再編された際、国防上の優先度は低いとみなされ、軍の予算も逼迫していたため、十年ほど前に破棄。現在は連邦政府に雇われた民間警備会社が、その警備に当たっているという。


 それが、基地跡付近の町に住む人々から聞けた表向きの情報だった。

 今お姉さんたちはその町と基地跡の間くらいにある小高い丘、そこの小屋を一時的な拠点として、最後の準備を整えている。

「どうだい、ネゲヴ。基地跡の動きは?」

 そして、心優しいお姉さんは小屋の外で基地跡を見張るネゲヴに、温かいコーヒーを持って行ってやるのだった。流石北国だけあって、丘に生えている木々は例外なく雪の傘を被っているし、その真っ白な雪はお姉さんの足首辺りまで積もっている。吐く息は白く、頬に当たる風は、身体の芯まで凍りつきそうなくらい冷たかった。何度か仕事で雪国には訪れたが、この雪と寒さはいつまで経ってもなれないな。何より、咄嗟の状況で雪に足をとられる可能性も出てくるし、雪には足跡だって残る。良い点を挙げるなら、暑い場所よりは煙草がうまいってことくらいか。

 あぁ、やだやだ。

「やはり、軍服姿の兵隊はいないな。出入りするのはトラックや四輪駆動車ばかりで、戦車や装甲車といった類は無い。ただ、頭数はそれなりにいる」

「どれどれ、お姉さんにもその双眼鏡を貸してみなさい」

 そう言って、お姉さんは右手に持っていたコーヒーカップと、ネゲヴの双眼鏡を交換する。


 某国の軍隊でも使われているとかで、そこそこ値が張った双眼鏡を覗き込み、まず初めに見えたのはひとつしかない基地跡への出入口だ。張り巡らされた鉄条網と、守衛の合図がなければ開かないゲート。無論、ゲートとその傍にある監視塔では、自動小銃を構えた兵隊たちが招かれざる客に対して目を光らせている。おまけにゲートの前には土嚢を積み、そこへ重機関銃を載せていた。重機関銃の口径は、一般的な小銃のそれよりも大きいものであり、掠っただけでも致命傷を負いかねない。

 使われなくなった基地の警備にしては、あまりにも大袈裟すぎる。何か危ないものを隠しています、と言っているようなものだ。

「――頭数だけなら、良かったんだけどね。()()()()こそ一般人と大して変わらないけど、連中が肩からぶら下げてる自動小銃は、この国の陸軍が使っているものと同じ。あのロングコートの下には、ボディアーマーも身につけてるだろうね。……流石は軍人サマだ、動きに無駄も迷いもない」

 身なりこそ傭兵のそれだが、中身は完全に軍人ってワケか。慣れない雪国で、あんな連中と戦うのは御免被る。今回もまた、例によって搦め手からか。


「まぁ、ここから確認できるのはこれくらいか。後は、基地の近くまで偵察に行ってるクラベル次第、ってことだね」

「あぁ。……しかし、彼女だけで本当に大丈夫だろうか。雪が降っている中では、彼女の刻印も使えないだろう。アレは姿を見えなくするだけで、完全に消える訳ではない。肩には雪が積もるし、足跡だって当然残る。そんな状況で――」

 ネゲヴはコーヒーを一気に飲み干して、基地の方向を心配そうに眺めている。一方のお姉さんは、いつも通り煙草を咥え、そんなネゲヴを横目で見ていた。

「刻印があろうとなかろうと、あの暗殺娘にとっては大差ないさ。アイツの技術や才能、そして積み重ねてきた努力と経験は、生半可なモノじゃない。アイツがしくじるような相手なら、お姉さんたちに勝ち目は無いよ」

 まったく、クラベルの心配などしている場合じゃない。何やら落ち込んでいるティオちゃんを、どうやって励まそうか。お姉さんの頭には連邦の検問所を通り抜けた時から、ずっとその課題が残っていた。

 とにかく、こういう時は他愛ない話から入って、さりげなく聞いていくのが良いだろうか。ティオちゃんは一応、年齢は30歳ほどだが、エルフの年齢と女の約束ほどアテにならないものはない、という言葉もある。

 彼女たちは小さな村で自然と共に暮らし、人間社会特有の汚れや怖さを知らずに育つ。30年生きてきたといっても、ティオちゃんの身体は少女のように未成熟で、その心もまた純粋そのものだ。そんな彼女がこの短い期間に多くの闇を覗いてきたのだから、精神的にまいってしまっても仕方ない。

 むしろ、そういったモノに慣れてしまったお姉さんたちが異常なのである。

 ふむ、そんなお姉さんがどうやって、純粋無垢なティオちゃんを励まそうか。変なことを言ったら、それこそ逆にもっと落ち込んでしまうぞ。荒事以外にはてんで不器用な自分に、つくづく嫌気がさす。


「心、ここに在らずという感じだ。大方、あの子の心配をしていたのだろう?」

 お姉さんのそんな内心を見事に見抜いたネゲヴが、お姉さんの手にある双眼鏡と、自身が飲み干したカップを交換しながら笑った。

「コーヒー、美味しかったよ。ここでの偵察は、引き続き俺がやっておく。……しかし、思った以上に過保護だな君は」

 ネゲヴは肩をすくめながら、再び双眼鏡を覗き込んだ。お姉さんはその逞しい肩をぽんと叩いて、その配慮に甘えることにした。

「寒空の下で見張りを続ける友人へ、コーヒーを持ってくるくらいには優しい性格でね」

 まったく、よく気の利くヤツだよ。このオークの友人は。

 お姉さんはネゲヴのその言葉を受け、足早にティオちゃんが待つ小屋へと向かうのだった。


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