第7話
投擲用ナイフ2本、柳葉刀、煙幕、ブーツの爪先に仕込まれたナイフ、笛に偽装した吹き矢。これらは全部、イーレンがお姉さんに向かって使ってきた武器だ。こいつは全身武器庫か。
「ニカカッ! 流石はラーテル、この程度の攻めじゃあかすり傷もつけれへんか」
一応、全部を躱したものの、相手は芸人という識別符号を持つ女だ。まだまだ危ない手品のタネを隠しているはずである。
両者の間合は5、6リーネアほど。詰め寄ることなど容易い間合だ。クラベルと違って、超人的な体術と刻印を使った術式行使は行ってこないが、代わりに暗器や投擲武器をふんだんに使ってくる。まったく、面倒くさい相手だ。
「へぇ、今までのは攻撃だったのか。お姉さんはてっきり、ご自慢の曲芸を披露してくれているのかと思ったよ」
イーレン相手に時間を使い過ぎている。軽口を叩きながら、お姉さんは内心焦っていた。いや、もしかしたら調整部の増援が来るまで、お姉さんたちをここに足止めしておくことがイーレンの目的なのか。確かに、こんな遮蔽物もない草原でそれなりの数に囲まれると、流石のお姉さんとネゲヴでも突破できないだろう。
イーレンが右手で柳葉刀をくるくると回しながら、こちらの出方を窺っている。その間に弾倉を交換し、腰の鞘に納めていたナイフを抜いて、左手に逆手で構えた。拳銃を右手に、そして拳銃を支える様に、ナイフを構えた左手を右手の付け根辺りへ置く。これで一応は、距離を詰められた際にナイフを使うことが出来る。拳銃を撃ちながら、いざとなればナイフで仕留めるって芸当も可能なワケさ。
といっても、順手で持っているワケではないから、攻撃のパターンはどうしても安直になってしまうが。順手でナイフを構える利点は、刺突と斬り払いという2種類を瞬時に切り替えられる、という点だ。ナイフのみを扱って近接戦闘を行うのなら、敵に手の内を読まれにくい順手の方が好ましい。逆手に持つと、刺突を素早く行えるが、斬り払うということが出来なくなり、安直な攻めしか行えなくなってしまうからだ。まぁ、敵へ致命傷を与えるならば、斬り払うよりも敵の急所を刺突した方が効率的ではあるけどね。
さて、そろそろケリをつけるとしようか。
照門と照星を、イーレンのこめかみ辺りへ合わせる。命中率を考えるなら頭部より胴体の方が良いが、それだとイーレンが防弾ベストの類を装着していた場合、反撃を許す可能性が出てくるので危険だ。理想的なのは、イーレンが距離を詰めようとした瞬間に、こめかみを撃ち抜くこと。それに5、6リーネア程度の距離でお姉さんが91を外すことなどありえない。もし煙幕を使われたとしても、身体の何処かに当てることは可能だ。
「ええ目しよるで、ラーテル。それなりに場数を踏んできたウチですら、肝の底からゾクッとする冷たい目や……。アンタの様な目を、狩人の目っちゅうんやろなぁ」
「褒め言葉として、受け取っておくよ」
相手もプロだ。こっちが仕掛けることを感づいている。
一拍、呼吸を置いた。夜風が頬を撫で、月の光がお姉さんとイーレンを照らす。いつもの、殺し合いの空気だ。生み出すものは何もない、どちらかが無となる直前の、冷たく澄んだ空気。驚くほどに感覚が鋭敏になり、まるで時間の流れが遅くなったかの様に感じる。こうなったが最後、終わるのはどちらかが屍となって斃れた後だ。
さぁ、斃れるのはどちらか。始めようじゃないか。
その時、何かが顔の横にぶつかったらしいイーレンが、思わず噴き出しそうになるくらい盛大に横っ飛びしていった。そして、先ほどまでイーレンがいた場所には、褐色肌の見慣れたダークエルフが1人立っている。
「間に合った。ティオちゃん、無事?」
「……色々言いたいことがあるけど、とりあえずティオちゃんは無事だよ」
なんてタイミングに現れるんだ、こいつは。まぁ、とにかく助かったのは確かか。これで2対1、こっちが圧倒的に有利なワケだ。
「いちち、何が起こったんや……。――って、ウィスパーやないか!? なんでお前がここにおるんや!」
クラベルに横っ面を蹴り飛ばされたイーレンが受け身をとって起き上がるや否や、目を丸くして口をぽかんと開けていた。うん、それはお姉さんも聞きたい。なんでこいつは、お姉さんたちの居場所が分かったんだ。
そんな風に驚くイーレンの言葉に対して、クラベルはただぎろりと睨みかえす。
「お前に、教える義務、ない」
イーレンは舌打ちをすると、お姉さんとクラベルの顔を交互に見て、苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「……どうやら、こっちが不利みたいやな。その首、しばらくは預けとくでラーテル」
そう言うと同時に、イーレンは隠し持っていたもう1つの煙幕を使い、煙に紛れて何処かへと消える。とりあえず、危機は去った。この褐色暗殺娘に聞きたい事はあるが、今はここから立ち去るのは先だ。
「色々聞きたいことはあるけど、まずは逃げるか」
「……車、嫌い。酔う」
知るか。なら歩いてこい。