第3話
おっさんは、物陰に隠れて機を窺っていた。相棒の半自動拳銃である91(ナイン・ワン)、そのグリップを握り直し、空になった弾倉を取り出す。そして大きく息を吐いて呼吸を整えつつ、シャツの右脇にかけている予備の弾倉入れへと手を伸ばし、弾倉の再装填を行った。
「まったく……、四十を超えるおっさんにも手加減なしか。まぁ、向こうも命狙われてる訳だしなぁ」
軽口でも叩いて、気を落ち着ける。そう言えば、前に仕事をした若い同業者から、この独り言も気持ち悪いからやめてくれって言われたなぁ。いや、もう大丈夫なはずだ。なにせこっちは押しも押されぬ黒髪ショートのお姉さん。声だって、少し低めのクールな女声になっているのだ。
おっさんは次に、自分でも時折うっとりするくらい綺麗な白い手で遊底後方に引き、弾倉から弾丸を装填する。この辺りの動作はもう手慣れたもので、多分呼吸や食事といったものの次くらいにはやっているのではなかろうか。
91を両手で構えて銃口を上に向けつつ、物陰からわずかに左へと顔を出して、標的の出方を窺った。
おっさんは『忌名つき』を、ひいては魔族をなるべく敵とは呼ばない様にしている。魔族狩りの中にはあからさまに魔族への敵愾心だったり、復讐心をもって狩る連中も多いが、これはよくない。これから殺す相手に何かしらの感情を抱き、執着する事はこの職業では極めて危険だ。激しい感情は往々にして判断を鈍らせるし、最悪の場合はそれを相手に利用される。それに、相手だって生きる為にやっているんだから、お互い様だろう。
七割以上の魔族狩りが三十代で死亡、もしくは引退していく中で、おっさんが四十を過ぎても現役でいられるのは、この辺りの考え方の違いがあるからだろうかと、思ったり思わなかったり。
そんな事を頭の隅で考えているおっさん、もといお姉さんの鼻先をクロスボウの矢が掠めた。
慌てて矢が飛んできた方角へと二発ほど91を撃ち返し、再度物陰に隠れる。まったく、この綺麗な顔に傷でもついたらどうするんだ。
「オオ……、オオオォ……」
そんな風になんともおぞましい声をあげつつ、おっさんに迫ってくる標的の名は『鋼鉄の兵隊』グランティオ。如何にも高そうな金属鎧が、何者かの術式によって操られているものだ。
やかましい金属音を廃ビルのフロアに響かせながら進んでくるそれは、おっさんの見立てだと恐らく鎧の中に魔力の供給源があるタイプだろう。単なる術式による遠隔操作では、ここまで反応は良くない。となると、鎧の中に自立駆動の術式と動力源がセットであるはずだ。
この辺り一帯で暴れまわる魔族の中心的存在だと冊子には書いてあったが、どうやらこいつも操り人形らしい。おっさんが宿泊しているホテルがある都市の郊外にあるこのビルは、長らく都市の治安悪化の一因とされていたが、このグランティオのせいでなかなか取り締まれなかったそうな。
しかしそのグランティオさえも駒だとすると、もしかしたらおっさんは、かなり面倒な一件に首を突っ込んでしまったのかもしれない。
直後、おっさんはふと嫌な予感がして、隠れていたフロアを支える柱から飛び退いた。
次の瞬間には、グランティオの持つハルバートがその柱を粉砕。何という馬鹿力だと軽口を叩く暇もなく、おっさんとグランティオは向き合う事となってしまった。
魔族連中、特に『忌名つき』とは真っ向から戦うな。これは魔族狩りの基本だ。なにせおっさんたち人族より、魔族の方が肉体も精神もはるかに強靭なのだから。そんな連中と真っ向勝負をすればどうなるかなど、火を見るより明らかだ。この金属鎧がおっさん、もといお姉さんの白くて細い首をへし折るのは、折り紙で紙飛行機を折るより容易いはずである。
「まいったな……」
不幸中の幸いは、これが龍種や上位存在ではないという事くらいか。もっとも、そんな連中なら出会った瞬間におっさんは発狂するか灰になっているが。
とにかく、距離をとろう距離を。
背を見せない様にしつつ91を構えながら、おっさんがじわじわと後ろに下がっていく。ここで一気に距離を詰められると、おっさんとしては苦しいところ。しかし、いくら自立駆動の術式とはいえ、そこまで高度な立ち回りは出来ないはずだ。
この後おっさんは、そんな甘い見立てを後悔する事になった。
はじめての、あとがき!(某おつかい風に)
龍種とか上位存在とかは、簡単にいうとモ○ハンのクシ○ルダ○ラとか、クト○ルフ神話の名状しがたき面々みたいなものです。趣味丸出しですね、すいません。
また、おっさんの使っている拳銃はもちろん架空のものですが、銃の各部名称は現実のものです。ややこしかったり、分かりにくかったりしたらすいません。にわかミリオタ丸出しの描写かもしれませんが、鼻で笑ってやってください。