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SLAYERS STRUT ~魔族狩りのお姉さん(おっさん)~  作者: 水茄子
お姉さん、休暇を過ごす。
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第6話

 安宿での襲撃を切り抜けたお姉さん一行は、カルフールの町を足早に立ち去り、タルナーダ連邦へと車を走らせていた。ガソリンをめいっぱい入れてやったお姉さんの愛車、『ルーフォン・タイプ3』の機嫌は上々だ。

「しっかし、ネゲヴは本当にオークらしくないね。下手したらお姉さんよりも学があるし、その上オークと思えないほど人間に寄った顔立ちをしてる。違うのは、深い緑色の肌と鋭い犬歯、それと少し大きい鼻くらいかな」

「オークにも、学問と道徳を重んじる者はいる。尤も、それは異端と言っても差支えないほど少ないがね。それと顔立ちに関しては、同じオークにもよく言われた。お前の顔と身体はどうしてそんなに細く、お前の背はどうしてそんなに小さいんだとね」

 車の天井に頭をぶつけない様、身をちぢこめているってのに、背が小さいだってさ。まぁ確かに、他のオークは2リーネアなんて、余裕で超える高さだけど。

 え? さっきまで、殺し合いの中にいた連中とは思えないだって? そりゃあそうさ、お姉さんやネゲヴにとっては殺し合い(アレ)が生業であり、日常なのである。1人で暮らしていて、洗濯や掃除をして落ち込んだり、気を動転させたりはしないはずだ。だからこそ、枕元に拳銃を置いたり、部屋に罠を仕掛けたりといった、所謂いわゆる()()()()()()()()ってヤツもまた、日々の習慣になるのさ。襲い襲われ、殺し殺される。それが自分の習慣になるんだ。つくづく、狂った職業だよ。

 そして、身についた習慣というものの最も恐ろしく、また最も頼りになる点は、それを異常だと思わなくなるってところだ。己の命を狙う襲撃者、枕元の拳銃、そして敵の殺害。躊躇い、良心を痛ませ、罪悪感に苛まれることが普通なこれらの行動や事象に、心が何の反応も示さなくなるのさ。

 そんな腐った心だから、お姉さんはバックミラーで後部座席のティオちゃんを見るまで、その異変に気づかなかったんだ。バックミラーに映ったティオちゃんの顔は、いつもとはまるで違う。目を伏せ、唇をきゅっと結び、今にも涙を流しそうなほど曇った表情をしていた。

「……ティオちゃん、何かあったのかい?」

 お姉さんがそう声をかけると、ティオちゃんは慌てて運転席に顔を向けて、ぎごちない笑顔を浮かべる。

「だ、大丈夫です! ちょっとお腹が空いただけで、何も悩んでないですよ!? 本当に、何も!」

 この子、驚くほど嘘が下手だな。

「どう考えても悩んでるって顔しながら、よく言うよ。お姉さんでよければ話を――」


 次の瞬間、車の上でどんという音が鳴り、何か良からぬものが無賃乗車をしてきたというのが分かった。話の腰を折った上、人の愛車に許可なく乗り込んでくるとは、とんだ礼儀知らずだな。左手でハンドルを握ったまま、右手で左脇のホルスターに入った91を抜く。

「ソニアさん、上だ」

「分かってるよ。ごめん、ティオちゃん。悩みは後でしっかりと――」

 直後、運転席の窓が車の上から叩き割られ、何かが投げ込まれた。おいおい、これって。

「――ッ、閃光手榴弾スタングレネードだ!」

 踏み抜く勢いでブレーキをかけ、ハンドルを右に切る。幸いなことに、タルナーダ連邦領に向かう北國街道は、カーブも民家も少ない。だだっ広い草原に一本線が引かれた様に敷かれた道と照明、ガードレールなんてものはないし、深夜ということもあって付近に車もなかった。

 激しい閃光と音が、車内に轟く。車が上下に激しく揺れ、脇の草原に突っ込んだことが分かった。そして、恐らく止まったであろう瞬間に、運転席のドアが開く音。次に思いきり右頬を何者かに殴られたかと思うと、襟首を掴まれて車外に放り出された。くそっ、誰だこんな美人の顔を殴るのは。

 お姉さんは両手両足に力を込め、どうにか立ち上がる。未だにちかちかと点滅する目も無理矢理開いて、ようやく襲撃者の正体を確認した。

「――ニカカカッ! ようやっと見つけたでぇ、ラーテルゥ」

 東国特有の訛りと、その独特な笑い方。点滅する視界でもはっきりと分かるくらい、派手な赤色の服。何と言ったか、東国の伝統衣装で下着が見えそうなほどの際どいスリットが特徴の服だ。でもって、尻の辺りまで伸びた黒髪のポニーテール。間違いない、いやむしろ間違えようがない。

「こんばんは、イーレン。しばらく噂を聞かないから、てっきり死んだと思ってたけど……。まさか、調整官バランサーになってたとはね」

「魔族なんちゅう得体のしれん化物と戦うより、人間殺す方が楽やからなぁ。……ちゅうワケで、すまんけどコレも仕事やさかい。死んでもらうでぇ?」

 そう言って糸みたいに細い目を少し開く、この女の識別符号スレイヤーコードは『イーレン』。東国の言葉で芸人って意味だそうな。


 その識別符号の由来は、もうすぐ分かる。

「せいぜい楽しませてくれや、ラーテル? 調整官ってのは、暇でしゃあないんや。あの『ウィスパー』と互角に渡り合うっちゅうその腕前で、ウチを楽しませてぇな」

 おいおい誰だ、そんな根も葉もない噂を流したのは。

 イーレンは右手に構えた柳葉刀の刃先をこちらに向けてきた。それに対してこちらも、左脇のホルスターから愛銃の91を抜いて構える。イーレンの腕前は、あの褐色暗殺娘クラベルから伝え聞いただけだが、アイツがそれなり以上だと評したのだから、油断できない。

 間合はせいぜい5、6リーネアってところか。見たところ、イーレンが今取り出している獲物は柳葉刀だけの様だから、間合だけを見るならお姉さんが有利だ。距離を詰めてこようとすれば、その瞬間に少なくとも3発は銃弾を撃ちこめる自信がある。お姉さんやクラベルの様に、特別な歩法を知っているワケではなさそうだしね。

 ただ、滅多に人を褒めないクラベルが、それなり以上の腕前と言ったのだから、拳銃の間合でむざむざ撃たれる間抜けじゃないってことだ。

「ソニアさん、ティオちゃんは無事だ! そっちは大丈夫か!?」

 車からネゲヴの低くて大きい、銅鑼を鳴らした様な声がした。よし、どうやらあっちの心配はせずに済みそうだ。

「こっちは大丈夫! まだこの女以外にも、追手がいるかもしれない! ネゲヴは何があっても、ティオちゃんを守っておいてくれ!」

 目の前にいるイーレンの一挙手一投足に気を配りながら、万が一間合を詰められても良いように91を構え直す。両肘を曲げて右肘をやや水平に、そして左肘を右肘の位置よりも下へ。そして両手で拳銃の銃把グリップを包み込む様に持ち、発砲した際に後退した拳銃の遊底スライドが当たらない程度の顔から近い場所で、拳銃を構える。

 通常の両肘を伸ばして拳銃を構える形より、こっちの方が距離を詰められても柔軟に応戦できるってワケさ。

 さて、と。それじゃあひとつ、人サマの愛車の窓を割りやがった馬鹿野郎に、痛い目を見てもらいましょうか。



 

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