第4話
今、お姉さんとティオちゃんは、ロジェフスク陸軍基地跡があるタルナーダ連邦領、その手前に位置するカルフールの町に居た。あの後、助け船のお蔭で無事にガソリンを手に入れることが出来たお姉さんたちは、その助け船へお礼をする為に、カルフールの酒場へと向かったのである。カルフールの名産品であるワインの一杯でも奢ってあげようという、ティオちゃんの粋な計らいだった。
ただ、町についてようやく一息つけたティオちゃんと違って、お姉さんは何とも言えない微妙な心境。なんでかって? それは、その助け船というのが……。
「なんで、よりにもよって。ラーデンで別れた筈のアンタが、カルフール沿いの道を走ってるんだい? しかも車とかを使わず、全力ダッシュで」
「いや、これは別に君を尾行してきたという訳ではなくだな……。タルナーダ陸軍なら、魔族でも入隊できると聞いて……。後、オークの脚力なら下手に車を使うより、自分の足で走った方が速くて、安上がりなのだよ」
助け船ならぬ、助けオークだったからだ。かっこよく別れたはずが、まさかの再会ってワケさ。まったく、出会いと縁ってのは、分からないもんだ。
「でも、本当に驚きましたよ。大きな足音を響かせて、イノシシみたいにこちらへ突撃してきたと思ったら、オークさんですもん! 足が速いんですね!」
一方のティオちゃんは、無邪気に酒場で出されたフライドポテトを食べている。せめてその隣にあるチーズは、ワインを飲んでるお姉さんたちに残しておいてね。1人で四人掛けの円形テーブルを半分ほど占領しているオークは、特別に用意された小さい樽型の杯でワインを飲んでいる。お姉さんも、折角のカルフールワインなので、この際もう細かいことは気にせずに飲み始めた。
「オークの身体能力は、魔族の中でも抜きん出て高いんだよ、ハイエルフのお嬢さん。その代わり、体内で魔力を生成する量が少ないので、術式の類はほとんど使えないんだがね。……で、何故君たちがタルナーダ連邦なんて場所に行くのか、聞いてもいいかね?」
まったく、このオークは厳つい見た目とでかい図体に似合わず、頭脳の方も優秀だ。
タルナーダ連邦はこの大陸の北方に位置し、巨大な領土をもつ軍事大国だ。正常な国交を結んでいる国はなく、周辺の小国をつき従えて常に何処かの国と小競り合いをしている。そして当然のことながら黒い噂は絶えず、やれ大陸の半分を消し飛ばせる爆弾だの、魔族と人の混成部隊だの、物騒な話題には事欠かない。まぁ確かに、この筋肉紳士の言う通り、まともな人間ならこんなきな臭い国には近づかないわな。
とにかく、今のところこのオークが味方とは限らない。確かにラーデンの奴隷市場ではお姉さんを助けてくれたが、今も味方である確証はないのだ。何度も言うが、お姉さんの様な稼業ではまず疑うことが自分の命を助けることに繋がる。ワインを飲み干したお姉さんは、咥えた煙草に火を点けてから、適当に誤魔化そうと考えていた。
「それは、あの奴隷市場から運ばれた子たちを助ける為です! あ、後はワタシ達も旧魔王軍に狙われているので、先手を打って仕掛けようっていう、お姉さんの作戦ですね!」
いいかい、ティオちゃん。作戦っていうのは、むやみやたらと言ったら作戦とは言わないんだよ。
まぁ、かくも見事にお姉さんの思惑をぶち壊してくれるとは。この子の純粋さは、時としてお姉さんの予想を大きく跳び越えるな。まったく、ティオちゃんらしいというか、なんというか……。
ほら、流石のオークさんもここまで見事に腹の内をぶちまけられたから、面食らってるじゃないか。
「あ――っと、ソニアさん……。なんというか……、予想以上に君は只者ではなかったようだな……」
「うん、そりゃあ面食らうよね。目の前で酒飲んでる奴が、そんな要注意人物だったら。お姉さんも、初めてティオちゃんに会った時はそうなったもん。この子、基本的に隠し事とか無理なんだよ」
お姉さんの心中を察したのか、憐みの視線を向けてくる。一方のティオちゃんは、何故お姉さんが頭を抱えているのか分からないという感じだった。
「まぁ、とにかくそんなワケで、お姉さんたちは結構危ないことに首を突っ込んでるんだ。だから、アンタも火の粉が飛んでこない内に逃げた方が賢明――」
「断る」
おいおい、間髪入れずとは。
「あのラーデンの城で俺が君を食事に誘ったのは、一時の感情などではない。君のその瞳に心惹かれたからだ。そして、その瞳に宿る光は、そこのエルフのお嬢さんから分けてもらったものだね? 君がその子を見る目と、お嬢さんの性格から、大体は分かったよ」
おまけに、この前のナンパの続きか。っていうか、どれだけお姉さんのことを見てるんだ。ちょっと怖いよ。ティオちゃんもティオちゃんで、枝豆を恐ろしい速度で貪りながら、好奇心に目をキラキラと輝かせてるし。孤立無援ってワケか。
「まぁ、否定はしない。けど、生半可な危険じゃないよ? それに、アンタの同族とも戦うことになるかもしれないぜ?」
「構わない。元々、戦うしか能がない薄汚れた手だ。それに、せめて戦うことしかできないなら、少しでも気持ちの良い戦いをしたいのだよ。こんなことで、これまでの贖罪になるとは思っていないが」
またも即答か。おまけに迷いのない、まっすぐな良い目をしやがる。腹はとっくに決まっているとでも言わんばかりだ。けど個人的に、種族は違えど同性にここまで熱烈な好意を向けられるのは、なんとも言えぬむず痒さがある。何が悪いってワケじゃない。むしろ、性格や能力だけを見るなら、大いに歓迎だ。けれど、個人的な感情から出来れば断りたい。
そうだ。そもそも、魔族狩りは魔族とは組めない。そういうワケなんで、悪いが諦めてもらおう。
「というか、前にも言った様に魔族狩りは魔族とは――」
しかし、そこでティオちゃんが自信満々という風に、右手をビシッと天高く掲げた。もう嫌な予感しかしないよ。
「なら! ここはひとつ、ワタシの護衛をしてもらうってコトでどうでしょうか! ほら、ワタシは魔族狩りじゃないですよ!」
うーん、ナイスアイデアだ。本当に、頭をまた抱えたくなるほどナイスなアイデアだよ、ティオちゃん。
「なるほど、それは名案だが……。良いのかい? えぇっと、名前はティオちゃんと言ったかな?」
「はい! お姉さんの命の恩人と聞きましたし、きっとお姉さんも喜びます! ワタシはティオ・ホルテンツィエと言います!」
もうちゃっかり自己紹介までしてるし。最早これ、お姉さんの意思とか関係なさそうね。
「俺の名前は、アンドレア・ネゲヴという。以後、君たちの盾として、或いは剣として戦おう」
そんなワケで、旧魔王軍退治の御一行に、筋肉紳士ことアンドレア・ネゲヴが加わったのであった。