第2話
さて、そんな誰かへの説明めいた事を考えながら、おっさんはホテルの自室にある椅子へと座った。
「よっこいしょ、っと……。いかんな、また中身が出てしまった」
お気に入りの煙草である『メルボロ』、その特徴的な赤い箱を開ける。そこからおっさんは煙草を一本取り出して、自分でいうのもなんだがその瑞々しい唇に咥え、使い古したオイルライターで火を点けた。そして紫煙を漂わせながら、日課の『魔族狩り日報』と書かれた小さな冊子を読むのだ。
うむ、おっさんくさい。……いやいや、外見は黒髪ショートで切れ目の美女なんだから、クールなお姉さんだろう。後、何気にこういった細かい字の書かれたものを読む時に、老眼鏡をかけなくていいのはありがたい。
そろそろこのホテルでの滞在期間も一週間を超え、いい加減飽きてきたところだ。最後にこの辺りでもう一匹ほど『忌名つき』を狩って、そいつの懸賞金を受け取った後、どこか別の所へ行こう。
おっさんは、昔からこうして様々な場所を転々とする、風来坊の様な生活を送ってきた。これは魔族狩りの業界内では別に珍しい話ではなく、魔族から命を狙われる危険性が常につきまとうこの職業においてはむしろこれが普通だろう、とおっさんは思っている。定住しようとすると、社会的な手続きが面倒だから定住しないとかじゃないぞ。
流石に所帯を持ち始めるとこうはいかないが、事実独身の魔族狩りは多くが住所不定だし。
それにおっさんもひとつの所に留まるより、色々な場所を旅する方が好きで、おまけに少々特異な生い立ちに気まぐれな性格だったりする事を踏まえると、この魔族狩りがおっさんにとって天職なんだなぁ、とつくづく思うのだ。何だかよく分からない魔術で殺されかけたり、街中で襲撃されるのは流石に勘弁してほしいが。
とにかくこのホテルを離れる事を決めたおっさんは手早くズボンとシャツを着て、シャツの上にホルスターをかける。そして左脇に91を仕舞うと、近くの壁にあるフックにかかっていたロングコートを羽織った。高かったなぁ、このロングコート。いくら魔獣の皮で作られていて耐火性に優れているとはいえ、二十万ルクスは高すぎるだろう。中古車が一台ほど買えるわ。
次におっさんは革製の古ぼけたトランクひとつに荷物をまとめ始める。トランク片手に風のふくまま気の向くまま、といえば聞こえはいいが、おっさんの姿の頃は何度職務質問をされた事か。その点、外見だけでも美女なら男から、場合によっては女からもちやほやされる。やはり外見が良くて困る事などないのだ。
拳銃の予備弾薬に幾つかの手榴弾、鈍く光る刃をもつガーバーナイフ、そして最低限の着替えや干し芋などの非常食をトランクへと詰め込む。おっさんならば変えの上着とパンツが一着あれば事足りたが、仮にも外見が美女なのでブラジャーやらパンティーやら、ストッキングやらと無駄に荷物がかさばる。おまけにこの女性用下着や化粧品の数々は、何度やってもその感覚が慣れない。買いに行く時も通報されないか、ついひやひやしてしまうし、困ったものだ。
とにかく、諸々の準備は整った。後は日報に書いてある『忌名つき』の中から、適当なヤツを選んで、昼食がてら狩るだけだ。
品定めする様に、おっさんは人間とはかけ離れた見た目をしている魔族共の顔写真を見る。
『肋骨喰い』エジエガ。墓場から死体を掘り返し、その骨を喰らう。賞金は五万ルクス。却下だ、賞金が安すぎる。これでは旅費が心もとない。
『世界の破壊者』グレス・エストリヴァーン。軍隊でも討伐不能な魔族の有力者。賞金は二十億ルクス。……却下! こんな正真正銘の化物を、ただのおっさんが相手にできるか!
何かこう、手ごろなヤツはいないものか。おっさんは不機嫌そうに唇を尖らせつつ、冊子のページをぺらぺらとめくる。
そして冊子の終わり際、ふと目に入ったページで冊子をめくる手を止めた。
いたのだ。ちょうど手ごろな獲物が。
もっとも、これがおっさんの気楽な旅の終わり。そしておっさんには似つかわしくない、冒険活劇の始まりだったのだが。