第15話
「ありがとう。お蔭で助かったよ」
「店内で銃声が聞こえて来てみれば……。妙に綺麗な瞳をした奴隷商だと思ったが、まさか魔族狩りだったとは」
お姉さんはコートのポケットを探り、いつものメルボロを取り出す。そして箱から一本取り出して、口に咥えたところで、隣に居たオークが目の前にライターを持ってきた。まったく、つくづく気の利くオークだこって。
「よせやい。こんな殺す事しか能のない人間に、綺麗な瞳だって? お姉さんの瞳なんて、とうの昔にくすんじゃってるよ」
ライターに顔を近づけ、煙草に火を点ける。オークは、そんなお姉さんの顔をじっと見ていた。助けてもらってなんだけど、本当に物好きだねアンタも。
煙を吐き出し、空を眺める。城の中にいた時は分からなかったが、もうすっかり夜は深けていた。星はまばらにしか見えないが、確かに暗い夜空で光っている。
「いいや。君の瞳には、分かりづらいが確かに光がある。だからあの時、俺は食事に誘ったんだ。久しぶりに、光のある瞳に魅せられたのかもしれない」
おいおい。実直そうに見えて、唐突に洒落た口説き文句とは、このオーク相当なやり手だぞ。
「それで? そんなお姉さんに誑かされて、マフィア退治の片棒を担ぐ事になったワケだけど。アンタはこれから、どうするつもりだい?」
「何て事はない。ちょっとばかり、派手な退職届を出した様なものだと思って、新しく職を探すだけだ。女性と少女の2人旅に、護衛がいるという依頼があるなら、それを請けても良い」
まったく、中身がおっさんだってのに、よくやるよ。まぁ、こういう手合は嫌いじゃないけどね。紫煙を漂わせながら、お姉さんはオークに向かって少しだけ、笑顔を見せてやる事にした。
「分かってる癖に。魔族狩りは、魔族と組めない。機密情報の漏えいなんかもそうだが、何より情が移るからね」
狩人が、獲物と触れ合う事はない。情が移れば、引き金が鈍るからだ。世の中、悪い魔族だけじゃないが、同時に良い魔族だけでもない。人間と同じだ。
このオークと、同じ様な見た目をした敵と遭遇した時。その時、引き金にかけた指が躊躇えば、誰かが死ぬ事になる。つくづく嫌な仕事だと、お姉さんは煙を吐き出しながら思う。
「分かっている。だが、それでも――」
続けて、何かを言おうとしたオークの前に、フィルターの方を向けて煙草を差し出した。
「悪いね。今はこれで、我慢してほしい」
オークが、溜め息をつきながらも煙草を受け取る。お姉さんはそいつに背を向け、その場を後にしようとした。
「待ってくれ。最後に、名前だけでも聞かせてくれないか」
まったく、心底物好きだねぇ、お前さんも。くすっと笑いながら、新しく咥えた煙草に、自前のライターで火を点ける。そして、ふり返らずに手だけをぶらぶらと振って、こう答えた。
「――ソニア。お姉さんの名前は、ソニアっていうんだ」
よりにもよって、パッと思いついたのが、別れた嫁さんの名前とはね。
別に、後ろめたい理由から、偽名を使ったワケじゃない。元のおっさんだった頃の名前は、お姉さんには厳めしすぎる。だから、適当な女性らしい名前を言おうと思ったら、嫁さんの名前を口走ってしまったのだ。
「まったく……。未練がましいったらないね」
「あっ、お姉さん! 捕まっていた人たちには、ちゃんとマフィアのお金を分け与えておきましたよ! ――それでオークさんとの話、どうでしたか!?」
城の庭を出た所で待っていたティオちゃんが、こちらに向かってくる。爛々と目を輝かせて、こちらを見てきた。蹴られたり、無茶な技出したりしたのに、随分元気だねティオちゃんは。心身ともに若いってのは、本当に何よりの強みだよ。
「別に。お礼言って、別れただけさ。さてと、これだけ派手に暴れたら、色々と面倒な事になる。そんな明日に備えて、今日はもう寝る!」
ぐいぐいと質問して来るティオちゃんを後目に、お姉さんは宿への足取りを早める。
とりあえず、今日はもう疲れた。風呂に入って、ちょっとばかりのお酒を飲んで、寝よう。
なんだか、背中に嫌な視線を感じるけど。まぁ、どうせこの感じだと、あの女狐だろう。