第14話
お姉さんは、呆気に取られていた自分の頬を両手で叩き、五式短機関銃を構えながら、表の廊下の様子を見る。ちらと顔を半分ほど出して見てみれば、確かに所々が焦げたローブ野郎らしきものが、ぴくぴくと痙攣して倒れていた。今のところ、敵はあのローブ野郎で最後の様だ。安全を確保し、今度は後ろにいるティオちゃんの方へと振り向く。
「はは……、どう、ですか? 術式を、体内へ逆流させました。出力を調整したので、多分死んでは、ないはずです……」
額から汗を流し、呼吸は乱れていた。エメラルドの様な瞳は、痛々しく充血している。当然だ、魔力の流れに干渉するなんて事、身体に負担をかけないはずがない。そんな事は、空気中に漂う無数の細い糸の中から、目的の糸を探し当て、それを自分好みの糸へ作り替える様なものだ。
「この技は……、禁術です。村から出る時、族長からも無闇に人前で使ってはいけない、って教わりました」
そりゃあそうだ。こんな技、お姉さんだって生まれてこの方見た事がない。魔族や人間、他のエルフに至るまで、魔術の怖さを知る者なら、喉から手が出るほど欲しがるはずだ。
「けど、大丈夫ですよね? お姉さんは、ワタシのヒーローですから」
お姉さんはティオちゃんの頭に手を置き、ゆっくりと撫でてやる。
「お疲れさん。後は、ヒーローに任せな」
そう、ここからはまた、お姉さん(ヒーロー)の仕事だ。ティオちゃんの手を、理想を、汚させやしない。存分に撃ちまくって、ドブ攫いをやってやる。
最後にもう一度、表の廊下を確認して、お姉さんは素早く廊下へと出た。そして、敵が未だホール側から来ていない事が分かると、ホールへと繋がる入口へ向かってひた走る。
とにかく、この奴隷市場から手下どもを排除しないといけない。でなければ、商品として扱われている人たちを救出する事など、夢のまた夢でしかないわけだ。
廊下にもう敵はいない。残るはホールのみ。しかし、前もって確認していた頭数と、これまでに倒した数とが合わない。となると、後の10人ほどはホールにいるって事だ。
「あぁっと……。もうちょっとで、ゴミ掃除が終わるから。大人しく待っといてくれると、ありがたいね」
お姉さんは、廊下の檻に閉じ込められている人たちへそう声をかけ、ホールへと向かった。
ホールと廊下の境目には、2本の大理石の柱がある。ひとまずそこへ隠れようとしたお姉さんへ、ホール側から銃弾の雨が降り注いだ。飛び込むように柱の陰へと飛び込み、いつもの様にミラーを取り出して状況を確認する。金持ち連中は、蜘蛛の子を散らす様に出入口から逃げ出していた。一方の奴隷たちは、それに紛れて逃げる者、テーブルの下やソファーの裏に隠れている者まで様々だ。
で、肝心のマフィア連中はというと、どいつもこいつもお姉さんの方へ自動小銃を構えている。そして、その内の3人ほどは、じりじりと距離を詰めてきていた。
「おうおう。大勢での歓迎、感謝感激、雨あられってね」
3人の位置をミラーで確認しつつ、5式だけを柱の陰から出して、片手で撃つ。所謂めくら撃ち、ブラインドファイアってヤツだ。雑多な銃なら、こんな芸当をすれば当たらないが、優秀な5式はある程度当たってくれる。3人の内、2人に銃弾が当たり、その場に膝から崩れ落ちた。
撃ったのは10発。残った1人はこちらに向けて、牽制と言わんばかりにバカスカと弾を撃ち込んでくる。大理石の破片が周囲に飛び散り、思わず身を縮こまらせる。貫通しないと分かっていても、怖いものは怖いのだ。
しかし、怖がっていては何も進まないのも事実。残った1人は案の定、弾切れを起こして、その場で弾倉を交換していた。そこを突いて、お姉さんは柱の陰から飛び出し、そいつを撃ち倒す。
そして、そのまま勢いを殺さず弾丸の雨を走り抜け、直線上にあったバーカウンターの上を転がった。置いてあったグラスや酒瓶を転がって割りまくり、どうにかカウンター裏へと潜り込む。畜生、お蔭でコートから酒の臭いがしてきちゃってるよ。
しゃがんで呼吸を整えている間に、カウンターへの銃撃が止まった。今度はお姉さんが立ち上がり、隠れようとしていた2人を撃ち殺す。
銃の反動が手に馴染み、銃声とは別に薬莢が床に落ちる音が聞こえた。いいね、感覚が研ぎ澄まされている。極限まで集中できているって証拠だ。残弾数など、悠長に数えている暇などなく、とりあえず弾倉を最後のものと交換した。
まだだ、ここでケリをつけるぞ。
カウンターを乗り越え、お姉さんめがけて小銃を構えてきたヤツを、逆に撃ち倒す。でもって、そのまま姿勢を低くしつつ、少し離れたテーブルに向けて前進。それに釣られて、馬鹿どもが3人仲良く、まとめて立ち上がってきた。フルオートで横へ薙ぐ様に、鉛玉をプレゼントして、近くのテーブルへと隠れる。
さて、これで全部か。
「畜生、クソアマ! この奴隷が脳みそぶちまけるのが嫌なら、銃を捨てて出てきやがれ!」
いや、もう一人いたみたいだ。ミラーを取り出し、そいつがハッタリでない事を確認する。
奴隷の女の子を羽交い絞めにして、拳銃をそのこめかみへ突きつけているクソ野郎が1人。それと、拳銃を突きつけられ、泣いている女の子の奴隷も1人。その2人が、ホール中央の壇を挟んで、お姉さんの反対側に立っていた。
あぁ、まずいな。目が血走って、瞳孔が開き切ってる。あれは、撃っちゃう人間の顔だ。
これをやられると、どうしようもない。ひとまず落ち着かせる為に、5式を床へと置き、両手を上げてテーブルの陰から立ち上がる。
「クソッ! クソッ、クソッ! なんだってんだよ、テメェは! ここに何人、銃持ったヤツがいたと思ってんだ! なんでそれを、1人で皆殺しに出来んだよぉ!」
「さぁね。おたくらが、良く狙ってなかったんじゃないの?」
頬を拳銃の弾丸が掠め、一本の血がお姉さんの白い頬を流れる。
「ぶっ殺してやる!」
血走った目と、拳銃の銃口が、お姉さんの頭を確かに捉えていた。あぁ、これは追い込まれて、話が通じないタイプだな。さて、こうなると後は、91の早撃ちに賭けるしかないワケだが。
いや、その必要はなさそうだ。
「もう、やめておけ」
クソ野郎の後ろに、スーツ姿のオークが立っていた。ここへ入る時、お姉さんを食事に誘った、物好きなオークである。そのオークは、お姉さんに拳銃を向けている男の腕を右手で握ると、小枝でも折るかの様にぽきんと折ってしまった。喚き声を上げつつ、クソ野郎は拳銃を床に落とす。そこで更に、オークはクソ野郎の頭を片手で掴み、軽々と持ち上げてしまった。
「安心しろ、殺しはしない」
で、最後は適当な壁まで放り投げて終了である。いやぁ、壁までの距離は結構あるんだけどな。ボール投げるみたいに、ひょいっと投げちゃったよ。