表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SLAYERS STRUT ~魔族狩りのお姉さん(おっさん)~  作者: 水茄子
お姉さん、同業者と出会う。
25/81

第11話

 一言で表すなら、蛇人間だった。いや、本当にそうとしか言い様がないんだってば。

 ヒュミドールという葉巻の保管箱から、それを一本取り出して、シガーカッターで吸い口を作り、蛇人間特有のギザギザな歯が特徴的な口へ咥える。その上、高そうなマホガニーの机の引き出しから、これまた高そうな蒸留酒を取り出すと、グラスに注ぎ始めた。いやぁ、これほどまで見事に、マフィアのボスっぽい蛇人間を見るのは初めてだ。


「で……? その小娘が商品か」

 紫煙を吐き、グラスに入っている蒸留酒を一気に飲み干した。そして、ティオちゃんとお姉さんの顔を交互に見る。

「あぁ。なるべく高く、買い取ってくれると嬉しいね。煙草と酒がそれだけ多く買える」

「なるほど。確かに、外見がわだけ見ればなかなかのものだ。一部のマニアには、高値で売れるだろう。ただ――」

 蛇人間が、さっきまで座っていた黒革の椅子から立ち上がった。そして、ティオちゃんの方へとゆっくり歩いてくる。ティオちゃんの肩が僅かに強張り、お姉さんも不審に思われない程度に身構えた。

「ただな……。ふたつほど、気になる事がある。まずひとつは、奴隷の品質なかみだ。この前も、碌に躾てもない奴隷を持ってきたチンピラがいてな。その奴隷共々、この城の庭にある植物の肥料になってもらった。――で」

 そして、蛇人間はティオちゃんの前に立つや否や、ティオちゃんの鳩尾へ膝蹴りを入れた。ティオちゃんは痛そうな呻き声をあげて、床にうずくまる。ごめん、ティオちゃん。今ここで、お姉さんかティオちゃんのどちらかが怒りを露わにすれば、計画はおじゃんだ。この胸糞悪い組織を根本から潰し、かつ旧魔王軍の連中との繋がりを見つける為には、もう少し泳がせる必要がある。だから、耐えてくれ。

 この埋め合わせは必ずする。それに、こいつは必ず殺す。


 ティオちゃんは額に嫌な汗をかき、痛みで顔を青くしながらも立ち上がった。目を下に向け、黙って耐えてくれている。

「ふむ、合格だ。躾のなっていない奴隷は、こうすればすぐ噛みついてくる。さて、残るはふたつ目だ。もっとも、ふたつ目は俺の勘なんだが。――飼い主であるお前から、やたら臭ってくるんだ。並大抵じゃない、血の臭いが」

 さてと、今度はお姉さんが耐える番だ。蛇人間はスーツのネクタイを僅かに緩めながら、こちらを見てくる。

「こういう稼業をしているとな、命を狙われる事なんて日常茶飯事だ。だからこそ、そういう連中を見抜く術は知ってる。兄貴は奴隷と愉しんでいて、そいつを怠ったから死んだ」

 なるほど、クラベルが殺したのはこいつの兄貴か。マハン弟はお姉さんの顔を、横から覗き込んでくる。今すぐこの顔に鉛玉を撃ち込んでやりたいところだが、まだその時じゃない。

「まともな稼業じゃないのは、お互い様。で、どうすれば納得してくれるんだ? 今から私がここでストリップでも始めれば、取引する気になってくれるかい?」

 こういう時、妙に畏まったり、強気に出過ぎたりしても駄目だ。はったりってものは、その調整が難しい。嘘をつく時は、まず自分に嘘ではないと信じさせる事である。

 それに、お姉さんだって四十年以上も生きてきて、生半可じゃない修羅場を幾つも潜り抜けてきた。この程度の揺さぶり、花鶏あのめぎつねに比べれば何て事はない。


「……分かった。おい、そこのお前。この奴隷を倉庫に連れていけ」

 通った。出来れば、もう二度とこういうのは御免だね。ティオちゃんは、先ほどお姉さんたちを案内した獣人に連れられて、この部屋から出ようと扉へと向かう。まず、この部下がお姉さんに背を向けた。

 一歩、また一歩と、ティオちゃんたちが扉に近づく。まだだ、まだその時じゃない。早まれば、ここまでの苦労が水の泡だ。お姉さんはじっと、機を窺う

 マハン弟の手が、机の後ろにある金庫へと触れた。ダイヤル式の金庫を開ける為に、こいつもお姉さんに背を見せた。そして、何回かダイヤルを回し、かちゃんという音と共に、金庫が開いた。

「一応、聞いておいてやる。幾ら欲しいんだ?」


 お姉さんは右の掌を水平に開いて、自分の横にいるであろう、ある人物への合図を出す。


 直後、お姉さんの掌にずっしりと重い感触が伝わり、何かが駆けだした足音がした。

 お姉さんは、右手に握った物を、マハン弟の後頭部に向ける。そう、この感触だ。この部屋に入った時から、ずっとこいつの引き金を引きたくて堪らなかったんだ。


「お前の命で結構だよ」

 減音器サプレッサー付きの拳銃、そこから放たれた弾丸が、くそったれな蛇人間の頭を撃ちぬいた。

 花鶏の所で買った物のひとつであるこの拳銃は、91とはまた別の意味で特別製だ。音を最小限に抑える為、遊底スライドを固定して、減音器からの発砲音しかでない様にしてある。だからこそ、一発撃つ毎に手動で遊底を動かして、薬室に弾丸を手動で装填する必要があるのだが。

 でもって後ろを見てみると、予定通りに獣人の首を掻き切っている最中のクラベルが立っていた。そう、こいつはこの奴隷市場に入る前から今まで、ずっと姿を消していたのだ。今、お姉さんが握っている拳銃も、床に置いてあるガンケースも、全部こいつが持ち込んだ物である。

「ティオちゃん、蹴られた時、ひやひやした」

「えへへ、演技が上手いって、言ったでしょう? じゃあ、他の人たちを助けに行きましょう」

 そう言って、はにかむティオちゃんを、お姉さん力いっぱい抱きしめる。

「ごめんよ。痛かったろう? もう大丈夫、もう大丈夫だ」

 蹴られたのはティオちゃんだと言うのに、お姉さんの方が泣きそうだ。どんな困難にあってもその痛みを我慢し、めげずに笑うこの子を見ていると、天国の娘を思い出すからだろうか。

「く、苦しいですよ、お姉さん。ワタシは大丈夫ですから」

「本当に、甘い。この子が自分で志願した事、そこまで心配するの、逆に失礼」

 

 まったく、この褐色暗殺娘の方なら、多少蹴られても大丈夫だろうに。ティオちゃんが自分から言わなければ、こんな危険な役は絶対にさせなかった。お門違いとは思いつつも、恨めしくクラベルを睨みながら、お姉さんはマハン弟の死体を漁ってこの場所の鍵束を手に入れる。

「ワタシが戦う事を選んだのに、お姉さんやクラベルさんばかり戦ってるのは、嫌だったんです。ワタシだって、汚れて、傷ついて、戦いたいんです。だってそれが、戦う事を選んだ私が背負うべき、責任なんですから」

 そんなお姉さんの心境を、知ってか知らずか。色々と書類を漁っていたティオちゃんは、お姉さんの前に立つと、いつもの様に笑ってくれた。まったく、本当にこの子には敵わないな。

 そして、左手に書類が入ったフォルダを抱えながら、ティオちゃんが右手を高く掲げる。


「こんな悪い場所も、組織も、まとめて倒してしまいましょう! お姉さんがいつか言ってくれた、ヒーローへの一歩です!」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ