第7話
「これ、連中のところにあった。幸い、写真、ない。けど、種族と特徴、書かれている。もう、時間の問題」
淡々と状況を説明するクラベルの膝の上で、ティオちゃんは旧魔王軍の抹殺命令書を神妙な面持ちで見ている。大陸の大気に流れる魔力の異常を調査中に、偶然旧魔王軍の陰謀に気づいてしまったティオちゃんは、攫われて魔族の操り人形となっていた所をお姉さんに助けられた。今でも、攫われた時の恐怖は残っているだろうし、何より他人から命を狙われるという事に、この子は慣れていない。
「クラベル、騒動を起こさなくても、どのみち貴方、命を狙われてる。だったら、この機に、マフィアから、敵の正体、聞く」
あぁ、はいはい。そんな事はお姉さんも分かってるよ。それよりも今は、お前の膝の上で必死に恐怖と戦ってる女の子を、励ます方が先だろうに。
お姉さんはティオちゃんの肩に手を置いて、にっこり笑ってやる。
「大丈夫。お姉さんと、この褐色娘型戦闘マシンに任せときなさい。こう見えて、二人とも結構強いからさ。だからティオちゃんはいつもみたいに、笑っていてほしいんだ」
この子の無邪気な笑みが、純粋な思いが、冷たく乾いていたお姉さんの心に、もう一度火を点けてくれた。
けれど、人生は長い。その綺麗な笑顔も思いも、いつかは汚れる事になるかもしれない。だが、それは今じゃなくてもいいはずだ。戦う事しかできないお姉さんでも、今この笑顔を守る事なら出来る。
「だ、大丈夫です! あのハンバーガー屋さんで、お姉さんと初めて一緒に戦った時から、こうなる事は覚悟してましたから!」
何事もなかったかの様に、ティオちゃんは精一杯口角を上げて笑う。そして、顔をきっと引き締めると、その綺麗で小さな手のひらをぎゅっと握った。
「逃げたくないんです。楽しい事がいっぱいあるこの世界を、壊そうとする奴らから」
まったく。強いな、この子は。お姉さんは姫の手を取る騎士の様に地面へ片膝をついて、力いっぱい握ったティオちゃんの手を覆う様に、その手を重ねる。
「あぁ、やってやろう。ヒーローになってやろうじゃないか、お姉さんたちで」
返答を待つクラベルに向けて、お姉さんがティオちゃんの代わりに答える。
「……というワケだ。乗ってやろうじゃないか、その話」
「やはり、そう言うと思った。だから、あらかたの調査、済ませた」
そりゃあ何とも、用意周到なこった。その後、適当な紙を寄こせと言ってきたクラベルの要求通り、お姉さんはこの安宿の店主から、八百屋の特売チラシを貰ってくる。でかでかと、ジャガイモ一袋90ルクスと書かれたチラシの裏を利用して、作戦会議が始まった。
「クラベル、仕留めたの、この街に三つある、犯罪組織のトップ、その片方。魔族マフィア、ボス殺されて、統率とれない。……煙草、やめて。臭い、つく」
まったく、うるさい奴だ。お姉さんは煙草の箱とライターを近くのテーブルに置きながら、チラシの上に『マハン』と書いて、それにバツマークを付ける。
「で、魔族マフィアの連中はその意趣返しをしたがっている、と。更に連中は旧魔王軍と繋がっていて、裏で一緒に悪だくみしてるワケだな」
「そう。おまけに奴ら、奴隷として連れてきた人で、何か実験、してる。本部に潜入した時、救出した子、そう言ってた。おまけに、攫われた子、全員、ダークエルフか、ハイエルフ。何か、意図、感じる」
なるほど、奴隷売買はただの金稼ぎ目的じゃないって事か。何を考えているかは知らないが、面倒な事に変わりはない。
しかし、エルフばかりを攫って何をする気だ。ティオちゃんみたく、操り人形の中身にするとしても、兵器的にはあまり価値がない。あの操り人形は術者が近くにいないと、高度な操作が行えないという弱点がある。だからティオちゃんの時も、ただ力任せにハルバートを操るだけだった。銃火器を使ったり、術式を行使できない以上、そこまでの戦力は見込めない。現に、お姉さん一人でも何とか倒せたのだから、これで世界征服など夢のまた夢だ。
お姉さんがううん、と頭を捻っていると、ティオちゃんが手を挙げた。今ティオちゃんはようやくクラベルの膝から解放され、ちょこんと椅子に座っている。
「もしかしたら、旧魔王軍は魔力について、何か研究しているのかもしれないですね。そうすれば、大陸中の魔力の流れがおかしくなった事にも、関連付けできます」
ふむ、魔力か。確かに、エルフは体内で魔力を生成できるしね。その可能性を念頭に置いていても、いいかもしれない。
「それなら、なおの事、早期解明。魔力の事、未だに謎、多い。よからぬ事、企み放題」
「だなぁ。はるか昔の魔王伝説じゃないけど、魔王城が突然空から降ってこられても困るしね」
そう。魔力についての研究は、ここ数十年で飛躍的に発展した科学技術と異なり、ほとんど進んでいない。そもそも、そんな怪しげな力に頼らなくても、科学の力は万能だと多くの人々が信じているのが大きい。かくいうお姉さんも、魔族狩りとして最低限の知識は持っているが、科学の方が便利だと思うしね。魔力がなくても、ライターさえあれば火は点けられるし、銃さえあれば攻撃出来る。
そして、つい最近まで人間とエルフの人種間対立があった事、エルフたちも魔力を神聖視して学術的に魔力を研究しなかった事もあって、魔力の研究はまだまだこれからが本番といったところだった。
あぁ、まったく面倒な事をしてくれるもんだよ。魔族の連中は。