第6話
「とにかく。クラベル、あのマフィアを潰す。奴ら、マルゴアの里から、多くの女の子を攫った。今も、奴隷市場に多くの子、捕まってる」
「あ、あの、お姉さん。さっきからワタシを膝の上に乗せて、ほっぺたをふにふにしてくる、この人は誰なんですか?」
ふむ、ティオちゃんが戸惑うのは当然だ。朝起きたら自分のベッドの傍で、上半身サラシ一丁の褐色女。でもってその女は、起きたティオちゃんに気づくや否や、膝に乗っけて頬を弄り始めるのだ。誰だって困惑する。
「えぇっと、この褐色女はクラベルって名前でね。武芸と、可愛い女の子が大好きな危ないヤツで、簡単にいうと、お姉さんと同じ魔族狩りさ。昔ちょっと縁があって、こうして話を聞いてるんだ」
まぁ、こいつの場合はただの魔族狩りじゃないワケだけど。そこの辺りはティオちゃんが知らなくていい事だ。適当にバターを塗った食パンを食べ終え、食後のコーヒーを楽しんでいるお姉さんは、相変わらず無表情でティオちゃんの頬を弄り続けているクラベルへ、いくらか質問する事にした。
「さてと、クラベルさん。まず、マルゴアの里はお前とその一門が守ってただろう。なんでそんな事になったんだ?」
「クラベルと一門、最近、引っ張りだこ。大陸中のあちこちで、強力な忌名つき、暴れている。クラベルたちしか、対処不可能。里を空けている隙、突かれた」
まぁ確かに、最近は忌名つきの連中がやたら増えて、その質も上がっている気はする。しかし、お偉いさん方も、ここぞとばかりにクラベルたちをこき使うね。連中からしてみれば、魔族の血が流れているクラベルたち、ダークエルフを保護してやっているんだから、その分働けって事なんだろうが。その時、クラベルの膝の上が半ば定位置と化したティオちゃんの右手が挙がった。
「すいません。クラベルさんの話しているマルゴアって、ダークエルフの里ですよね? 初めにその肌色を見た時から、薄々気づいてはいたんですけど、クラベルさんって……」
「正解。クラベル、ダークエルフと人間の混血。肌色だけ同じで、耳短いの、そういう事。見た目で気づかれたの、久しぶり。ありがとう」
流石、同じエルフ族の神童。世間一般の常識とかには疎いけど、こういう知識はお姉さん以上だ。小さい頃から常に半端者と陰口を叩かれていたクラベルは、ひと目見てダークエルフだと分かってくれた事が嬉しかったのだろう。後ろからティオちゃんに抱きつき、頬擦りし始めた。おいおい、ティオちゃん起きてからずっと困惑しっぱなしだよ。まぁ、若干反応に困っているものの、ティオちゃんも嬉しそうだし、しばらくは良いか。
「え、えへへ……。同胞の事は、勉強して当然ですから。ワタシも、こんな所で同胞に会えて嬉しいです」
まったく、素晴らしい同族愛だね。常日頃から同族で戦争しまくっている、人間諸君にも聞かせてやりたいもんだよ。ある種の世界平和の形を目の当たりにしつつ、猫舌のお姉さんは熱いコーヒーをちびちびと飲んでいる。
ダークエルフとハイエルフ。一般人はひとくくりにエルフと呼称しているものの、その種族差はかなり大きい。新雪の様に澄んだ白い肌と、高く伸びた耳。そして体内で魔力を生成して、ティオちゃんの風の盾みたいに、自然へ干渉する術式を駆使する事に長けた種族。童話などで登場する魔法使いのエルフ、森の賢者と呼ばれる存在は、大体このハイエルフだ。
一方のダークエルフは、これとはかなり異なる。ムラの無い綺麗な褐色の肌と、人間より少しだけ長い耳。でもって、体内で魔力を生成できるという点は同じだが、この魔力の用途が独特なのだ。
まず、特殊な植物の油を使って自身の背中に刻印を刻み、体内の魔力と同調させる。そして、その刻印の種類に応じて、自身の身体能力を強化するのが、ダークエルフの強みであった。ちなみに、この刻印は普段見えず、身体能力を強化した時のみ黒く浮き出てくる。ここからダークエルフの事を、『刻印持ち』という連中もいるとか、いないとか。
という感じで、あまりその辺が分かっていなかったお姉さんに、ティオちゃんが分かりやすく解説してくれた。人生、生きている内は勉強だと昔の人は言っていたが、まさにその通りである。
「ダークエルフはその特異な体質と見た目から、奴隷として狙われやすい。しっかし、よりにもよって攫ったマフィア連中の本部にまで、直接殴りこむとはね」
「あの程度の連中、雑魚。けれど如何せん、数多い。そこで、貴方の出番。雑魚狩り、クラベル、得意。貴方、一対一、得意。ばっちり」
おいおい、何がばっちりだ。一番大事な部分の話が、まだ何も解決していないのに、ばっちりもへったくれもあるかい。
「いや、あのね。そもそもお姉さんには戦う理由が無いワケで。むしろ、どっかの誰かさんのせいで、一刻も早くこの街から出ないといけなくなったんですぅ」
「えっ!? それは初耳です! なんでですか!? もっとこの街を観光したいです!」
突然の事に声を張り上げるティオちゃん。おいおい、旧魔王軍の陰謀を突き止めるという、君の大事な使命は何処に行ったんだい。
「それも含めて、クラベル、提案してる。これ、見て」
表情のひとつも変えないまま、クラベルは当たり前の様に胸の谷間へ手を突っ込み、ある紙を取り出す。おいおい、なんだその一部のマニア受けがすごく良さそうな収納スペースは。というか、そんな所から取り出された紙を、まじまじと見るお姉さんの立場にもなってほしい。
「これ見て、まだ、逃げる?」
確かにお姉さんとティオちゃんは、その紙を見た瞬間に、この街から平穏無事に出られる望みを捨てる事になった。そして、魔族連中が思いの他、本気でお姉さんとティオちゃんを探しているのだと理解する。書かれていた文言は、こうだ。
『ティオ・ホルテンツィエ、並びに識別符号・ラーテル。旧魔王軍から、我々魔族の大いなる計画の障害となる事が伝達された。生死は問わない、排除せよ』