第4話
「本当に、それだけでいいのかえ? もっと派手な武器も腐るほどあるというのに」
「いや、これ以上になると、このケースに入りきらないしね。それに、武器以外のものは結構買った。もうお姉さんの財布には、帰りに煙草買って帰るくらいの金しかないよ。それじゃあ、また数年後に」
武器や諸々の品を買い終え、ついでに買った金属製の防弾ケースへそれらを入れる。そして、四桁の暗証番号を設定してケースを閉じると、お姉さんは店を後にしようとした。
「おいおい……、そんな冷たい男とは思わなんだぞ? 折角数年ぶりに会ったのじゃから、もう少し話そうではないか」
畜生、しれっと帰れるかと思ったが、やはりダメか。というかこいつ、さっきまでお姉さんの後ろにいたろ。また妖術か何かを使ったな。
「のう、宿敵。あの時の戦いを、お主は何か勘違いしておる様じゃが、確かに儂はお主に負けたのじゃ。死ななかったから負けではない、などというのは人間だけ。儂の様な者にとっては、お主の銃弾を右足に受け、地に膝をつけてしまった時点で負けと同じよ。故に、あの戦いで東国一の忌名つき『海陵山の大悪童』は死んだのじゃ。今ここにいるのは、ただの花鶏千種よ」
「……、そりゃあ良かった。で、何が言いたい?」
花鶏はさも当然の様に宙を浮き、お姉さんとの身長差を埋めると、その白い指でお姉さんの頬を撫でた。そして、その赤い瞳でじっとお姉さんの目を見つめてくる。
「鈍い男じゃのう。――儂はな、あの時のお主とまた戦いたい。血走った獣の様な目で、獲物を見据える生粋の狩人。軽口や飄々とした態度で隠しても、その目が言うておる。もっと獲物を、もっと戦いを、とな……」
こちらの全てを見透かす様な、花鶏の大きく開かれた目。花鶏の顔は、その息がお姉さんの顔にかかりそうなほど近い。
「もっと、自分の欲望へ正直になれ。何を勘違いしておるのか知らんが、お主にとってそれは余計な重荷じゃ。自らを律する法も、縛りつけている誇りも、そして託された遺志も。そんなものは所詮、お主がそう思い込んでおるだけよ」
花鶏は、そのままお姉さんの耳元で囁く。耳から入ってきた何かが、お姉さんの心にまで手を伸ばしている。そんな錯覚をするほど、心の芯まで揺さぶりそうな、まさに悪魔の囁きだった。
「まして、死んだ人間の言葉など、何の価値もない」
「なるほど。花鶏の言いたい事は分かった。けど、とりあえず――」
お姉さんは、花鶏の両脇を両手でしっかり掴むと、そのまま強引に後ろへ放り投げた。思わず素っ頓狂な声を上げて、花鶏はお姉さんの頭上を通過していく。結構強い力で投げてしまったが、まぁ大丈夫だろう。あいつ、宙に浮いてるし。
「顔が近い。ぞっとするから離れてくれ」
まったく、したり顔で何を言うのかと思えば。そんな話より、お姉さんは早く外に出て煙草を吸いたいんだよ。流石に武器やら弾薬やらが置いてある場所で、煙草は吸えない。
「どこまでもつれない男じゃのう、お主は。だからこそ、誘惑する甲斐もあるのじゃが。そう簡単に堕ちてしまっては、つまらぬでな」
ちらと後ろを見ると、花鶏は空中で逆さまになったまま、わざとらしく頬を膨らませ、胡坐をかいていた。器用なヤツだよ、まったく。
とにかく、これ以上ここに居るともっと余計な事を言われそうだ。そう思ったお姉さんは、足早に店を出ようとする。その時、後ろから何かが飛んできた気がした。
咄嗟に振り向いて、その何かを右手で受け止める。ついに手榴弾でも投げてきたかと思ったが、投げてきたそれは、何の事はないラーデンの新聞だった。
「今思い出した。これをお主に渡そうと思っておったのじゃ。初めに見た時はお主かと勘違いしたが、どうやらその様子じゃと別人の様じゃな」
なんの事かさっぱり分からず、怪訝な顔をして新聞の一面を見たお姉さんは、でかでかと一面を飾っていたその記事の内容に腰を抜かしそうになってしまった。
大袈裟と思うだろう。だが、誰だってそうなるはずだ。
何せ自分と似た様な風貌のヤツが、裏社会屈指の大物魔族をぶっ殺したなんて書かれていたら。
おいおい、ちょっと待て。お姉さんは穴が空きそうなほど、その記事を隅から隅まで見る。
裏社会の大物魔族、『屠殺屋』の忌名で知られるジャグル・マハンが惨殺され、勢力の均衡が崩れた事で対立組織間の抗争が激化した事を、その記事は不安を煽る様に書いていた。何か事件があれば、すぐ一般大衆の不安を煽るのはマスコミの十八番だ。そこは問題じゃない。
大問題なのは、その犯人とされるヤツの目撃情報。裏社会からの匿名情報と銘打って書かれていたのは、黒髪で黒いコートの女という、何とも曖昧な情報だった。おまけに、マハンの舎弟を名乗るその匿名希望氏は、数百人の部下を使って、下水の中に隠れていても息の根を止めてやる、と豪語している。
ふむ。物騒な話だ。ところで、この辺で今日も見目麗しいお姉さんの外見を見てみよう。
そう、黒髪と黒いロングコート。
お姉さんの頭の中で、段々と引っかかりやらこれまでの出来事やらが繋がっていく。
何故、ティオちゃんと二人で入ったラーメン屋で、ラーデンの事がニュースになっていたか。路上喫煙未遂をした時、そもそも何故民警が街をうろついていたのか。そして、この城に入ってから妙に鬼気迫ったチンピラ連中に何回も絡まれたのか。
大粒の冷や汗が、だらだらと額に流れているのが分かった。
「随分と……ぷすす、面白い事に……ぷくく、なっとるのお」
お姉さんの反応を見て、これまでにないほど愉快そうな顔をし、吹き出しそうになっている花鶏。最早色々とヤバすぎて、語彙が死んでしまったお姉さんは、心からの一言をどうにか絞り出した。
「――――は?」