第2話
「よぉ、ネェちゃん。ここいらは女が一人で歩くには、危険過ぎるぜ? そこでどうだい、オレたちが一緒について行ってやるよ。護衛料は、その身体で十分だぜぇ?」
下卑た笑い声と、舐めまわす様な視線がお姉さんの方に向けられる。おっさんだった頃は、まさか自分をいやらしい目で見てくる輩に出会うなんて、思いもしなかったな。いや、むしろあってたまるか。
無法地帯と大して変わらないこの城内なら、歩き煙草を止めるヤツなんているはずがない。というワケで、お姉さんは容赦なくもくもくと紫煙を吐きながら、目的のモノを買える場所に向かっていたところをこうしてまたまたナンパされたのである。
しっかし、お姉さんが幾ら美人だからって、こう何度も頭の悪いナンパされると堪ったものではない。温厚なお姉さんといえども、我慢の限界ってヤツはあるのだ。いや、頭のいいナンパなら受けるってワケじゃないけどね。
「なぁ、坊主。随分な口説き文句だと感心はするが、お姉さんの答えはひとつだ」
「ん? まさか、この人数相手に断るってんじゃないだろうなぁ? 悪い事は言わねぇ、四人がかりで無理矢理服を脱がされねぇうちに――」
吸っていた煙草を、その臭い息がかかるくらい近くまで顔を近づけてきたチンピラのこめかみに、思いきり擦りつけてやった。
「悪いな、そのまさか。死んでもお断り、ってヤツだ」
お姉さんは悲鳴を上げてこめかみを抑えるそいつの後頭部を両手で持ち、勢いよく上げた右膝とそいつの顔面をごっつんこさせる。
お姉さんの過激な反撃に一瞬ぽかんとした連中の隙をついて、手近にいたもう一人へ駆け寄ると、今度は思いきり右掌底を喰らわせた。そこからはもう、一方的なお姉さんの暴力祭り。殴る蹴るどころかラリアットにドロップキックと、半ばお姉さんの単独プロレスショーである。
最後の一人にはご褒美のヘッドシザース・ホイップを決めて、ズボン越しにお姉さんの太ももを堪能させた後、石造りの壁と熱いキスをさせてやった。
「まったく。この街には、黒髪ショートを見つけたらナンパしないといけないって法でもあんのか」
コートについた汚れを払い、新たな煙草に火を点けて、目的の場所へ急ぐ。朝までには宿へ帰ってないと、ティオちゃんが大慌てするぞ。
しかし、お姉さんの頭には少し引っかかる事があった。先ほどの連中は純粋なナンパなので問題ないが、この城に入ってから何度か、いやもっと言えば城に入る前から、お姉さんはやたら視線を感じていたのである。それも、ただ美人だからとか好みだからという視線よりも、明確な敵意や恐怖、果ては殺意を持った視線が向けられていたのだ。今こうして路地を歩いていても、そう言った視線を感じる。
「何かしたっけなぁ。いや、何もしてないよなぁ」
まさか、表の路上喫煙未遂か。いや、まさかそれだけで殺意を向けられるはずがない。結局、あれこれ考えているうちに、目的の場所に着いてしまった。
城の一室を利用した店舗、といえば小規模なものを想像するかもしれないが、この城の一室ともなれば下手な一軒屋より広いものもザラにある。ここ、『武器屋・花鶏』もそのひとつだ。
石造りの壁に、分厚い鉄の扉。そしてその壁の所々に小さな穴を空けて、外部から無理矢理電線やら水道管やらを引っ張ってきている。誰が見たって違法建築だが、この城内ではさしたる問題ではない。むしろ、この場所で違法建築ではないものの方が稀だ。そして、扉の上には大きな木の板に店名が達筆でこれでもかというほど、大きく書かれている。
いやぁ、変わってないなこの店。店先に置いてあるなんだかよく分からない東国の甲冑とか、冷やかし射殺の立て札とかも、まったく変わっていない。
「確か、店に入る為のインターホンは……っと」
この店は防犯面を意識して、まずインターホンで客の対応をする事にしている。こんな場所に店を構えているのに防犯面とは、という意見もあるだろうが、こんな場所だからこそとも言える。扉の傍にある黒いボタンを押して、お姉さんはマイクに顔を近づけた。
『誰じゃい。今、可愛い女の子といちゃついとるでな。急用でなければ帰れ』
お姉さんよりは高いものの、まるで愛想の無い女の子の声がインターホン越しに聞こえる。気のせいか、かすかに嬌声の様なものも。おいおい、折角の客に何て態度だ。
「相変わらずひっでえ店。お姉さんだよ、武器が入用になってね」
『……、仕方ない。入れ、手短に済ませよ?』
お客様アンケートがあるなら、迷う事なく最低の評価を書き込んでやるところだが、生憎とこの店にそんな物はない。
鉄の扉が大きく音を立てて開いた先、店の中にあるのは大量の武器だ。
銃火器ならば護身用の拳銃から、軍用の対戦車ミサイルまで。刀剣類ならば、東国の刀鍛冶が鍛えた業物から、チンピラご用達のバタフライナイフまで。武器の見本市と表現しても何ら差支えないほどの武器たちが、この中にはあった。武器はあくまで仕事の道具と割り切っているお姉さんだが、この風景を見ると流石に少しは昂る。男の子は武器とかそういうメカが大好きだからね。
「なんじゃい、まったく。折角良い所であったのに……。これで拳銃一挺だけ買いに来たなどと抜かすなら、お主に儂の相手をしてもらうぞえ……?」
そして、奥から出てきたヤツは、こんな浮世離れした光景すらも凌駕するほど、更に非現実的な見た目をしていた。
白いおかっぱ頭に、丸っこい顔。幼児といっても問題ない、ちんちくりんな体型。しかしそいつがもつ赤色の瞳は、まるで相手を飲み込もうとしているかの様に大きく、妖しい輝きを放っていた。そしておまけに狐の耳と尻尾がついており、その脇にはほとんど全裸で顔を紅潮させた女の子がふらふらと立っている。
おいおい、あまり目立ちすぎるなよ。お姉さんが脇役みたいじゃないか。
「久しぶりだな、花鶏千種。いや、『海陵山の大悪童』チグサさんよ」
「忌名を言うでない。お主と戦ったあの日から、儂は改心したと言うとろうが。……ともかく、儂も会いたかったぞ宿敵よ」
ティオちゃんとはまさに正反対。欲望と悪徳の集合体みたいな女の子、それがこの花鶏千種という魔族の娘だった。