二人のあずかり知らぬ話
ある大陸のある都市、その場末の裏路地で、一人の女が標的を追う。
女の標的は、この都市の裏社会を牛耳っていたとある忌名つき、『屠殺屋』ジャグル・マハン。その蛇人間の様な風貌に違わぬ狡知と凶悪さを以て、魔族によるマフィア組織の発足に多大な貢献をした男であった。
だが追い詰められた彼には、その狡知も凶悪さも役には立たない。マハンは物陰に隠れながら、彼がこうなってしまった原因、自身の根城である奴隷市場に突如現れたその女を思い出す。
黒髪で、コートを羽織った女だった。魔族よりも禍々しく感じる赤い目はどこか虚ろで、焦点が定まっていない。そして、その女を取り押さえようと彼の部下が近づいた瞬間、それは起こった。
血、肉、多くの死。
辺り一面に部下たちだったものと、その物体から噴き出た血液が撒き散らされたのだ。今思い返しても、マハンは自分の部下に何が起こったのか理解できない。とにかくマハンはその後、後続の部下に女の始末を命じて、とにかく逃げ延びようと走りに走った。
そして、こんな裏路地にまで来てしまったのである。同胞たるマフィアの幹部たちが今の彼を見れば、指をさして笑うだろう。それほどまでに彼は必死で、怯えていた。
「――畜生! 畜生、畜生! なんだってんだ、あのアマはよォ! どっかの敵対組織が送ってきた刺客か? いやありえねぇ、あれほどの腕を持ってるヤツなら、必ず俺の耳に入る。くそっ、あのアマは一体なんなんだ!?」
「お前に、教える義務、ない」
空から、恐怖が降ってきた。長年鉄火場を潜り抜けてきた経験からか、マハンは自身の脳天めがけて振り下ろされた初撃をどうにか躱す。そして、半ば狂乱しながら手に持っていた拳銃を乱射した。
もっとも、そんなものが当たるならば苦労は無い。目前にいたはずの女は何処かに消え失せ、弾丸が標的に当たる事はなかった。
そして、マハンの首筋に彼の背後から刃が当てられる。詰み、マハンはそう実感した。
「な、なぁネエチャン。ちょっと俺の話を聞いてくれねぇか? ここで見逃してくれるなら、幾らでも金は払ってやる。それに、俺は魔族の偉いさんにも顔が効くんだ。あっさり殺すと、後悔するぜ?」
何と醜い命乞いだろうか。女は舌打ちして不快感をあらわにした後、マハンの耳元でこう囁く。
「悪党どもの、命乞いに対する答え、ひとつだけ……。因果応報――」
首筋を掻き切り、マハンの首と胴体はそれから二度と同じになる事はなかった。
「天罰、覿面……」
役目を終えたマチェットを振るい血を落とすと、女は再び闇へと消え失せる。まるで元より闇と一体であったかの様に、女は闇へと帰って行った。
翌日、裏社会の有力者であったマハンの死は、その都市の表裏を問わず話題となった。
都市の名はラーデン。そこでは金さえ積めば、ありとあらゆるモノが買える。表の品も、裏の品も、例外は無い。
そして、ラーデンで新聞が飛ぶように売れ、ようやく庶民にも浸透してきたテレビやラジオでも、マハンの死とそれにまつわる組織間抗争が連日放送される中、黒髪ショートの美女と金髪長髪のエルフが街を訪れる。
策謀と欲望、血と金、人と魔族。これらが入り混じるラーデンで今、巨大な花火が撃ち上ろうとしていた。