08.不可視の瞳
ソレはずっとこちらを見ている。現実でも夢の中でも。
「弱ったところを見せるなよ、ソレらが襲ってくるぞ」とは夢の中で得られた教訓だ。
ソレはずっと見ている。ずっと後をつけてくる。静かに静かに、獲物が弱るのを待っている猛獣のように。
昨日の夢にもでてきた。今日の夢にも出てきた。きっと明日の夢にも出てくるだろう。
不思議と眠るときには気配が消える。何故だかは分からない。だが眠ってばかりもいられない。自分は現実に生きているのだから。
その日、夢の中で追っ払ってみた。だがすこし距離を置いただけでまたいつの間にか背後に忍び寄っている。追い払う。距離を置く。いつの間にか背後に忍び寄っている。繰り返し繰り返し。起きたら寝汗でびっしょりだった。そしてすぐにソレの視線を感じた。
どうしているのだろう。いつからいるのだろう。全く分からない。とにかく自分が弱っていないぞと丈夫なところを見せている限りソレは近づいてこない。溜息をついたほんの一瞬の間に忍び寄るソレをいつも気にしていた。
緊張の日々。終わりが見えない毎日。そんな中でただ「大丈夫だぞ」と精一杯の虚勢を張ることだけがソレに対してできる唯一の方策だった。
人間と言う者はいつか慣れるというもの。緊張と寝る前の弛緩、起きてからの緊張と次第にコツを掴んでくる。ソレに対して緊張しながらも休みをとる。ただ怯えるだけでなくソレを警戒し脅す。だんだんとソレとの共同生活にも慣れてきた。
そう、思っていた。いや、思いたかっただけだったのかもしれない。
もう・・・それが弱っているということだということに気付かなかったのだ。
溢れだす瞳。前後左右。見渡す限り、いや見えないところまでも全てを埋め尽くすソレ。
「あああああぁぁぁぁ!!」
叫ぶ!叫ぶ叫ぶ!叫び声をあげることしかできない。ソレらが近づいてくる。
「来るな!来るな!来るな!」
声を上げたつもりだが声になっているのか分からない。喉からでるのは「あぁ、うぅ、ぐぅ」などの唸り声だけ。
必死に両手を振り回す。これが夢の中なのか現実なのか。そんなことは関係なかった。
「あっちへいけ!寄ってくるな!」
それだけを念頭に必死に、ただ必死に身体を動かす。それは酷く不格好な舞踏で。叫び唸りながらそんな舞踏を繰り返す自分がいて。
いつのまにか俯瞰して自分を見ている自分がいた。