07.探偵がいる街
この街には探偵がいる。小さな事件から大きな事件まで。色々な事件を解決してきた。そしてその隣には常に助手の姿があった。
「所長、お疲れ様でした」
助手はそう言って探偵の事務所から家路につく。
「所長、おはようございます」
助手はそう言って探偵の事務所にやってくる。
ふとある日唐突に探偵は『助手の家がどこか知らない』ことに気付いた。いつも事件が起きるときには側にいる。暇なときも事務所を開けている時間帯は側にいる。だが住所不定の助手がいつからいたのか、どうして住所を知らないまま雇っているのか分からない。探偵にとってそれは事件だった。
「所長、お疲れ様でした」
その日も助手はそう言って探偵の事務所から家路についた。探偵はそっと尾行をはじめた。
助手はずっと徒歩だった。探偵が知っているこの街を歩いていく。どこまでも。ふと感じたのは違和感だ。既視感のある風景なのにドコなのか分からない。歩いてきたことは分かっている。歩く助手を尾行して歩いてきたことは間違いない。ここが自分のよく知っている街なのも間違いない。そして今いる風景を自分は知っている。だがそれがドコなのかだけが出てこない。ど忘れしてしまったように。そこだけ切り取ったように。ドコなのかが分からない。
背筋に冷や汗が流れる。写真で見ただけなのか?いや違う。あの店は以前に訪れたことのある店だ。だがドコにあったか。どうやって行ったのかが喉元の手前で出てきそうで出てこない。もう少しで分かりそうなのに思い出せそうなのに思い出せない。焦燥感が追い立ててくる。
そして一軒の家にたどり着く。助手はその家に入っていった。探偵はその家だけは知らなかった。周りの風景には見覚えがある。行ったことのある店が良く知っている店がある。だが一軒の家だけが違和感だ。そこには何があったのか思い出せない。思い出そうとするとその家があったような気がしてくる。そして考えれば考えるほどに頭の中が警鐘を告げる。
「考えるな」
「あの家が助手の家だ」
「知っていたはずだ」
「そうここが助手の家、よく知っている」
ナニモモンダイハナイ。
頭を振って否定する。違う違う。知らない知らないはずだ。怖気が足元から上がってくる。それから逃げるように足を動かした。あの家へ。そうあの家にいけば全ての謎が解ける。
二階の窓を静かに割って侵入した部屋には本棚と紙束が置いてあった。紙束には探偵が解決した事件の概要がそれぞれまとめてあった。だが本棚の本には探偵が知っている本は一冊もなかった。不思議なほど、どれも知らない本だった。違和感が焦燥感が怖気が強くなる。それは隣の部屋への扉を見るとより強くなっていった。
「どうして自分はこの扉が『隣の部屋』へ続いていると知っているのだろうか」
疑念がより一層、違和感を焦燥感を怖気を強くする。
アケテハイケナイ。
そう開けてはいけない。だがそう思えば思うほどに手が扉の把手へとのびて。
「ガチャリ」
扉が開いた先には、この街のミニチュアがあった。
「あれ?また来ちゃいましたか。もう何度目ですかね。まあ構いませんけど。あまり来ないでほしいなぁ」
遠くから遠くから声が聞こえてきて、目の前が暗転する。そして・・・。
「所長、おはようございます」
助手は毎日そう言って探偵の事務所にやってくる。
「おはよう、昨日はよく眠れたかな?」
探偵はいつも通りに助手に答えた。