5ページ
真雪は、クスクスと笑う。
「親友の留奈が、バイトやってるもん。コスプレするって。真雪もやりたい。」
「いや、コスプレはしないんじゃ。勉強して欲しいんだ。」
「勉強、嫌い!」
「おやおや、断られたか。ワハハ。」
老人は、おかしそうに笑った。真雪は、自分が嫌と言った事に気がつく。こんな風に、知らない人に嫌だと拒んだ事は無いのに。どうしたんだろう、自分が違う自分になってるような感じだ。
今日は、いい事があった。美味しいスコーンを奢ってもらったの。次は、母さんとお婆ちゃんと行ってみたい。上機嫌の真雪は、弾む足どりで帰って来た。そして、アパートの外まで聞こえる大きな声に立ち止まる。
「あんたの娘のせいで、うちは迷惑を受けてんのよ。婚約解消よ!」
あれは、お姉ちゃんの婚約者の母親の声だ。真ゆの母さんが、働いている工場の副社長でもある。
「息子が頼むから許したのよ。でも、もう、我慢できない。貧乏人の娘に振り回されないわ。結婚式にかかった費用は、弁償してもらいますからね。あんたは、首よ。首!」
叫ぶように言って、副社長はドアを叩きつけた。待っていた運転手が車のドアを開く。恐る恐る、真雪はアパートへ入る。
「母さん・・・?」
入り口に座っている母親が、泣いていた。いつも、笑った顔しか見せなかったのに。
「母さん。今日ね、真雪は「嫌い」て言ったゎよ。凄いでしょ?」
真雪に言えるのは、そんな事。母親は、黙って抱き寄せた。
「ごめん、ごめんね。」
抱き締められながら、真雪は思った。
(真雪、頑張る。母さんが首になっても、あたしが働くもん!)
あの、お爺ちゃんが言ってた勉強でもいい。勉強は、嫌いだけど。我慢する。
(魔法の勉強とか、言ってなかった?)
嘘だあ、あるわけないしい。魔法なんた、想像力が作った話だって、誰かが言ってたもん。きっと、知らない人に電話して贋物商品を売りつけるんだ。お姉ちゃんは、お金を持ってそうだったもん。そうやって、儲けたのね。
その夜、真雪と祖母は声を潜めて相談をしていた。
「首にされたんなら、出て行かないといけないねえ。会社から出る住宅手当てで、借りられたんだから。」
そう言う祖母に、母親は頷く。
「住めるとしたら、狭い部屋だけど。明日から、職安に行って仕事を探すわ。」
「そうするしか、ないねえ。今迄くらいの給料の仕事が有ればいいけど。それより、真雪が。」
「そうなのよ、変でしょ。帰って来てから、ずっと喋ってるから。」
「何時もなら、居るか居ないか分からないのに。別人みたいなのよねえ。病院へ連れて行くかい。」
二人の心配をよそに、何時になく喋り続けて疲れた真雪は爆睡中。
ポトッーー。
眠っている女の子の頭の上に、上から何かが落ちた。そして、髪の上をカサコソと動き始めたのです。
「ねえ。あなたの嫌いな物は?」
それは、眠っている少女に問いかけた。眠りながらの答え。
「むにゃむにゃ、蜘蛛は嫌い。」
「じゃ、蜘蛛でしゅう!」
途端に、頭の中にイメージする蜘蛛の姿。真雪は跳ね起きた。