ゆかいな仲間たち
苺香ちゃんは沙椰さんと明日真さんが保育園まで送り届け、姉さんと桃香ちゃんと紅梨ちゃんは何故か俺と一緒に登校せずそれぞれ別々に行ってしまうので、一人寂しく学校へと向かう。
学校へは電車に乗って行く。
自転車で行けない事も無い距離だが、面倒なので基本は電車だ。
電車を降りて少し歩くと、まだ遠いのに校舎がもう見えてくる。
流石中高一貫のマンモス校。
デカい。
だが、見えはしてもその校舎まではまだ遠い。
馬鹿デカい校門にやっと辿り着いてからも、昇降口まで更にしばらく歩かされる。
敷地が広い学校というのは、学祭なんかで遊びに行く分には良いけれど、実際に通うとなるとぶっちゃけクッソめんどい。
やっとの事で校内に入り靴を履きかえていると、誰かに後ろから肩を叩かれた。
「おはよう、日景」
「あぁ。おはよう、陽一」
肩を叩いたのは、クラスメイトであり俺の幼馴染でもある、陽一だった。
登校中に風で髪が乱れていないかを気にするその指の爪は、
「そうそう、ちょっと聞いてよ日景~。アタシ今朝ねぇ?」
女の子の様に綺麗に磨かれて、マニキュアを塗らずともピッカピカだった。
この口調からわかる様に、陽一は一言で言うと、お姉キャラだ。
あくまでお姉キャラであって、オカマとかではない。
仕草や口調、肌の手入れ等、一部女みたいな部分はあるが、髪型や服装は普通に男の物だし、好きになる相手もちゃんと女だ。
昔からの長い付き合いの筈だが、いつからこんな風になったのか正直記憶に無い。
気が付いたらこんな感じになっていた。
容姿は俺と比べれば足元にも及ばない虫けら以下だが、凡人基準で言うと中々の物なので、こんな妙なキャラでも女子からは結構人気がある。
「ねぇ、日景。聞いてるの? ねぇってばぁ」
うっせぇな。
聞いてねぇし聞く気もねぇよ。
陽一を無視してそのまま教室に向かい、ドアを開ける。
「うーっす」
特定の誰かに返事を期待する訳では無いが、とりあえず軽く挨拶をしながら教室に入る。
「やっ。おはよう、日景」
軽薄そうな声に顔を向けると、机の上に雑誌を広げた二人の男子生徒が俺の方を見ていた。
「ぐっも~に~ん。おっはよ~う、圭吾、利也」
俺の後ろに居た陽一が二人に挨拶をする。
「あはは、おはよう、陽一」
正に爽やかという言葉を擬人化したみたいな清々しい笑顔を浮かべるこの男は、名前を圭吾と言う。
チャラく見え過ぎないギリギリラインまで明るく染めた髪と、だらしなく見えない程度に着崩した制服。
そして、首元や手首に付けた中途半端に高そうなアクセサリーが、何ともウザい。
コイツはもう、何て言うか見たままで、ストレートに女にモテる。
そして、モテるがままに片っ端から女に手を出しまくる。
ちょっとでも相手の女の事を気にいれば、相手に彼氏が居ようが夫が居ようが一切気にしない。
自分が何股しているかなんて意識すらしない。
容姿だけは爽やか系だが、頭の中はモラルもクソもないただの発情期の猿。
正に女の敵だ。
死ねばいいのに。
「ちょっとぉ、利也~。アンタ無視すんじゃないわよぉ。アタシ挨拶してるでしょ?」
「…………チッ」
「ヤダッ、感じ悪っ」
そしてもう一人の眼鏡をかけてさっきから態度の悪い性格の悪そうな男が、利也だ。
コイツはもう、圭吾を越えるハイレベルクズだ。
整髪料でキッチリと整えた髪と、毎日クリーニングに出しているのかと聞きたくなる程綺麗でしわ無く折り目の付いた制服。
コイツも圭吾同様女にモテる。
だがコイツの場合、手を出すのがいずれも他に気がある女ばかりなのが性質悪い。
彼氏が居る、夫が居るを気にしない圭吾とは違い、コイツはそういう女をわざわざ狙う。
所謂寝取り趣味という奴だ。
女の敵どころか社会の敵だ。
死ねばいいのに。
「もう、ちょっとぉ、圭吾も何とか言ってよぉ~」
「とーしや、おはようって言ってくれてるんだし、挨拶位返そうぜ?」
「……はいはい」
ふぅ、とダルそうに息を吐くと、突然今までの無愛想が嘘の様に愛想のいい笑みを浮かべる。
「おはよう、陽一。今日も一段と綺麗だね」
利也はこの猫を被った態度で女を騙すのだ。
「ごめんね。今日の陽一なんかいつもと雰囲気違うからさ。ちょっと緊張しちゃった。髪型、ちょっと弄ってるよね? 似合うよ」
指先でサラッと陽一の髪を触る。
「あら、ありがと……って、何よそのあからさまに作った様な笑みとお世辞は! そんなので喜ばないわよ!」
「んだようるせぇ。一々面倒なオカマだな」
「はぁ!? ちょっとアンタ! 今何て言ったのよ!?」
「まぁまぁ、二人共」
改めて見れば、お姉にヤリチンに寝取り野郎。
どいつもコイツも色物で、はっきり言ってロクでも無い。
だがコイツ等三人共、容姿だけは凡人レベルで比較すると一級品なので、学内では『イケメン四天王』だなんて呼ばれている。
だがまぁ、俺に比べればカス以下レベルのゴミなので、真のイケメンである俺に失礼だとイケメンの称号を剥奪されて、今ではこいつら、ただの『イ』だなんて呼ばれている。
ダッセ。
ザマァ。
「おい、そこのゴミ眼鏡猿」
「……あぁ?」
俺様がわざわざ話しかけてやったのに、クズ眼鏡が生意気なツラで俺を睨む。
「四馬鹿のもう一人はどうした?」
「はぁ? てめぇ、誰に向かって今のセリフ――」
「はいはい、二人共ストップー。一々喧嘩しない」
圭吾が割って入ってくる。
「修司ならいつも通り、自分の席でお休み中だよ」
言われて見てみると、机の上にモッサリとした毛の塊が乗っている。
机に伏せている修司の髪だ。
「仕方のない奴だな……」
そのモッサリの元へと向かう。
俺が登校してきているのに挨拶を出来なかっただなんて、きっと死ぬまで後悔する事になるだろう。
起こしてやらないとな。
「ちょ、ちょっと日景。アンタやめときなさいよ」
陽一うるさい。
モッサリの前に立つと、拳を振り上げる。
「おい」
そして、声をかけながら勢いよく振り下ろす。
ゴ、ガッ!
拳が強く頭蓋骨を打った音と、額が机に強く叩きつけられた音が二連続で教室内に響いた。
『………………』
騒がしかった教室が急に静かになる。
四馬鹿最後の一人、修司。
コイツは猛獣みたいな奴だ。
不愉快な事があると、老若男女有機物無機物構わず全力で殴り飛ばす。
何かあればすぐに手が出る足が出る。
コイツの事を少しでも知っている者は、不良は勿論、ヤクザでさえ決して近付こうとしない。
「…………おい、何だ? 今の」
修司がゆっくりと顔を上げる。
てめぇはどこのホストかと言いたくなるような、圧迫感のある馬鹿ボリュームの髪に、獰猛な肉食獣の様な鋭い眼光。
整った顔立ちがより相手の恐怖心を煽る。
「一体誰が、」
「俺だよ」
「………………」
修司の目の焦点がゆっくりと合っていく。
「おはよう、修司」
「…………日景かよ」
すると、へにゃ、と今までとは正反対の、だらしない寝起きの柴犬みたいな顔になり、笑う。
「おはよ、日景。……てかお前、起こすなら普通に起こせよ。痛ぇんだよ。下手すりゃ頭割れるぞ」
「そうは言ってもお前、これ位やんねぇと起きねぇだろ」
「いや、普通に起きるよ。お前は俺を何だと思ってるんだよ」
まぁ見てわかる通り、コイツは不良によくある、身内に優しく他人に厳しくのタイプで、一旦仲間だと認識した相手になら、こんな感じで何をされてもそうそう怒りはしない。
「にしても、どいつもこいつも妙なのばっか揃ったもんだな、このクラス」
「……お前が言うのかよ」
四馬鹿だけじゃない。
このクラスには本当に変なのばかりが集まっている。
例えば、ファンは金づるだと思っている事を全く隠さず、毒舌を吐きながら媚び過ぎな程媚びる現役女子高生アイドルや、病弱設定はいいがやり過ぎで、毎日血反吐を吐きながら登校している貧弱君。
他にも、霊が見えるだなんて厨二病みたいな事を言うと思ったら本当に見えちゃってる霊感少女に、筋トレが楽し過ぎてりんごどころかじゃが芋も素手で握り潰せる様になってしまったスーパーガチムチマッチョマン。
他にも、ウザい方向でキャラの立った奴らがこのクラスにはわんさかと居る。
どうしようもない奴らが揃いに揃った、どうしようもないクラス。
それがここ、一年H組だ。
Hは変態のHだとか言われている。
不愉快だ。
「…………はぁ」
俺みたいな、ただイケメンなだけの一般人には正直馴染めない。
もっと普通のクラスに居たかった……。
「皆、おはよー」
「小っ日向ぁぁああああああああんんんんんん!!!!!! おっはよぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉおおおおんんんん!!!!!!!!!!!!!!!!」
嫁が教室に入って来たので思わず襲い掛かって強く抱きしめ登校中に少し汗ばんでしっとりとした体臭を全力で嗅ぎながらつい体を蛇の様に巻きつけてしまう。
「…………相変わらずいつ見ても気持ち悪いなぁ……」
まるで、天使の歌声の様な素敵癒しボイスを耳元で囁くこの超絶可愛い美少女こそ、俺の愛する幼馴染兼嫁の、小日向だ。
「んちゅうううう! ちゅっちゅっ! 小日向ぁぁああああん!!」
「や、本当に止めて本気で止めて下さい。首元に変な痕付くから。それに気持ち悪い。冗談じゃなく、素で凄く気持ち悪い」
いい乳いいケツいい太もも。
すくすくと美味そうに発育したこの身体、実に俺好みだ。
「……なぁ、小日向」
「何?」
「俺さ、お前を見る度にいつも思うんだよ」
「何を?」
「あぁ、こいつに早く俺の子供産ませないとなぁ、って」
「凄く気持ち悪いなぁ本当に気持ち悪いよ! てか離れて! 本当に離れて!」
突如俺の胸板と顎をグイグイと手の平で愛撫してくる。
何だ? 朝から教室で衆人環視の中、俺とイチャつきたいのか?
「ていうか今朝のあのセクハラメール! あぁいうのいつも止めてって言ってるでしょ!」
「セクハラメール? ……………………あぁ、あれの事か。もー、嬉しいくせにー」
「全っ然嬉しくない!」
「俺がお前から同じ様なメール送られて来たら嬉しいぞ?」
「男と女じゃ違うのよ! というか日景と日景以外の人じゃ考え方の根幹が違うの! わかって!?」
「自分がして欲しい事を人にもしてあげなさいって、死んだ俺の母親が……」
「だから、変態と一般人とじゃして欲しいと思う基準が! …………てさ、ちょっと待って。死んだお母さんとか、何か反応し辛いボケ止めてよ……」
「優しいなぁ小日向は」
亡くなった母の話題を出したせいで気まずくなったのか、小日向が無抵抗になった。
(どゅへへへへへへへ!)
なので、ここぞとばかりに首元をベロベロと舐めしゃぶり始める。
(美味しい美味しい、美味しいなぁ小日向は!)
「……ちょっとアンタ、その辺にしときなさいよ」
陽一が俺の首に腕を回して小日向から強引に引き剥がす。
口調と口元は軽いが、目つきと腕の力は軽くない。
(ま、当然か)
陽一は、小日向の事が好きなのだ。
幼馴染として三人で過ごしてきた間、俺同様小日向の事を、陽一はずっと想い続けてきた。
まぁ結局、小日向は俺を選んだ訳だが?
俺が勝った訳だが?
勝負にもならずに圧勝だった訳だが?
「…………へっ」
「なっ!? 何よアンタその顔! キーッ! ムカつくわね!」
コイツの気持ちを俺も小日向も知っているし、俺と小日向がコイツの気持ちを知っている事も、コイツは知っている。
だが、それで気まずくなったりはしない。
俺達はそういう関係なのだ。
「ほら、そろそろ先生が来るよ。席に着こう」
こういう時に場をまとめようとするのはいつも圭吾だ。
ま、言ってる事は正しい。
大人しく席に着く事にする。
「あ」
そうそう、一つ言っておくが。
こんだけ長々と時間をかけて紹介したものの、この四馬鹿は所詮脇役なので、ここからしばらく登場する予定は、無い。