イケメンな朝
カーテンを勢いよく開ける。
薄暗かった部屋の中に朝日が差し込む。
「あぁ……」
爽やかな朝だ。
空と太陽は俺の美しさを照らす為雲一つ無い快晴となり、小鳥達は俺の存在を祝福する歌を今日も唄っている。
そして、この俺の美しい裸体を毎朝映す事を許された全身鏡は、世に存在する全ての鏡の中で最も幸運な存在と言えるだろう。
「ふっ、今日も俺は美しい!」
当然の事実として全宇宙全銀河全次元で最も美しい存在であるこの俺、海馬沢日景だが、どうやらこの美しさには更に上があるらしい。
鏡を見る度日々輝きが増し続けている様に思える。
一体どこまでこの美しさは高まってしまうのか?
我が事ながら、恐ろしい……。
「さて」
この奇跡の集合体である美しい裸体。
一人で楽しむのは勿体ない。
携帯を手に取ると、自撮り写メを一枚撮る。
その後、アドレスから『小日向』という名前を探し出してメールに写メを添付すると、送信ボタンを押す。
小日向というのは俺と同い年の幼馴染であり。
愛する彼女でもある少女の名前だ。
「お?」
愛の証か、返信はすぐに来た。
「どれどれ」
『朝から気持ち悪い物見せないで。不愉快。次やったら受信拒否だからね。』
「何?」
小日向に送った写メをもう一度確かめる。
「気持ち悪い物? 虫でも後ろに写ってたか?」
あぁ、これか。
言われてよく見てみると、壁の模様が人の顔に見えなくもない。
心霊写真だと思われたのか。
これは悪い事をしたな。
再度ポーズを変えて全裸の自撮り写メを撮り直すと、謝罪の一文を付けてもう一度送り直す。
「よし」
今度は大丈夫だろう。
その後少し待ってみたが返信が来なかったので待つのを止めて、身支度を整えた後仮面を手に取り、部屋を出た。
「おはよう、皆!」
一階に降りると既に家族達は全員揃っていて、ダイニングテーブルで先に朝食を食べ始めていた。
「あれ、何で俺だけハブられてるの……?」
何気にこういうの傷つく。
「ハブいてないですよ。ドアノックして何度も呼びかけたのに、気持ち悪い独り言ブツブツ言って無視したの兄さんの方じゃないですか」
「あぁ」
言われて納得。
「鏡の前で全裸になってポーズ取ってた頃かな。それで気付かなかったんだ」
「…………さり気に今、もの凄く気持ち悪い事言いましたね」
桃香ちゃんが口をへの字に歪めてとても可愛いらしい顔をする。
『………………』
「「ん?」」
他の家族皆が、桃香ちゃんの事を驚いた顔で見ている。
何だろう。
可愛いからかな?
確かに可愛いしな、俺の桃香ちゃん。
そういえば、昨日の夜話をしてから桃香ちゃんの俺に対する態度が前より親密になった気がする。
呼び方も『兄さん』になったし。
(よし)
今ならいける。
さりげない動きで桃香ちゃんの隣に座る。
昨日の昼間までなら許されなかっただろう。
だが、大丈夫。
昨日の夜から俺達はもう、仲良しラブラブ兄妹だからな。
「何でここに座るんですか? あっち空いてますよ?」
「ここがいいんだよ。桃香ちゃんの隣がいいんだ」
「………………」
可愛い可愛い桃香ちゃん。
照れ隠しに虫けらを見る様な目で俺を見る。
俺が席についたのと同時、紅梨ちゃんが立ち上がり、空のまま置いてあったお茶碗とお碗を手に取ると、それぞれ中身をよそってくれる。
「ありがとう、紅梨ちゃん」
「うん」
今日の朝食は、ワカメと油揚げのみそ汁に、焼き鮭、ほうれんそうの入った卵焼き、きゅうりの浅漬け。
それと、梅干しと昆布の佃煮が、それぞれご自由にお取りくださいの状態でテーブルの中心に置いてある。
「すげぇ、超和食だ」
「……嫌だった? パンの方が良かった?」
「いやいや、逆だよ。むしろ凄い嬉しい。俺パンよりご飯派だから」
「そ、なら良かった」
「朝からこんなご馳走最高だ。ありがとう、紅梨ちゃん」
「……ほめ過ぎだっての」
料理担当の紅梨ちゃんが口元をもにょもにょとしながら頬を赤らめる。
仮にパンでも、そうだな。
紅梨ちゃんのパンツの中に入れて肌で温めたパンなら喜んで食べたい。
バキッ
「!?」
何だ!? 妙な音がしたぞ今!?
音の出所を探して姉さんの方を見ると、姉さんが口から梅干しの種の破片を取り出して、皿の縁に置いていた。
「え、種?」
間違えて種ごと噛み砕いちゃったのか?
「柚良ちゃん天神様大好きだもんね~」
沙椰さんが妙な事を言う。
「天神様?」
明日真さんが不思議そうな顔で沙椰さんに尋ねる。
俺も気になった。
何だそれ?
「梅干しの種の中身の事よ~。他の呼び方だと……仁って言うんだったかしら?」
「あぁ、仁」
なるほど、仁の事か。
「ちょっと、やめてよ」
紅梨ちゃんが怒ってる。
何かと思って見てみると、姉さんが梅干しから種だけほじくり出して口に入れた後、果肉の方を紅梨ちゃんのお皿に置こうとしていたのだ。
紅梨ちゃんのお皿には、既に二個分の梅干しの果肉が置いてある。
「………………」
「いや、私もいらないから」
紅梨ちゃんに断られたので、今度は桃香ちゃんの方に果肉を押し付けようとしたのだが、こっちでも断られたらしい。
どんだけ梅干しの果肉が嫌いなんだよ、姉さん。
「姉さん」
仕方ないので俺が自分の皿を差し出すと、何の躊躇いも無くそこに果肉を置く。
「やっ、」
「や?」
「……いや、何でもない」
俺が言いかけた言葉に桃香ちゃんが不思議そうな顔でこちらを見るが、適当に愛想笑いで誤魔化しておく。
『やったぜ! 姉さんの唾液まみれの箸でいじくった梅干し、ゲットだぜ!』と言おうとしたが、洒落にならない雰囲気になりそうだったので止めておいた。
「姉さん、梅干しの種以外の部分は嫌いなの?」
「………………嫌い。酸っぱい。しょっぱい」
簡潔でわかりやすい答えだ。
姉さんがバキッ、とまた種を噛み割り、中身だけ食べ外側を口から出すと、もう一個新しい梅干しに箸を伸ばし始めたので、
「「もう駄目!」」
紅梨ちゃんと桃香ちゃんが怒って姉さんから梅干しを遠ざけた。