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来客

「………………」

「………………」


 桃香と紅梨が廊下で顔を見合わせ、気まずそうに顔を赤くする。


「お、おはよう……」

「う、うん、おはよう……」


 もじもじとしながら、気恥ずかしそうにしている。


「…………す」

「……す?」


 紅梨が、小さな声でボソッと言う。


「凄、かった……ね。昨日の……お兄ちゃん」

「!?」


 カァッ、と桃香の肌の色が全身更に濃い朱色に染まる。


「な、何言ってるのよ!」


 桃香の声に紅梨が顔に手を当てて首を振る。


「う、ん! ご、ごめん……! なんか……私……!」

「いや、うん…………私も、大きい声出して、ごめん……」

「「………………」」


 そのまま二人、何も言わずに立ち尽くす。


「……下、おりよっか」

「だね……」


 桃香の提案に頷き、二人で一階に下りる。


「おは…………よう?」

「あれ? 柚良お姉ちゃん、皆は?」


 一階には柚良しかいなかった。


「……………………」


 柚良が紅梨にテーブルの上のチラシを渡す。


「えーと……ん~?」


 近くのスーパーの安売りチラシなのだが、紅梨にはどれを目的として買いに行ったのかわからなかった。


「わざわざ買いに行く程安い物がある訳でも無いし……」


 チラシを桃香に渡してキッチンに向かう。


「少し遅いから朝ご飯はいいよね、お昼と兼用で。紅茶淹れるけど二人も飲む?」

「飲むー。お姉ちゃんも飲むって」

「はーい」


 桃香が柚良の横に座ると、さりげなさを装いながら聞く。


「に、兄さんが見当たらないけど……一緒に買い物……行ったの?」

「知らない」

「え!? あ、そ、そう」


 すぐに返事が来た事に桃香が驚く。


「「………………」」


 会話が終わったら二人そのままテレビを見る。

 話す言葉を探したりはしない。

 桃香はそれでいいと思っている。

 友達ならともかく、桃香と柚良は姉妹で家族なのだから。

 変に気を遣って会話を繋ごうとするのは、何か違う。


「はい」


 紅梨が三人分の紅茶を淹れてきてくれた。


「ありがと」


 お礼を言って桃香が自分の分を受け取る。




 ピンポーン




 すると、チャイムが鳴った。


「誰だろう?」

「私が出るから」


 桃香が立ち上がり、インターホンを見てみる。


(誰だろう?)


「はい。どちら様でしょうか?」


 応対しながら記憶を探る。

 知っている人だったかどうか。

 モニターに映る来客の姿は男だった。

 可愛らしい顔をしていた。

 その人の容姿は桃香には同年齢に見えたが、着ている服装はよく言えば落ち着いていて大人っぽく、悪く言えばおっさん臭かった。

 本人もどこか落ち着いた雰囲気があるので、見た目よりも年上で、日景と同年齢かもしかするともっと上かもしれない。

 

『あれ? 今の声もしかして沙椰ちゃん?』

「え?」


 彼の言葉に驚く。

 自分の母親をちゃん付けで呼んだからだ。


「いえ、私は娘の桃香です」


『あ、そうなんだ。ごめんね? お母さんに似て綺麗な声だったから勘違いしちゃったよ。僕は照彦(テルヒコ)って言うんだけど、日景君はいるかな?』

「あ」


 兄の名前を出され、納得する。

 妙な客でも兄絡みだと思えば大抵の事はそんなもんかと思える。


「すみません、兄は今外出しておりまして」

『そうなんだ。じゃあ君のお父さんかお母さんは?』

「二人も買い物に行っておりまして、不在です」

『え、そうなの?』


 少し困った顔になる。


『どれ位で帰ってくるかわかる?』

「兄はわかりませんけど、両親はスーパーに行っただけなのですぐに帰ってくると思います」

『あ、そうなんだ。それならどこかで一時間位時間を潰してからまた来るよ。教えてくれてありがとう』


 笑顔で手を振ると、後ろを向く。


「あ、待って下さいっ」

「?」


 外で待たせるのも悪いので、中で待ってもらう事にした。

 どうせすぐに両親も帰ってくるだろうし。

 父親の事もあって男性には警戒心の強い桃香なので、いつもならこの短時間だとしても女だけの家には絶対に男を入れたりはしない。

 だがこの客、照彦には不思議とそういう警戒心を抱かせない空気があった。

 それに母の事を知っていたり兄の事も知っていたので、本当に家族の知り合いなのだろう。


「どうぞ」

「うん、ありがとう」


 紅梨の紅茶を優しい笑みを浮かべながら受け取る。

 

「あの……」

「ん? 何だい?」


 桃香が尋ねる。


「父や兄とは、一体どの様なお知り合いなんですか?」

「僕はねー」


 紅梨はお茶を出した後桃香の隣に座って一緒に話を聞こうとするが、柚良は気にせずテレビを見ている。


「あぁ、ほら」


 すると照彦が何かに気付き、テレビを指さした。


「ちょうどテレビに出てるよ」

「「?」」


 テレビではニュースをやっていた。

 どこかの大企業グループがどこかの会社を買収した、みたいな桃香達学生にはあまり興味の無い話題。

 買収した方の名前は知っている。

 その馬と波をモチーフにしたマークは、お店に行けば商品の種類を問わずあちこちで目につく位有名だ。


「「え」」


 紅茶のカップを持っていなくてよかった。

 手に持っていたら、確実に落としていた。

 それ位驚いてしまった。

 テレビの中でインタビューに答えているその大企業グループのトップの顔が。


「何だかこうやって見ると照れちゃうね」

「「えーーーーーーーーーーーー!!!!!!」」


 正に目の前に座る照彦のものだったからだ。


「ただいまー」

「ふぅ、疲れたわねー」

「あれ? 誰かお客さんが来ているのかな?」


 その時、ちょうど買い物に行っていた家族達が帰ってきた。


「あれ?」

「やぁ」


 買い物袋を持ってリビングに入ってきた明日真がちょっと驚いた顔をして、照彦がニコニコと明日真に手を振る。


「照彦?」

「久しぶり、兄さん」

「「兄さん!?」」


 海馬沢照彦。

 それが彼のフルネームだった。

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