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不機嫌な桃香

 夕飯はエビフライだった。

 両親は仕事があるのでまだ帰ってこない。


『いただきます』


 そんな両親を待っていると何時になるかわからないので、先に食べ始める。


(あ)


 桃香がエビフライを見て、昼食と被ったと一瞬思う。

 だがよく考えれば、食べる前に食堂から出たからやっぱり被ってないやと思い直す。


「うん、こっちのエビフライは美味いな」


 すると日景が妙な事を言い出す。


「こっちのエビフライ?」


 紅梨が不思議そうな顔で聞く。


「うん。お昼にミックスフライ定食みたいなのを食べたんだけど、それのエビフライが衣ばっかりの安っぽいやつだったからさ」

「ふーん。あるよね、そういうの。スーパーのお惣菜とかお店の安いエビフライに」


 桃香が今日の食堂のメニューを思い出して不思議そうな顔をする。

 ミックスフライ定食なんて今日のメニューにあったかな? と。

 ガッツリ定食が似た感じだけれど、目の前のビジュアルイメージ重視、変態イケメン連呼男がそんな雑そうな物食べるとは思えないし。


「苺香ちゃん」

「?」


 口の中でモグモグとエビフライを咀嚼しながら苺香が日景の方を見る。


「苺香ちゃんはエビフライ好き?」

「すきー」


 満面の笑みで答える苺香に日景の頬が緩む。


「他には何が好き?」

「カレーと……しゃけと……おねえちゃんのボールコロッケっ」

「ボールコロッケ?」


 聞きなれない料理名に日景が紅梨と桃香の方を見る。

 すると、料理担当である紅梨が答える。


「ウチのコロッケは小判型じゃなくて、丸くするの。小さいボールみたいに」

「あぁ、それでボールコロッケ」

「うん。それで、中の具普通のだけじゃなくて、色んなの入れるの。カレー味にしたりチーズ入れたり、クリームコロッケにしたりかぼちゃコロッケにしたり……」

「へぇ、それは面白いな」


 桃香が補足する。


「食べるまで中の味がわからないから、次は何の味かって想像するのが苺香も楽しいみたいです」

「なるほどねー。だから好きなんだ。お姉ちゃんのボールコロッケ、美味しい?」

「うんっ」


 そんな感じで盛り上がる中、柚良は一人無表情にモシャモシャとエビフライを食べ続けている。


「お姉ちゃん」


 気付いた桃香が柚良に話しかける。


「それ、何かかけなよ」


 エビフライにソースもタルタルソースも何もかけずに食べていた。


「………………うん」


 頷くと、柚良がふりかけを取ってご飯にかける。


「そっちじゃないよ!」


 一応エビフライには下味として塩コショウがしてあるので、そのまま食べてもおかしくはない。

 再度注意するのも余計なお世話かと、放っておく事にする。


「姉さん」

「………………?」

「そのタルタルソース、俺が作ったやつなんだ。もし良かったら、エビフライにかけて食べてみて欲しいな」


 別に狙った訳では無いのだろうが、桃香が注意を止めたところで日景がそんな事を言う。


「………………」


 言われて柚良が小鉢に盛ってある手作りタルタルソースをエビフライに付けて食べると、コクリと一つ頷いて一言。


「美味しい」


 と言った。


「良かった」


 日景が笑顔で頷く。

 それから柚良は、タルタルソースを付けてエビフライを食べる様になった。


「………………」


 そしてそれを見て桃香は、何となくモヤッとした物を感じるのだった。







 夕飯の後、日景と紅梨は料理を作ってくれたからと、桃香が洗い物を引き受ける。

 それが終わってからリビングに戻ると、紅梨がソファに寝転がって携帯ゲーム機でゲームをしていた。


「紅梨。さっきお風呂に入りなさいって言ったでしょ。早くお風呂入っちゃいなさい」

「んー……」

「紅梨」

「今セーブするー……セーブしてからー……」

「さっきもそう言ったじゃない。セーブセーブって、セーブに何時間かかってるのよ」

「もう、うるさいなー。あんたは私のオカンかっ」

「紅梨、あんたねぇ」


 喧嘩になりそうになったところで、日景が口を挟む。


「紅梨ちゃん。一緒に協力プレイしようか」

「する」


 ガバッと紅梨がソファーから起き上がる。


「なら早く持ってきなよ」


 そして自分の隣をバンバンと叩き、早く自分の分のゲーム機を持ってきてここに座れと催促する。


「でもその前に、先にお風呂入ってきたら? そうしたら後からお風呂入る為にゲームを中断したりしないで、続けて出来るでしょ?」

「んー……うん。かも」


 少しだけ考えるがすぐにあっさりと頷いて、お風呂に入る準備を始める。


「すぐ出るから、待ってて」

「上がった後の髪乾かすドライヤー、俺がやってあげようか?」

「いらん」


 そう言って紅梨が駆けていく。


「……………………」


 それを見て桃香がまたも、モヤモヤッとした物を感じた。







「回復ありがとう、紅梨ちゃん」

「んー」


 リビングで、お風呂から上がった紅梨と日景がゲームをして、柚良と桃香が大して面白くもないテレビを見ていると、苺香が床に寝転がり眠そうな顔をし始めた。


「苺香。そろそろ寝ようか」


 桃香がそれに気付いて寝させようとするが、苺香が嫌がる。


「……まだねない。ママかえってくるまでおきてる」

「苺香。お母さん帰ってくるまでまだ大分かかると思うよ? 明日も保育園あるし、先に寝よ?」


 沙椰は残業でまだ帰ってこられない。

 再婚に伴い、収入は十分だからと専業主婦になる事にしたのだが、勤務先の方で沙椰の仕事量を急に他へと割り振るのは無理だからと、しばらくは止められず、今まで通り残業が多いのだ。


「苺香ー」

「……ねむくないよ?」

「嘘だよー。目しょぼしょぼしてるでしょー」

「……ぱっちりしてるよ?」


 苺香がぱっちりを表しているのか、両手を開いて顔の横に添える。

 だがそのポーズと発言とは反対に、まばたきの度に目蓋を開くまでの時間が長くなっていく。


「苺香ー」

「だいじょうぶ、だよ?」


 こうなると苺香は頑固で、無理に寝させようとするとムキになって興奮してしまうので、余計寝なくなってしまう。

 なので一度こうなってしまうと、一旦このまま寝落ちするまで放置して、寝落ちした後に桃香がベッドまで抱いて運ぶしかなくなる。


「……もう」


 桃香だってこんな事しないでちゃんと早い時間からベッドに入って普通に寝た方が良いのはわかっている。

 実際に、これをやるといつも苺香は次の日の朝、随分と眠そうな顔をしているのだ。

 けれど、寝てくれないのだから仕方ない。


「苺香ちゃん」


 すると、日景が苺香に話しかけた。 


「…………」


 見ると、紅梨もゲームを止めてケースに仕舞い始めている。


「沙椰さん待つならさ、一緒に布団の中で待つ事にしない?」

「…………」


 どうせそうやって自分を寝かしつけるつもりなんだろう、と疑いの目で苺香が日景を見る。


「待ってる間、本読んであげるからさ」

「ほん?」

「うん、本。それも、お兄ちゃんのスーパーイケメンボイスでね」

「すーぱーいけめんぼいす?」

「そう。あらゆる人間を瞬時に昇天させるお兄ちゃんのスーパーイケメンボイスで、苺香ちゃんに最高の朗読劇を聞かせてあげるよ」

「………………」

「どうかな? 苺香ちゃん」


 正直何言ってるのかサッパリだが、なんか凄そうだという事だけ理解して、苺香が頷く。


「…………よんで、おにいちゃん」


 眠そうに目を擦りながらだが、苺香がニッコリ笑う。


「承知しました。では参りましょうか、お姫様」


 セリフの通り、日景がお姫様抱っこで苺香の事を運ぶ。

 あの調子なら、ベッドに入った瞬間グッスリ夢の中だろう。


「……………………」


 それを見て、再度モヤモヤモヤッとした物を感じる桃香だった。

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