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小日向との絆

「完全に惨劇の後だろこれ」


 屋上には血だまりが出来ている。

 雅が吹いた鼻血だ。


「ま、これで一応一件落着なのか?」

「明日雅がどういう態度で日景と接するのか考えるとちょっと怖いけど、そうだね」


 他の皆が雅を連れて下におりて行ったので、今屋上に居るのは俺と小日向だけ。

 俺達はちょっとやる事があったから残った。


「さて」

「……うん」


 俺がスモア君を持ち上げて、二人で向かい合う。


「メイ先輩が言うには、スモア君に手を噛ませたらそれで記憶が戻るらしいけど」

「…………うん」

「そんな顔すんな。噛むと言っても痛くはないって話だし」


 スモア君の口に歯は無いし、そんな力を込めて噛む訳じゃないとも言っていた。


「そ、そうじゃなくてっ」

「そうじゃなくて?」

「………………」

「怖いのか」

「……うん」


 そうだよな。


「私ね、自分が記憶を無くしてるって事日景に教えてもらってから、調べたんだよ」

「うん」

「そうしたら、記憶喪失の人が記憶を取り戻すと、それまでの記憶が無かった時の事、全部忘れちゃったりする事もあるんだって」

「あぁ、らしいな」

「……私も、忘れちゃうのかなぁ」

「さぁ、どうだろうな」

「…………」

「冗談だって」

「もう」


 俺に倒れこむ様に身を寄せてくるので、そのまま抱きしめる。


「別にいいだろ。記憶を無くしたって」

「何がいいのよ」

「記憶があろうとなかろうと、俺の小日向への態度は変わらない」

「そういう話をしてる訳じゃないんだけど」

「それに、元々消されてたのは俺の記憶だけなんだし、記憶を取り戻した時どうなったところで、そんな妙な事にはならないと思うぞ?」

「………………」


 不機嫌そうに頭をぐりぐりと押し付けてくる。


「…………怖いよ、忘れちゃうのって。日景と仲良くなって、お話したり、遊んだりした事。そういう事が全部無かった事になっちゃうんだよ?」

「だったら、」

「また新しい思い出を作ればいいって? そんなのわかってないよ」

「……うん、だな。ごめん」


 別に、小日向だって記憶を取り戻したくない訳じゃないだろうから、最後にはちゃんとスモア君に手を噛ませるだろう。

 だけど記憶が無くなるのが怖くて寂しいのも事実で。

 そしてそれはどうしようもない事で。

 

「今無理なら後日でもいいし。何なら記憶なんか取り戻さなくてもいいんだぞ? どうせ小日向が忘れてるのは俺についてだけなんだから、そこまでして無理に取り戻す必要も無い」

「そういう事言ってさー……」


 手で掴んだ俺の制服を握ったり離したりして、無駄にくしゃくしゃにしてくる。


「やるよ、ちゃんと」


 不満そうな顔で俺を見上げる。


「日景はそうやって他人事だと思って適当な事ばっかり言うけど」

「まぁ、事実他人事だしな」

「酷い!」

「記憶があったって無かったって、俺からすれば同じ小日向だし、それにお前が俺の記憶を忘れたとしても俺は覚えてる」

「……私が記憶を無くして泣く程動揺したくせに」

「その話はすんな」


 顔を寄せて、これ以上変な事を言えない様に唇をふさぐ。

 たっぷり十秒以上時間をかけてから、ゆっくりと離す。


「それじゃあ、ね」

「あぁ」


 一瞬逡巡する様に動きを止めたが、すぐにスモア君の前に手を差し出した。


「お願い、スモア君」


 スモア君には人の心の機微はわからない。

 言われるとすぐ手に噛みつく。




「――――――!」




 噛まれた瞬間、小日向が驚いた様に目を見開き、その場でよろめいた。


「お、おい小日向」


 慌てて支える。


「………………」

「大丈夫か? 小日向?」


 どうなんだ。

 記憶は戻ったのか?


「…………日景」

「!」


 この俺を呼ぶ微妙なイントネーションの違い。

 聞き慣れたいつもの呼び方。


「小日向!」

「日景……」


 嬉しさに思わず強く抱きしめてしまう。


「小日向! よかった!」

「…………ねぇ」

「小日向――うわっ!?」


 だが、思い切り突き飛ばされてしまった。

 

「ど、どうしたんだよ、小日向。記憶が戻ったんじゃないのか……?」


 何だ?

 どういう事だ?

 俺を見る目が悲しそうだ。


「そんなに不安だった?」

「不安? そりゃそうだよ。彼女が記憶無くしたんだぞ? 不安になるのは当たり前――」

「そんなに私の日景への気持ちが、信用できなかった?」

「…………え?」


 固まる。


「記憶や思い出なんか無くったって、とは言わないよ。好きってそういうものの積み重ねだと思うし。でも、だからって……」

「こ、小日向……一体何の話を……」

「だからって、記憶を無くした私がもう一度自分の事を好きになるかどうか試すなんて、そんなの最低だよ」

「――っ!」


 咄嗟に小日向から視線をそらしてしまう。


「日景ならすぐだったよね? 私の記憶を取り戻させる位。簡単に出来たよね? 変態イケメンなんとかで」


 言い方が酷い。


「だけどしなかった。一応記憶を取り戻す為に色々やってくれてはいたみたいけど、話を聞く限りだと真剣さが感じられなかったし、やってた事に無駄が多かった。それ、わざとだよね?」

「………………」

「ねぇ日景。何とか言ってよ」


 近寄ってきた小日向に、ビクッと怯えてしまう。


「俺……俺、は……」

「……もう、そんなに怖がらないでよ。ただ聞いてるだけでしょ? そこまで怒ってはいないよ」

「え?」


 小日向の顔を見ると、確かに言う通りだった。

 そこまで怒ってはいなかった。

 多少は怒ってるけど。


「雅が原因なんだから自業自得ではあるけど、それでもあそこまで追い詰められて傷ついたのは、日景のせいだよ。それに関してはちょっと怒ってる。友達を傷つけられたんだから」


 くるっと俺に背を向けると、立ったまま俺に寄りかかる。


「でも、記憶を取り戻してちょっと驚いたよ」

「え?」

「雅達が私の事を好きなのは知ってたのに、どうして日景の記憶と一緒にその事を忘れてたんだろう?」


 言われてみれば確かに、小日向はちょっと動揺し過ぎていた感があったかもしれない。

 普通にあいつらが頭おかしいからその反応としては違和感が無くて気が付かなかったが。

 あいつらのイカレっぷりはいつもの事っちゃいつもの事だった。


「雅が日景の記憶と一緒に消したのかなぁ、それとも……」


 まぁ、そんな事はどうでもいい。


「…………ごめん」

「え?」


 小日向に謝る。


「小日向の言う通りだ。不安だったんだ、俺は。記憶を無くした小日向が、本当に俺の事をちゃんと好きになってくれるのか。俺達の関係は幼馴染という長い付き合いがあったからこそのものだったのか。それが無くなれば、小日向は俺の事なんか見向きもしてくれなくなるのか。それが気になって仕方がなくなってしまった。それで、俺は……」

「ふーん」


 小日向はふんふんと頷くと。


「勇気あるねー、日景は」

「え?」


 そう感心する様に言った。


「私には無理だもん、そんなの。そこまで自分に自信が無いよ。試してみて、もし本当に私の事なんか見向きもしないで、私以外の人を好きになりでもしたらって考えたら、絶対にそんな事出来ない」

「小日向が俺に見向きもしないかどうかはともかく、俺以外の人を好きになるって事は無いだろうけどな」

「え?」

「だって小日向に近寄る男は全て処分してたから」

「ひっどい」


 そう言いながら、ふふふと笑う。


「ところでー」

「何だよ」

「さっきから何ですかー? その手は」

「何って……」


 小日向を抱きしめたくて、でも話の流れ的に今抱きしめていいのかわからなくて、わきわきしてた。

 自分がした事が最低だとはわかってる。

 でも、それでも確かめたかった。

 俺達の間に、記憶や思い出とは別の絆があるのかどうか。

 過ごしてきた時間を否定する訳じゃない。

 それは勿論とても大事な物だ。

 けど、もしそれが無かった場合、俺達はどうなってしまうのか。

 それが知りたかった。


「意気地なし」


 小日向が俺の両手を掴んでお腹の上で組ませる。


「駄目な奴だなー、このイケメンは」

「……駄目な奴です」


 許可を得たと、改めて小日向の事を後ろから抱きしめる。


「お前が絡んだら、俺はすぐ駄目になっちゃうんだよ。駄目なイケメンになっちゃうんだ」

「いつも駄目な気もするけど」


 俺に抱きしめられながら俺の顔を見る。


「とりあえずさ」

「うん?」

「ただいま」

「あぁ、おかえり」


 キスをする。

 

(あぁ、違う……)


 キスの感触が、違う。

 これが小日向だ。

 小日向とのキスだ。

 小日向が記憶を無くしていた時したのとは、違うキス。

 どっちがいいとか悪いとかじゃないけど。

 俺に馴染むキスは、これだ。


「………………ぷぁ、長いよっ」

「え? あ、あぁ、ごめん」


 キスが長いと怒られた。


「あとさりげなくおっぱい揉むな」

「キスと違ってここの揉みごたえはおんなじなんだな」

「何の話!?」

「そういや記憶、やっぱりちゃんと両方保持する感じになったんだな」

「え? あぁ、うん。そうみたい。それより胸から手を離せ」

「よかったよかった」

「いいから早く胸から……ってなんか当たってるよ!? なんか大きくしてない!?」

「屋上、人来ないしさ。記憶戻った記念に……しよ?」

「しないよ! 記憶戻った事皆に報告しないと! それに雅のお見舞いも行かなきゃ!」

「別によくね? どうでも」

「どうでもよくない!」


 結局この後、何もしないで下におりた。

 俺の股間がおさまるまで待ってから。

 皆に小日向の記憶が戻った事を報告すると、元々俺以外の記憶は残ってたからそこまで大喜びとかは無かったけど、それでも表情を見ると皆ホッとしていた。






 

 こうして、小日向の記憶喪失騒動は幕を閉じた。

 ……一つの大きな面倒ごとを残して。







「ほら見なさい。やっぱり私の愛は本物だったわ」

「……おう」

「ふん、何がイケメンよ。あんたの素顔を見た後も、私の小日向への想いは一切目減りしなかった。あんたがいつも自慢する美しさよりも、私の小日向への愛の方が強かったという事ね」

「だったら離れて小日向の方行けよ」

「は? 嫌よ」


 雅が椅子に座る俺の腕にしがみついて、べたーっと張り付いている。


「いや、ここ教室だし。皆見てるし。朝っぱらから何してんだってウザい目で見られてるし」

「だから何よ。どうだっていいじゃない」

「ね、ねぇ雅? それ絶対私への愛情目減りしてるよね?」

「してないわ」

「だったら私の彼氏から離れようよ!」

「無理ね」


 小日向に真面目な顔で雅が言う。


「小日向への愛情は変わっていないわ」


 その後俺の顔を少しだけ見上げると、恥ずかしそうに目線を下げる。


「……ただ、別な愛が生まれただけよ」

「それ順位は!? 私と日景どっちが上!?」

「…………」

「雅!」


 これだ。

 雅が俺の素顔を見たせいで、やっぱりというか当然というか、俺に惚れてしまったのだ。


「あの時のあれ、私の案をパクるつもりでやったのね」


 渚が呆れた顔で雅を見る。


「…………」


 図星だったのか、雅が気まずそうな顔で視線を窓の方へやる。


「どういう事?」


 小日向が聞くと、渚がへっ、と笑う。


「つまり、私と同じ様に雅も日景の側室を狙う事にしたのよ」

「どうしよう。私の友人が皆で私の彼氏を狙ってる」

「でもそのままじゃ日景のキモさと不愉快さが生理的に受け付けないでしょ?」

「お前側室狙うとか言っておいて何だその暴言」

「だから雅は日景のその素顔を見て、無理やり惚れる事にしたのよ」

「俺の美しさそんな事に使わないで」

「ていうか私側室とか絶対許さないんだけど」

「こ、小日向さん? 落ち着け、怒るなよ? 俺が言ったんじゃないからな? こいつらが勝手に言ってるだけだ。それに、俺が小日向一筋なのは知ってるだろ?」

「日景は昭和の悪い亭主関白みたいに最後に帰るのはお前の所だって言いながらあちこち不倫してまわるタイプの一筋だから、全然信用ならない」

「え、ちょっと待って。俺って小日向からそんな風に思われてたの?」


 何気に物凄い衝撃発言だったんだけど。


「ていうか雅、真面目にそろそろ離してくれないか? いい加減先生来るし」

「……ぇ?」

「!?」


 何その顔!

 そんな寂しそうな顔初めて見たぞ!?


「……じゃ、じゃあもう少しだけ、な?」

「駄目なやつじゃんそれ! 最終的に涙一つでほだされて浮気しちゃうやつじゃん!」

「浮気なんてしないわ。私は小日向を愛してる」

「人の彼氏に抱き着きながら言うセリフじゃない!」


 なんつーか……。


「困ったもんだ」

「他人事みたいに言ってる場合じゃないでしょ!」

「あ」


 ポンと手をたたく。


「これが本当の、罪作りな美しさってやつだな」

「へぇ、罪作っちゃうんだー……やっぱり浮気するつもりなんだー……」

「!?」


 しまった、言葉を間違えた。


「ち、違います小日向さん! これそういう意味で言ったんじゃ!」


 マジで困った、これ。

 どうしよう。

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