そんな考えもあったのかって
「愛されてんなぁ小日向」
「いや、ちょっと待ってちょっと待って。怖い、怖い怖い、本当に怖いからこれ、何これ」
小日向が手でNONOとやりながら後ずさっていく。
「そうかぁ……」
そして清香は何かを考え込んでいる。
「そういう考えもあるのかぁ……」
待て。
何だその目は。
お前までそんな目で俺を見るな。
「あんた何言ってるのよ! 頭おかしいわ!」
いやいや雅、お前がそれ言うのかよ。
「と、とりあえずさぁ!」
小日向が大きな声を出して皆の視線を集める。
「私! そういうの無理だから!」
「お?」
そして俺に抱き着く。
柔らかい。
いい匂いする。
「だって私! 日景一筋だし!」
「またそういう事を!」
それを見て雅は眉を吊り上げるが。
「だから言ったじゃない。私はそれでもいいって」
渚は慈愛に満ちた目で小日向に諭すように言う。
「小日向が誰を好きでもいいの。ただ私は、小日向のそばにいられればいいのよ」
「怖っ、怖い! 怖いよ渚!」
「はいはい、皆落ち着いてー」
メイ先輩がパンパンと手を叩く。
「話の論点がズレてきてるぞー」
確かにメイ先輩の言う通り。
到着点がわからなくなっていた。
「さて、本人は記憶を消された事を怒ってないらしいから、その話に関しては一区切りという事でいいよね?」
メイ先輩が雅に顔を向ける。
「じゃ、次は私の番」
そしてニッコリと笑う。
「人の道具を悪事に使って、ただで済むと思うなよ?」
うーわ。
笑顔だけど普通に怒ってる。
「スモア」
「あっ」
メイ先輩が呼ぶと雅の持っていた鞄がモゾモゾと動き、中から玩具みたいな犬が飛び出してメイ先輩の足元に駆け寄る。
「よしよし」
しゃがみこんで頭を撫でると。
「こんな揉め事起こしちゃって、お前は後で処分だなぁ」
優しい顔で恐ろしい事を言った。
「処分てメイ先輩」
「だってこの子、人に使われて私の記憶消してるし。それにこんな事やらかしてる時点で安全性にも問題あるって事だしね。そんな危ない物、作った本人として責任をもって処分するよ」
機械だってのはわかるけど、それでも動きがちゃんと犬なせいで少しだけ可哀想に思えてしまう。
言われている意味をわかっていないのか、嬉しそうにすり寄っているのもまた、心が痛む。
「あと、そっちもね」
雅がビクッとなる。
「私の管理が適当だったってのは謝るところだけどさぁ」
立ち上がるメイ先輩の威圧感がヤバい。
「だからってこんな風に悪い事に使っていい理由にはならないでしょ」
「あ、あの!」
小日向が慌てた声を出す。
「わ、私は別に怒ってないんで、その」
「あー、うん。それはさっきの聞いてたからわかってるけどさ。それだけじゃもう済まないんだよね、この話。だって彼女、事実隠ぺいの為にスモアで私含む大勢の人の記憶を消しちゃってるんだから」
「ですけど……」
フッ、とメイ先輩が笑う。
「そんな顔しないでよ。別にそんな物騒な事はしないわ。元は私が原因だしね。私の管理が甘かったのも悪いし、スモアを作るときに安全性を配慮した作り方をしなかったのも悪い。でもだからって、それで悪い事に使った本人に何のお咎めも無しって訳にもいかないでしょ?」
「じゃあ、メイ先輩は雅にどう責任を取らせるつもりなんすか?」
俺が聞くと、んーと考える。
「そうだねぇ」
しばらくもにょもにょと言っていたが。
「あ」
何かを思いついたとスモアを抱き上げる。
「記憶を消した罪の対価は、記憶で払ってもらおうか」
「え?」
何かに感づき雅が一歩下がる。
「そ。再犯防止にもなるし一石二鳥」
その言葉を聞いて俺達にもわかった。
メイ先輩が何をしようとしているのか。
「目には目を、歯には歯を。人の記憶から大切な人の存在を消しちゃった罰として、君の記憶から千明小日向ちゃんの存在を消しちゃおう」
「それはちょっとやり過ぎじゃないっすか!?」
「そのやり過ぎを最初にやったのは彼女だよ?」
「そ、そう言われると……」
ど、どうしよう。
自業自得だから仕方ないといえば仕方ないんだが。
そうは言ってもこれは可哀想だ。
「雅……」
「小日向……」
雅と小日向が見つめあう。
「大丈夫だよ」
「え?」
小日向が全てを包み込むような笑みを浮かべる。
「記憶を無くしたって、私達また友達になれるから」
「いや庇わんのかいお前は」
そしてメイ先輩に語る。
「先輩」
「ん?」
「ついでにそこの二人の記憶も消してあげて下さい」
「な!?」
「何で私達も!?」
渚と清香が愕然とする。
「お願いします! 三人の記憶を消して下さい! 出来るだけ、早く! 今すぐに! さぁ!」
「いやいやー」
メイ先輩が困った顔で笑う。
「ほら、追いで! 急いでスモア君! ワンだよ! ワン! 千明小日向の記憶を消せって、ワン!」
「落ち着け小日向。必死過ぎだ」
「だって聞いてたでしょ!? 三人駄目だよこれ! もう治らない! 記憶消すしかないよ!」
「おいお前らどうしてくれる。三人がアホな話したせいで、俺の可愛い嫁が怯えちまってるじゃないか」
「どうしたもんかねぇ」
メイ先輩と顔を見合わせ、困ったねと首をすくめる。
「……小日向」
雅が小さな声で名前を呼んだ。
「私の事が、嫌いになったの?」
「嫌いとかじゃないけど……」
小日向が呼び寄せたスモア君の顔をいじくり回しながら、はっきりとした声で言った。
「ごめん、さっきも言ったけど無理だよ。私にはその気持ち、受け入れられない」
「っ!」
物凄くショックを受けた顔をするが、今更だろうそんなの。
小日向が俺にベタ惚れでゆるぎない想いを抱いているのは、誰が見ても明らかな周知の事実だ。
「…………そう」
だが、雅はそれだけ言うと大人しくなった。
てっきりヒステリックな大声を上げて大暴れするかと思ったが。
「わかったわ」
「お、おい」
だけどその後俺の方に歩いてきたの何で?
怖い怖い怖い、怖い。
もしかしてこれ、一周回って狂気に走って殺す系のあれ?
「悪かったわね、小日向。迷惑かけて」
雅が俺の前に立つ。
「お、俺にも迷惑かけないでね?」
「先輩もすみませんでした。ご迷惑をおかけして」
「え? あー……うん?」
そして俺の顔に手を伸ばしてくる。
一応見たけど、手には凶器を持っていたりはしていない。
「記憶を消されるのはやっぱり嫌です。でも、このままでいれば小日向にまた迷惑をかけるので、私は私の考えた方法で、先輩の言っていた再犯防止にもなる、一石二鳥の責任を取ります」
「お前まさか!?」
パーン、と俺の仮面がはじき飛ばされた。




