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小日向と渚、小日向と雅

 渚は昔、いつも一人だった。

 教室で彼女に話しかける者はいない。

 別に、学校でいじめにあっていた訳ではない。

 彼女は、クラスメイト達から怯えられていたのだ。

 何故か。

 それは、彼女の父親が所謂『わるいひと』だったからだ。

 犯罪行為に手を染めて、お金を稼ぐ人。

 組織の長や右腕とまでは言わないが、それでもかなりの権力を持つ、幹部クラスの一人だった。

 彼女は家に帰っても一人だった。

 両親と一緒に暮らしていなかったから。

 危険だから、子供に見せたくない物があるから。

 理由はいくつかあった様だが、渚としてはどうでもよかった。

 親の事は嫌いじゃないが、だからと言って四六時中一緒にいたいという程でもない。

 お手伝いさんが通って家事をしてくれるから生活も困らないし、人に気を遣わなくていい分、一人暮らしは気楽でよかった。

 だがその結果、学校では皆が離れていって一人、家でも一人暮らしなので一人と、完全にいつも一人ぼっちの状態になってしまった。

 渚は別に一人が好きな訳ではない。

 楽だとは思うが、かと言ってずっと一人でいたいと思う様なタイプではない。

 だから彼女は、家でも学校でも、気楽さと共にいつも寂しさを感じていた。

 友達を作ろうと思った時期もあったが、やはり渚と付き合うとなると相手は色々と気を遣ってしまうらしく、その態度が面倒になり、諦めた。

 諦念の中の孤独な毎日。

 そんなある日、とても自然な態度で渚に話しかけてくる者がいた。

 それが小日向だった。

 渚の親の事など全く気にする様子も無い。

 そんな彼女に、渚は少しずつ心を開いていった。

 親しくなってみれば、その態度も当然の事だと理解出来た。

 何故なら小日向は、渚の親なんか比較にならない位のとんでもない怪物と、いつも一緒に居たのだから。

 そんな怪物に慣れている小日向からしてみれば、渚の親位、だからどうしたとその程度なのだろう。

 

「くしゅんっ」

『風邪?』

「……違うわ。ちょっと寒くなっただけ」


 ベランダに出て清香と電話をしていたのだが、体が少し冷えてきたので中に入る。

 住んでいる部屋の階数が二十階なので、景色はいいのだがその分夜は冷える。


「私は……」


 にゃぁん、と鳴きながら甘えてくる飼い猫の頭を人撫でして、座椅子に腰掛ける。

 すると猫が膝の上に乗って、フンスフンス言いながら渚の顔に自分の顔を寄せてくる。


「あんた達みたいに、小日向とそういう特別なあれこれがあった訳じゃないけど……」


 猫の顔に渚が額でぐりぐりすると、構ってもらえて満足したのか猫がそのまま膝の上に座り、くつろぎ始める。


「それでも、好きよ」

『ん、知ってるー』

「でも……」


 猫の毛並みにそって撫でてやると、ゴロゴロ言いだす。


「愛情の量はともかく、執着心で言うと……。私は雅のあれに、勝てない」







      *







 雅には、妹が一人いる。

 可愛くて、少しドジで少し不器用で、努力家の。

 雅は逆だった。

 無愛想だが、要領が良くて器用で、大抵の事を努力なんかしなくても、それなりに上手くこなせた。

 そんな二人の姉妹、周囲から好かれたのは妹だった。

 馬鹿な子ほど可愛いではないが、何もかもをそつなくこなす姉よりも、妹の方が可愛がられた。

 容姿や性格の違いもあったろう。

 二人共優れた容姿を持っていたが、近寄りがたい美人系の姉と、愛嬌のある可愛い系の妹。

 あまり表情豊かではなく自分からは喋らない姉と、いつもニコニコして愛想のいい妹。

 両親も妹ばかりを構った。

 姉を愛していなかった訳ではない。

 ただ、妹を姉よりも多く心配し、姉よりも多く妹に手をかけていただけだ。

 親戚も同じだった。

 皆が集まった時、妹にばかり話しかけ姉は放置気味だった。

 姉を嫌っていた訳ではない。

 お小遣いだって何だって、形になる物は全て平等に与えていたし、差別の様な物も一切無かった。

 その事に、雅はいつも寂しさを感じていた。

 これで妹の性格が悪ければ、雅も感情のぶつけ所があったのだろうが、妹はとてもいい子で、姉の事が大好きだった。

 自分と違い何でも容易く出来る姉を尊敬し、カリスマとしていつも友達に自慢し、目標としていた。

 それもまた、雅には負担だった。

 雅はどんな事でも容易く平均点より少し上の点数を取れるが、八十点九十点以上を取る程ではない。

 何をしてもその分野を得意とする者には勝てない。

 なのに妹は、雅を何でも満点を取れる天才だと思っている。

 過大評価。

 親も似た様な印象を雅に持っており、だから心配もせず好きな様にさせていた。

 この子は自分達が何をしなくても大丈夫だと。

 手のかからない子だと。

 自分の事を、誰も見てくれない。

 それが雅の抱える悩みだった。

 そんな時、彼女に話しかけてきたのが小日向だった。

 一緒に、ある球技の練習をしようと言われた。

 どうしてと聞くと、だって苦手でしょ? と。

 私も苦手だからさ、一緒に練習しようよと、さも当たり前の様に言うのだ。

 その言葉に雅は驚いた。

 雅は、学校でも家と同じ様な評価を受けていた。

 何をしても得意な少女。

 何でも出来る少女。

 だから、自分の不得意に気付いていた小日向に驚いた。

 全てを七十点台に収める彼女だが、その中でも七十点ギリギリの物もあれば、七十点台後半の物もある。

 これは正に、その七十点ギリギリの物だった。

 たまたまだと思った。

 たまたま気付かれたのだろうと。

 だがそうではなかった。

 小日向はその後もちょくちょく、雅に話しかけてきた。

 これ得意だよね、教えてとか、逆にこれ不得意だよね、教えてあげる、とか。

 自分を見てくれている人がいた。

 その事に、雅はとても感動した。

 そして、いつしか彼女は小日向に付いて回る様になった。

 誰もが与えてくれなかった物を与えてくれる、唯一の人として。

 自分にとって運命の人として。


「………………」


 雅がベッドに横になりながら、自分が今までに撮ったスマホの写真を眺めている。

 写っている物は基本小日向が多い。

 いつも仲良し四人組みたいな感じで、小日向、雅、渚、清香でつるんでいるが、実際雅がちゃんと友人だと思っているの、小日向だけだった。

 小日向がいない時に渚や清香と一緒にいる事は、何かの理由や用事が無ければまず無い。

 

「小日向……」


 写真や小日向とのメールのやり取りを見返しながら、呟く。


「記憶、どうにかしないと……」

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