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イケメンの帰還

 二階建ての新築の一軒家。


「皆、ただいまー! 素敵で無敵で心身ともにイケメンなお兄ちゃんが今帰ったよー!」


 その自宅のドアを元気よく開け、日景が大きな声で帰宅を告げる。


「あれ!? 今学校だったよね!? え、何これ!? え? え!?」


 動揺する桃香を降ろしてその場にしゃがむと、その流れで桃香の靴を脱がそうとする。


「一体どういう……って、どさくさに紛れて何してるんですか! 自分で脱げます!」

「遠慮しなくてもいいんだよ? 桃香ちゃん。むしろ単純に俺が桃香ちゃんの靴を脱がしたい――」

「自 分 で 脱 げ ま す」

「はい」


 桃香に怒られたので、仕方なく日景は先に一人でリビングに入る事にする。

 玄関からは、「あ~、上靴のままだよ~」とか、「もー、学校に外靴置いてきちゃったー」とか、困った様な怒った様な、とりあえず不満そうな桃香の声が聞こえてくる。

 日景がリビングに入ると、長女の柚良がソファーに座ってぼうっとテレビを見ていた。

 見ていた……いや。

 多分、見ている。

 もしかしたら、目を開いてテレビの方を向いているだけかもしれない。

 それ位生気の無い目なのだ。

 そんな彼女に日景が声をかける。


「ただいま、姉さん!」


 すると声はちゃんと聞こえたらしく、ゆっくりと日景の方を向き、ジッとその顔を見つめる。


「…………………………」


 たっぷりと時間をとった後、一言「おかえり」と短く呟き、またテレビに視線を戻す。

 テレビでは、馬と波をモチーフにしたマークの国内外で有名な大企業グループのCMをやっていた。

 柚良の返事に嬉しそうな顔で再度、「あぁ、ただいま!」と言った後、今度はキッチンに向かう。

 そこでは三女の紅梨が夕飯の支度をしていた。


「ただいま! 紅梨ちゃん!」


 後ろから紅梨に元気よく帰宅を告げる。


「声デカい。うっさい」


 チラリとも振り向かないまま怒られた。

 それは悪い事をしたと、今度は日景が紅梨の耳元に口を近付け、囁くように言い直す。


「ただいま、あかりちゃん……」

「うわぁ!」


 驚いて体をビクッと震わせると、赤くなった顔で勢いよく後ろを振り向く。


「な、何なのよもう!」


 驚かされた事に怒り、紅梨が手で日景を叩こうとするが……。


「…………」


 料理中で手が汚れていた。


「……えい」


 仕方なく、頭で日景の体にポフッ、と頭突きをする。


「えいっ、えいっ」

「………………」


 当然だが、その抗議の頭突きは全然痛くない。


「えいっ、えいっ、え、――わぁ!」

「可愛い!」


 逆に大喜びされて頭をギュッと抱きしめられる。


「おにいちゃん」


 すると、日景の後ろから嬉しそうな幼い声が聞こえた。

 日景が振り向くと、そこに居たのは末っ子の苺香だった。


「離れっ!」


 妙な言葉と共に紅梨から頭で強く突き飛ばされた後、その勢いのまましゃがみ込み、今度は足元に居た苺香を抱きしめる。


「ただいま、苺香ちゃん! 世界で一番素敵でイケメンな最高のお兄ちゃんだよ!」


 そして抱きしめたまま立ち上がると、クルクルと回り始める。


「おにいちゃんおかえりー」


 苺香が嬉しそうに微笑む。


「あーっはっはっはっはー!」


 日景が機嫌良さそうにキモい笑い声を上げながらクルクル回る。


「ちょっと。暇してるなら夕飯の用意手伝ってよ」

「あぁ、勿論! 手伝って良いならいくらでも手伝うさ!」


 ノリノリ過ぎてキモい、と引き気味になりながら紅梨がため息まじりに言う。


「ウチは私以外料理のセンスがゼロだから、手伝ってくれる人が居ないのよ」


 ちょっと意外な気もするが、言われてみれば紅梨以外の人間が料理してるのを日景は見た事が無い。


「じゃあ、服着替えてくるから待ってて」


 リビングに居る柚良の膝に苺香を座らせると、自室のある二階へと日景が上がっていった。







「ふーん……」


 いつの間にか制服から私服に着替え、下に降りてきていた桃香がキッチンに居る紅梨に話しかける。


「随分あの人と仲良くなったんだね、紅梨」


 からかう様な言い方。

 ムッとした様に紅梨が返す。


「……別にそんなんじゃないし。それに何? 仲良くなるのが悪い事?」


 その声色に桃香が慌てる。


「お、怒らないでよ……。そんな意味で言ったんじゃないってば。ただ、ちょっと驚いたなって話。紅梨が一番あの人と馴染まないと思ってたからさ」

「まぁ……。変な人ではあるけど、悪い人じゃないし」

「…………うん、だね」


 それには桃香も同意する。


「それから……」


 小声で言う。


「……ゲームも、一緒にやってくれるし」


 あぁ、それが懐いた一番の要因か、と桃香が納得する。

 紅梨はインドア派で、少々オタクが入っている。

 だが、他の姉妹はそういう物に全く興味が無いので、ゲームだの何だのに付き合ってあげられない。

 そして、紅梨は学校の友達も少ない方なので、彼女にとって一緒にゲームが出来る相手というのはそれだけでありがたい存在なのだ。


「それに、柚良お姉ちゃんだってあの人には何だかんだで気を許してるみたいだよ」

「あー……うん」


 あんな無表情無反応な中にも、微妙な差があるのだ。

 姉妹から見れば、柚良が日景に対して気を許しているのは一目瞭然だ。


「スローペースマイペースで何考えてるのかわからない柚良お姉ちゃんにもニコニコ愛想よく相手するからじゃない? あの人」

「そう言うなら紅梨ももう少しあの人の事見習って、もっとお姉ちゃんに優しくしてあげなよ。たまにちょっとキツいよ? 態度」

「うるっさいなぁ……」


 突如始まった説教に、紅梨が不貞腐れた様に顔を背ける。


「て言うかさ。苺香も本能的にあの人が安全だって認識して懐いてるし、お母さんはアホだからそういうの気にしないし」

「だから紅梨。あんたちょいちょい言葉がキツい――」

「桃香お姉ちゃんだけだよ。あの人とまだ妙な壁作ってるの」

「――っ!」


 桃香の言葉が詰まる。


「だ、だって!」


 慌てて言葉を繋げようとするが、声量を間違えて無駄に大きな声が出てしまう。


「あ、ご、ごめん……」

「……うん」


 少しだけ気持ちを落ち着かせる。


「だ、だって、あの人まだ本性隠してるかもしれないし……慣れてくると態度が変わるかも……」

「ぷっ、本性って……」


 紅梨が吹きだしたところで、日景が戻ってきた。


「さぁ! 紅梨ちゃん! お料理の時間だ!」

「だから一々うるさいっての」


 本人が来てしまったので、話を止めて桃香がキッチンに背を向ける。


「まず何をすればいいかな?」

「じゃあ……」


 楽しそうにしている二人を置いて桃香がリビングに入ると、柚良がソファーの背に後頭部を乗せて、ジッと桃香の事を見ていた。


「な、何? お姉ちゃん」

「………………」


 何も言わない。


「……何も無いなら、行くね」


 もしかすると、もう少し待てば何か言ったかもしれない。


「………………」


 けれど、それを待ってその何かを聞くのが桃香は嫌で、逃げる様に階段を上がっていった。

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