千明真斗
朝早く、小日向の家の前に緊張した顔の桃香が立っている。
(よ、よし……)
グッと拳を握った後、チャイムに指を伸ばす。
「大丈夫、たった一言いうだけ、簡単簡単……」
小さな声で何度も繰り返す。
「……一緒に学校行きませんか、一緒に学校行きませんか、一緒に学校行きませんか……」
一緒に登校しようと誘いに来ただけなのだが、それだけの事で彼女がここまで緊張しているのには理由があった。
(もしお家が近い事を教えてもらえなかった理由が、こうやって私に付きまとわれるのが嫌だったからとかだったらどうしよう……)
実際はただからかっただけなのだが。
――ガチャ
ドアが開く。
(よ、よし!)
「あの! 一緒に!」
「はい?」
「あ」
開いたドアから顔を出したのは、小日向ではなく幼い少年だった。
「えーと……?」
「あ、ご、ごめんなさい」
小日向以外の家族が出てきた事で、桃香の頭の中が真っ白になる。
「あぁ」
だが少年は慌てる桃香と違い冷静で、桃香の制服を見て得心がいった顔をする。
「桃香さんですよね」
「え?」
ドアをしっかりと開けて少年が改めて挨拶をする。
「初めまして。千明真斗です。姉の小日向がお世話になってます」
「あ、こ、こちらこそ。海馬沢桃香です。千明……じゃなかった、桃香先輩にはお世話になっています」
桃香も彼の存在は知っていた。
ただ、会うのは初めてだった。
改めて見ると、確かに小日向の面影がある。
(確か……紅梨と同じで小学五年生だっけ)
少年の印象は、一言でいうと「あ、モテそう」と言った感じだった。
顔や服装もそうだが、何より小学五年生にしては大人っぽく落ち着いた雰囲気。
恐らく彼はクラスでもいい意味で目立つ存在なのだろう。
そんな真斗が申し訳なさそうな顔をする。
「すみません……姉がご迷惑をおかけしている様で」
「え?」
「姉ちゃんいつもそうなんですよ。人をからかうのが好きっていうか、普通に性格悪いっていうか……。でもあの、そういう事するのって誰にでもじゃないんで、迷惑なんですけど自分が気に入った相手にしかしないんで。多分姉ちゃんは桃香さんの事、かなり好きだと思うんです。それが言い訳になるとは思いませんが、ムカついた時は普通に怒っていいので、どうかこれからも姉の事を見捨てないでやって下さい」
「…………気に入った相手……かなり好き……」
「桃香さん?」
「え!? あぁ、大丈夫! 見捨てるだなんてそんな! うん! 全然! もう有り得ないから!」
「そうですか? 良かった。桃香さんは優しい人なんですね」
心の中で桃香は今、狂喜乱舞していた。
弟からお墨付きを貰えた。
小日向から好かれていると。
「真斗ー、何やってるのー?」
家の中から聞こえた声に、桃香の表情が変わる。
「あれ? 桃香ちゃんだ。おはよー」
「小日向先輩! おはようございます!」
満面の笑みで挨拶をする。
「じゃあ俺、学校行く準備するから」
「うん。ありがとね、真斗」
小日向が真斗の頭をぐしゃぐしゃっと撫でる。
「髪乱れるから止めてよ」
「うん、ごめんねー」
「…………」
だがまだ離さない。
ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃと頭を撫で続けている。
「…………姉ちゃん。そろそろいい加減に……」
「んー?」
「…………」
ニコニコと笑みを浮かべながら頭を撫で続ける。
「おい、その辺にしとけブラコン」
すると桃香の後ろから小日向を止める声が。
「あら、今度は日景? おはよー」
「おはよう、日景兄」
真斗が小日向の手を振り払い、日景に挨拶をする。
「どうしたんですか? 兄さん」
「桃香ちゃんを追ってきたんだよ。可愛い可愛い俺の妹の桃香ちゃんを追ってきたんだよ」
「うへぇ……」
「日景兄」
「ん?」
真斗が日景に近寄る。
「新しい家族と仲良くなれたんだね」
「うん、何とかな」
「別に私達仲良くないですけどね」
「え!? 嘘!? ……嘘ぉ」
「そ、そんな顔しないで下さいよ! …………嘘ですよ。冗談ですから」
「「「………………」」」
日景と小日向と真斗が思う。
あ、ツンデレだこれ。
しかもかなりチョロいやつ。
「あのさ、日景兄」
真斗が日景を見上げる。
「新しい生活が落ち着いたならさ……」
「ん?」
スッと視線を逸らし、言いにくそうに逡巡した後、小さな声で告げる。
「そろそろ、さ……。…………前みたいに俺とも遊んでよ」
「「真斗!」」
日景と桃香が真斗を抱きしめる。
「な、何するんだよ二人共!」
「あぁ! 遊ぶぞ真斗! ごめんな寂しい思いさせて! いいぞ! とことん好きなだけ遊んでやる!」
「どうして真斗!? お姉ちゃんとは全然遊んでくれないのにどうして日景にはいつもそうなの!?」
「……もういいから。やっぱ今の無し。俺もう学校行きたいから離して」
「「真斗ーーーー!」」
「あはは、何だこれ」
そんな桃香の後ろに誰かが立った。
「さっきから何騒いでるの。うるさいよ。近所迷惑」
桃香日景に続き、今度は紅梨がやってきたのだった。
「!?」
だが突如驚いた顔になり一歩下がる。
「ち、千明……!?」
「あ。おはよう、紅梨」
「「「ん?」」」
真斗と紅梨のやり取りに他三人が首を傾げる。
「真斗、お前紅梨ちゃんと知り合いなのか?」
「知り合いも何も同じクラスだよ」
「ねぇ真斗、どうして紅梨ちゃんの事呼び捨てで呼んでるの?」
「どうしてって言われても……海馬沢って呼んだら俺には日景兄のイメージがあるし。だから名前で呼んでる」
「『ちゃん』とか『さん』とか付けないの?」
「付けないのって……。…………女子にちゃんとか付けて呼ぶの、なんか恥ずかしいんだよ……」
「小学生だ!」
「小学生だな!」
「何なんだよもう。俺がクラスメイトをどう呼ぼうが関係無いだろ二人には」
柚良や桃香はともかく、紅梨や苺香は再婚時の引っ越しに合わせて通う場所が変わっていた。
その転校先で、紅梨と真斗は同じクラスになったらしい。
「……じゃ、私行くから」
そう言って不機嫌そうな顔の紅梨が歩き去る。
「仲悪いの? お前ら」
「仲悪いっていうか……」
真斗が気まずい顔をする。
「日景兄の妹だと思って気を遣ったら……そのせいで嫌われた」
確かに紅梨はそういうの嫌がりそうだと桃香が思う。
「ねぇねぇ真斗、お姉ちゃんちょっと気になるんだけど。真斗はその、紅梨ちゃんの事好きとかそういうのはあるの?」
「え? いやそういうのは全然無いけど」
素の表情なので本音だろう。
「むしろ……」
チラッと日景の方を見る。
「日景兄を取り合うライバル、みたいな?」
「真斗ぉーーーー!!」
「あ~もうわかったってばそれ。離れてよ」
そこへ、ダンダンダンと大きい足音が近寄ってくる。
「あれ? 紅梨ちゃ――」
「取り合ってなんかないし!」
日景に真っ赤な顔で怒鳴る。
次にキッと真斗を睨む。
「取り合ってなんかないでしょ!」
「う、うん。ごめん」
驚いて咄嗟に謝る真斗にフンッ、とした後日景と桃香の背中を叩く。
「ほら、二人も早くしないと遅刻するわよ」
そこでふと小日向が思い出した様に言う。
「そうだそうだ。それで結局、桃香ちゃんと日景は何の用事でうちに来たの?」
「俺は桃香ちゃんを追ってきた」
「小日向先輩!」
「わっ、何?」
「い、一緒に学校行きませんか!?」
「あー、そっか。私の事誘いに来てくれたんだね。うん、いいよー」
「やったっ」
「私はいいんだけど……」
日景の事を見る。
「日景が、」
「言わんくていい」
「日景が、」
「言わんくていい」
「日景が、」
「言わんくていいと言っている」
「日景が私と一緒に登校するのを止める時にその理由を皆と一緒に登校する為だって言ってたから、私が桃香ちゃんと学校行ってもいいのかなって」
「「え?」」
「いつも皆で一緒に行ってるんでしょ? 学校」
「言わんくていいって言ったのにぃぃいいいい!!!!」
日景が手で顔を隠してしゃがみ込む。
元々仮面で隠れているのだが。
「その話初めて聞いたんですけど。どういう事ですか?」
「言ったままだよ。元々日景は毎日私と一緒に学校行ってたんだけど、皆と暮らし始める時に、これからは姉さん妹達と学校行く様になるだろうからしばらく一緒に通えなくなるんだ、ごめん、って謝りながら言われたんだよね」
「やめてぇぇええええ!!!!」
「兄さん……」
「お兄ちゃん……」
紅梨と桃香が哀れむ目で日景を見下ろす。
そんな事知らなかった二人は、日景の事を避けてあえて別々に行っていた。
「あの、私そういうの全然気付かなくて……」
「ごめんね? お兄ちゃん。今日からでもいいなら一緒に学校、行こうか」
「優しくしないで! 優しくしないでぇ!」
そんな騒ぎを見ながら呆れた様に真斗が言った。
「そろそろ遅刻するよ……」




