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一件落……着?

「苺香ちゃん!」

「ままぁぁぁあああ!」

「苺香!」「苺香ぁぁああ!」


 日景がマンションの下に降りると、苺香を抱いたその姿を見た家族達が車を飛び降りて、よろけながら駆け寄って来た。

 日景が沙椰に苺香を渡すと、明日真が前に立つ。


「…………日景君」

「………………」

「日景君、俺は……」

「……いいって、気にすんな」


 日景が明日真の肩を叩く。


「あの場に、あの家にあんたが居た事もまた、必要な事だった。彼女達だけじゃ、不安で潰れちまってたかもしれない」

「………………」

「けど」


 グッ、と明日真の肩を強く掴む。


「ケリは今、ここでつけてこい」


 苺香を抱きしめながら、沙椰も明日真の方を見て、深く頷く。


「桃香ちゃん、苺香ちゃんをお願いしてもいいかしら?」

「まま……?」


 不安そうな苺香の頭を優しく撫で、沙椰がマンションを見上げる。


「今回の事は、そもそもが全部、私のせいだから……。私の弱さ、卑怯さ……そういう物が、皆を苦しめた」


 悲しそうな表情で小さく動かした口の動きの中には、健雄の存在も含まれていた様に思う。


「けど……」


 意志の強い目で、ギュッと拳を握る。


「今度こそ、ちゃんと全てを終わらせてくるわ」


 そう言って、申し訳なさそうな顔で沙椰が柚良を見るが、柚良は反応しなかった。


「皆はお兄ちゃんと先に帰ってて」

「まま!」「お母さん!」


 叫ぶ苺香と紅梨に軽く手を振り、沙椰が明日真と共にマンションの中に入って行く。


「さて……」


 日景が姉妹へと近付く。


「車を俺が運転する訳にもいかないし、タクシーでも呼ぼうか」

「何言ってるの!? 早く二人を追いかけないと!」


 紅梨が日景に掴みかかる。


「駄目だよ、紅梨ちゃん」

「何が駄目なの!?」

「ここから先は、当事者だけで解決しなきゃいけない事だ。俺達部外者が口を出すべきじゃないよ」

「ぶ、部外者って……! 私達は部外者じゃないじゃない! 子供なんだよ!?」

「いーや、お前らは部外者だ。少なくとも、今のあいつらにとってはな」

「え?」


 声に紅梨が振り向くと、そこには日景の育ての親、清四郎と静香が居た。


「あ、……と」


 予想外な第三者の登場に、紅梨が少しだけ動揺する。


「確かに言う通り、本来なら息子娘であるお前らは部外者じゃねぇ筈なんだけどな」

「おい」「わ、ちょっ」


 清四郎が日景と紅梨の頭をガシガシと撫でる。


「……歳をいくつ重ねても、子供が何人産まれても。本人達にその気が無けりゃ、いくつになったってガキはガキのまま。大人にも親にもなれねぇもんなんだよ」


 清四郎がマンションを見上げる。


「ったくよ。あいつら揃いも揃っていい歳こいたガキばっかなんだ。それに付きあわされる子供の方は、たまったもんじゃねぇよな」

「清四郎さん、そろそろ」

「あぁ、そうだな」


 パン、と手の平に拳を打ち付ける。


「つー訳でちょっくら一つ、でっけぇガキ共に説教でもかましてくるわ」

「せ、説教……?」


 困惑した顔をする桃香に静香が優しく言う。


「こういう話はね? 本人達だけじゃどうしても冷静な話し合いになり辛いから、第三者が一緒の席に居た方が良いの」

「その第三者ってのもまた難しいんだけどな。本当に全くの他人だと、お前関係無いだろってなっちまうし」


 そういう意味だと、この二人はちょうどいい立ち位置の人間なのだろう。


「静香は明日真の車で先にそいつらを家まで送ってやれ。その後タクシーでここまで戻ってこい。あの馬鹿、こんな所に路駐したら警察来ちまうだろ」

「ええ、わかったわ。それじゃあ皆、行きましょうか」

「え、でも」「あ、ちょ」


 その強引さに、姉妹が疑問を抱いたり意見を言う間も無く流されてしまう。

 明日真、沙椰、健雄の三人に対してだけじゃなく、姉妹にとってもこの二人の第三者ぷりはちょうど良かったのかもしれない。

 その後、日景含む姉妹を家に送った後、静香はまたマンションへと戻って行った。

 家に着いた頃にはもう夕方になっていた事もあり、子供達は夕飯を食べる事にした。

 食欲なんて無い。

 けれど、皆で夕飯を食べたい、と思ったのだ。

 手の込んだ物は作る気にも食べる気にもなれなかったので、簡単におにぎりを紅梨が握った。

 おにぎりなら、話し合いが終わった後帰ってきた両親にも後から食べて貰える。

 皆が無言のまま、モソモソと食べていると、苺香がおいしいねと呟いた。

 その後更に、ぽろぽろと涙を流しながら、何度も何度も、おいしいね、おいしいねと呟き、それを聞いた桃香や紅梨も、美味しいねと頷きながら涙を流した。

 食事を終えると姉妹は順にお風呂に入り、日景が最後に入って出て来た頃には、疲れてしまったのか皆もう自分の部屋に戻ってしまっていた。


「姉さん?」

「………………」


 ただ一人、長女の柚良を除いて。







      *







「皆はもう寝たんだ……。姉さんは? テレビ見てたの?」

「…………………」


 リビングでソファーに座り、テレビを見ている姉さんに話しかける。

 まぁ時間だけ見ると寝るにはまだ早い時間だし、起きてても全然変じゃないんだけど。


「隣、座るよ」

「……………………」


 返事はしないが首をカクン、と曲げてこちらを確認する。


「………………」

「………………」


 その後しばらく二人、無言のままテレビを見る。


「………………」

「………………」

「……そういやさぁ、姉さん」

「……………………」

「俺、今回の事で不思議に思ってた事があるんだよね」

「………………」

「健雄一人で、こんな事出来るもんなのかな、って」

「……………………」

「苺香ちゃんを呼び出すのだって、他の家族にバレないタイミングを計ったりする必要ある事考えたらさ」

「…………………………」

「誰か、ウチの中に協力者が居たんじゃないかなって思うんだよ」


 言った通りの事を、俺は疑問に思っていた。

 幼児一人を誰にもバレずに外に連れ出すとなると、事前に約束をして、だけじゃ流石に無理がある。

 帰宅する時だって、怪しまれない様にするには家族の様子を見なければいけない。

 状況を見ての判断。

 それも、幼い苺香ちゃんじゃなくある程度大人の判断が必要だ。


「そう考えると、我が家で健雄に協力する事が出来るのは、携帯電話を持っていない紅梨ちゃんを除いて五人。そこから、突然の残業や休日出勤等の可能性を考えて、家に居る時間が安定せず、ちゃんと見張る事が出来ない明日真さんと沙椰さんを外すと、三人。更に、そもそも健雄の連絡先を知らない俺を除けば、後は二人。桃香ちゃんと、姉さん」

「…………………………」

「で、後はまぁ勘。何となく、そうなんじゃないかなー、って。桃香ちゃんのあの嫌いっぷりはガチだし、協力なんてしないでしょ。で、そしたら後は姉さんしかいないかなーって。姉さんでしょ? 健雄に協力してたの。別に証拠とかある訳じゃないし、そんな事してない、妙な言いがかりつけやがってー、って怒られたら謝るしか無いんだけどさ」

「……………………」

「どうしてこんな事したの?」


 姉さんが健雄に協力しそうな理由はいくつか想像がつく。

 彼女の家庭環境を考えれば。

 それは、父親への愛情なんかでは無く、母や姉妹に対しての……。


「日景君……」

「え?」


 姉さんが俺の頬に手で優しく触れる。


「姉さん、どうし――ンムッ!?」


 そして、そのまま顔を支えて、キスをされた。

 それも、舌こそ差し込まないものの、唇を強く押し付けた深いキス。


「……ん」

「はぁ……」


 唇が離れる。


「…………ね、ねえさん……」


 突然の行動に俺がぼんやりとしていると、姉さんが今まで見た事も無い様な笑みを浮かべ、俺を見ていた。

 とても澄んだ瞳。


「私はね……?」


 俺の頬を、愛おしそうに、包み込む様に。

 何度も何度も優しく撫でる。


「家族の事が大嫌い。母親の事も、妹の事も。…………憎んでる」


 姉さんが腕を俺の首に回して、抱き着いてくる。


「……でもね?」


 抱き着いた腕に力が込められ、姉さんの体の感触とお風呂上がりの匂いに、ドキッとする。


「それと同じ位、皆の事を愛してる」


 憎しみと愛情は、同居する。


「皆が幸せそうにしていると、許せない。でも皆が悲しむと、辛くなる」


 相反する感情。

 人の心は理屈じゃない。


「だからね?」

「ちょ、ちょっと! 姉さん!?」


 俺から身を離すと姉さんは俺の手を掴み、柔らかな胸にむにゅっとその手の平を押し付ける。


「皆には、大怪我しない程度に怪我してほしい。苦しみ過ぎない程度に苦しんで欲しい」

「ね、姉さん……!」


 その微笑みは、ゾッとする程無邪気で、美しかった。

 すっ、と何事も無かったかのように俺から離れると、ソファーから立ち上がる。


「おやすみ」


 立ち去る姉さんに、おやすみの挨拶を返す事も出来ない。

 ソファーの背もたれに頭を乗せる様に寄り掛かり、手で目元を押さえる。


「やられた……」


 手に残る姉さんの胸の感触。

 意識させられてしまった。

 姉や妹達が、兄妹である前に、女である、と。


「勘弁してくれよ……」


 勿論、俺には彼女が居る訳だし、手を出したりするつもりは全く無い。

 けど、意識してしまう事。

 それ自体がマズい。


「大怪我しない程度にって事は……」


 俺が皆を女として見てしまい、気まずくなる。

 けれど、我慢出来ずに手を出してしまうところまでは想定してない。

 それだと大怪我どころの話じゃなくなるから。

 今回の事も、そう考えると上手くバランスが取れている。

 皆を適度に苦しめ、けど最終的な結果を見れば、皆の不安の種が綺麗に取り除かれ、家族の絆はより深まっている。

 姉さんは同じ高等部だから俺の事をある程度知っていた。

 だから、健雄と俺がぶつかれば、最後にはこうなる事が予想出来ていたのだろう。


 ブルルルル……ブルルルル……


 携帯が震える。

 電話じゃなく、メールだ。

 メッセージを確認すると、明日真さんからだった。

 話は上手くまとまったらしい。

 それはもう、今までの事が嘘だったかの様にあっさりと。

 代わりに、健雄が俺の携帯番号を教えてくれとしつこかったらしいので、気持ち悪怖いから折を見て健雄を去勢しておく事にする。


「寝るか」

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