その素顔は、全ての者を惚れさせる
「このイケメンの――」
妙な動きと発言に熱中して日景が健雄から視線を逸らしている隙に、健雄がガラス製の重い灰皿を全力で投げつける。
「効かん!」
「!?」
気付かれていたらしい。
叫ばれた。
だが。
「何ぃ!?」
その後に起こった事象に、健雄が驚愕する。
「ゲギャ!」
健雄が蛙が潰れた様な声を出してひっくり返る。
投げた灰皿が日景にぶつかる直前で、何故かバットで打ち返されたボールの様に物凄い勢いで跳ね返って来たのだ。
「あ……がぁぁぁぁああああ!」
再度鼻を潰されて、止まりかけた鼻血がまたも流れ出す。
「愚かなり健雄! 我が美しさは人類どころかこの世界そのものの財産なんだぞ!? そんな美の秘宝を傷付けるだなんて、世の理が許す筈が無いだろう!」
「な、何を訳のわからない事を言ってやがる、化け物め! 何なんだそれは、ふざけるな!」
「化け物ではない、イケメンだ!」
ウザかった。
「ならば見よ! 我が美しさの起こせし奇跡を!」
そう言うと、日景が両腕を広げる。
「イケメーン…………フラーッッシュ!」
「んな!?」
その瞬間日景から、言葉では表現出来ない見た事も無い様な美しい光が放たれ、その光が部屋の中を埋め尽くす。
「ば、馬鹿な!?」
すると、ギトギトベトベトと汚れていた床からは汚れ一つ埃一つ無くなり、丁寧に磨き上げられたかの様にキラキラと美しく輝き始める。
そして部屋の隅に転がっていたゴミやゴミ袋は神々しい光の粒子に変わり、分解消滅していった。
「な!? ……いや…………うん」
その光景を見ている内に、健雄の表情から怒りや憎しみが消える。
光の美しさに当てられたのもあるが、何よりこの非現実的な光景に、これ以上は何をしても何を言っても無駄だと理解したらしい。
諦念の表情になる。
「あぁ…………うん。流石にそこまで酷くは無かったが……。そういう所は本当に親子なんだな、お前達は……」
「ん?」
何かを懐かしむ目で、健雄が日景の事を見つめる。
「いつも無茶苦茶で、やりたい放題豪快で…………そういう所に、沙椰は……」
健雄の、語りかける様な独り言。
「自分が最低な事をしていると、とっくの前から気付いていたさ。けれど、どうしようもなかったんだ。……俺は…………沙椰を、愛していた。沙椰に、愛して欲しかったんだ……」
「知らんがな」
つい本音が出てしまった。
「………………」
「……やっぱ知らんくないです。どうぞ続けて下さい」
健雄が物凄く嫌そうな顔をしながらも続ける。
「お前にとっては苛立つ話だろうが……。はっきり言って俺は、娘達に父親としての自覚が持てない。それは今までも、そしてこれからもずっとだろう。……愛情が全く湧かないんだ。ただひたすらに、その存在が苛立たしい」
「………………」
「俺に似たその顔で、俺には向けられない愛情を沙椰から受けている娘達が、憎くて仕方ない」
別にお前と皆似てねーけど、とは思っていても言わない。
「今回の事も、その娘達を自分から遠ざけて、沙椰だけ自分の元に取り戻せると思ってやった事だ」
「じゃあ、明日真さんと沙椰さんの再婚を邪魔せずあっさり認めたのは、つまり……」
「あぁ、そうだ。不愉快極まりない事だったけどな。それでも、沙椰とまた二人での生活を送る為に、邪魔な娘達を押し付ける相手が必要だった」
我が儘で、自分勝手で、本当にとんでもない発言。
だがそれらは全て、紛れも無い健雄の本音だった。
「沙椰が……好きなんだ。俺には沙椰が必要なんだ……愛してるんだ……」
「んー……」
日景が頭をかきながら言う。
「すまん。その気持ち、全っ然わっかんねーわ」
そして、ヘラッ、と健雄を馬鹿にした様な顔で笑う。
「だって俺モテるし、お前みたいに振られないし」
「な!?」
「イケメンだし、勝ち組だし」
「貴、様……!」
「不細工とか負け犬の気持ちなんかわかるわけねーわ」
「お前ぇぇええ!」
「あはははははは! だっさいわー、だっせ! 超だっせ! きっしょ! 自分の娘相手に嫉妬して八つ当たりとか馬っ鹿じゃねぇの? マジ、恥ずかしくねーの? そりゃ沙椰さんもお前にゃ惚れねぇよ、ドン引くよ。だって、だせぇし、きめぇもん」
「日景ぇぇぇえええ!」
健雄が殴りかかろうとするが、鼻を軽く蹴り飛ばされて転がる。
「がふゅ!」
「……ま、そんな俺だけどさ。負けカスのお前はともかく、沙椰さんの気持ちの方はちょっとだけ想像出来るぞ?」
「な……に?」
執拗に鼻ばかりを狙われて、健雄の鼻が真っ赤に大きく腫れ上がっている。
「沙椰さんさ。最初はともかく、途中からは何だかんだでお前の事愛そうとしてくれてたんじゃないのか?」
「………………ぇ?」
「桃香ちゃんが産まれてから、だっけ? 娘達にも優しく接する様になったっての。それってさ。桃香ちゃんが産まれたのを切っ掛けに、お前と娘達との関係を、もう一度最初から見直して、今度はちゃんとした家族関係を作ろうとしたって事じゃねぇの?」
「どう……いう……」
「なんつーか、お前の望む形とは少し違うかもしれないけどさ。……家族愛っつーの? そういう別の愛情の形で、お前と生きて行こうとしてくれたんじゃねぇの?」
「あ…………」
健雄にも思い当たる事があったのだろう。呆けた表情になる。
「恋愛感情云々に関しては、やっぱ無理なもんは無理だよ。お前と沙椰さんは、近過ぎたんだ。沙椰さんの中でお前の存在は、やっぱ家族なんだよ。恋愛対象にはどう足掻いてもなれない。それはあんたにだってわかるだろう? 容姿や性格が悪くなくても、興味無い女にいくら言い寄られたところで、抱けはしても好きになる事は出来ないって」
「………………」
「だから沙椰さんは、違う形の愛情でお前と生きていこうと思ったんだ。状況や沙椰さんの性格も勿論あるだろうけど、にしたって、本当に生理的に受け付けない様な奴と結婚して一緒に暮らしたりなんかそうそう出来ねぇよ。沙椰さんは、何だかんだでお前の事を大切には思っていたんだ。恋愛感情とは別だとしても、ちゃんとお前に好意を抱いていた」
「そんな……いや、けど……」
「なのにあんたは、それを全部自分でぶち壊しちまった。ガキみてぇな、クソ醜い、無様な低能感情のままに好き勝手振る舞って、全て台無しにしてしまったんだ」
「あ…………あぁ……」
健雄が頭を抱える。
「俺は……何て事を…………」
だがそんな健雄に対して、日景の視線は冷たい。
何故なら、その彼の反省はあくまで自分の行動に対しての後悔で、沙椰や姉妹への罪悪感では無い事がわかっているからだ。
それは、もし自分が行動を間違えていなければ今、沙椰と幸せに暮らせていたかもしれないという、自分勝手な理想への後悔。
「………………でも」
健雄が、ボソッと言う。
「でも、無理だ。俺に沙椰を諦める事なんて、出来ない……」
「お前……」
バッ、と顔を上げると、目を見開いた、追い詰められた表情で日景を見る。
「無理な物は無理なんだ! あはははは! あぁ、俺の事が不愉快なら好きにするが良い! 殴ろうが蹴ろうが構わない! それでも! それでも俺は沙椰の事を愛しているんだ! 何をされようと言われようと! 諦める事なんて出来ない!」
「………………」
理屈じゃ、無いのだろう。
嫌えと言われても、諦めろと言われても。
愛情というのは、自分の感情で制御できる物では無い。
「あはははははははははははははは! 沙椰! 沙椰! 沙椰ぁぁああああ!」
健雄の言う通り、今ここで日景が何を言ってもしても、それこそ殺されでもしない限り、健雄は止まらない。
全てが暴かれ、心が打ち砕かれた彼には、精神のブレーキがもう無いのだ。
このまま放っておけば、何をするかわからない。
「…………仕方ないな」
「あはは……はははははは…………はぁ?」
日景が笑みを見せる。
「そうだよなぁ、気持ちを捨てろだなんて言われても、実際無理な話だよなぁ」
そして、自分の面に手を当てる。
「だったら忘れさせてやるよ、俺が……」
「は?」
ゆっくりと、面を外す。
「このイケメンが…………最高の美貌でな」
日景の素顔を見た健雄が、動きを止める。
「ぁ…………おぉ……あぁ…………!」
そのあまりの美しさに、感動と興奮で無意識に口角が上がり、少しでも強くその姿を脳裏に焼き付けたいと必死に目を大きく開いて、瞳孔を限界まで開き、ボロボロと涙を流しながら。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!」
闇雲に絶叫し、絶頂し。
健雄は失神した。




