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イケメン、食堂に現る

 明るく広々とした空間に響く喧騒。

 複数並ぶ椅子と長テーブル。

 料理を乗せたトレーを持って行き交う人々。

 ここは次女、桃香の通う学校の食堂だ。

 今は昼休み。

 鬱屈とした時間を終えた解放感からか、そこに居る生徒達は皆、明るい表情をしていた。

 そんな場所で桃香がクラスメイトと共に昼食を食べている。


「桃香、そんなに食べてよく太らないね」

「ん~、ウチの家族って皆食べてもあんまり太らない体質なんだよねー。あずみの方こそそれで足りるの?」

「うん、足りるよ」

「うそー」


 微笑む友人のあずみに、桃香が信じられないという顔をする。

 緑皇学園(りょくおうがくえん)。それが桃香の通う学校の名前。

 緑皇学園は中高一貫校で、学校の方針から図書室や食堂など一部の場所を中等部と高等部で共用している。

 食堂の場合、高等部と中等部で共用すると席が無かった場合や列に並ぶのが面倒な場合等に、高等部生徒が中等部生徒から席を奪ったり列に横入りをしたりしそうなものだ。

 しかしそこは、高等部の生徒会や風紀委員、食堂のおばちゃん達がしっかりと目を光らせ、トラブルを起こす様な生徒にはキツい処罰を与えるので、食堂内は特に揉め事も起こらず平和だ。

 ちなみに今桃香が食べているのは、『日替わりガッツリ定食』。

 緑皇学園の日替わり定食には、男子生徒向けの『ガッツリ』と、女子生徒向けの『ヘルシー』がある。

 美容と健康の為、一回一回の食事に含まれるカロリーと栄養バランスを必要以上に気にする女子生徒と、そんな物一切気にせず、空腹を抑える為にただひたすら胃の中に重たい食べ物を詰め込みたいだけの男子生徒。

 その両方の意見を取り入れたあり得ない矛盾メニューを考える事を即諦め、大人しく別々の物を用意する事にした結果生まれたのが、この日替わり二種制度だ。

 勿論、今の桃香みたいに女子生徒がガッツリを頼む事も、男子生徒がヘルシーを頼む事も可能だ。

 ただ、ガッツリを頼む女子生徒は結構居るが、ヘルシーを頼む男子生徒はほとんど居ないらしい。

 そして今、桃香の皿にはその一食だけで一日分のカロリーを摂取出来そうな位、ガッツリという名に恥じない量たっぷりとフライが盛られていた。

 まず魚系として、得体の知れない白身魚に小ぶりのアジフライが盛られている。

 大きなエビフライが入っていたと喜べば、尻尾と身の大きさのバランスが明らかに合っていない。

 齧ってみると案の定、しなびた細く頼りない小さなエビが分厚い衣で包まれているだけで、ガッカリさせられる。

 彩りや栄養バランスを考えた野菜のフライなんかは一切入っておらず、しいていえば衣がシナシナ中スカスカ、箸で持つだけで崩れそうになるコロッケが、肉や魚以外に入っている唯一のフライだろうか。

 肉系は、前日に売れ残ったハンバーグに衣を付けて揚げただけな気がするメンチカツに、紫蘇やらチーズやらで味の変化を加える気が全く無い、味付けが塩コショウだけの実に淡泊なささ身フライ。

 ボリュームだけは確かにあるのだが、どこか物足りなさを感じるラインナップだ。

 この計六種類のフライの下には、少しは野菜もとれと言いたいのか、フライ同様これまたたっぷりと千切りキャベツの山が盛られているのだが、このキャベツはフライの油でジトッと湿って、油で湿っていない所はカサカサに乾いて瑞々しさが全く無く、実に食欲を減退させる。

 付いてくる小鉢には漬物ではなく何故か紅ショウガが盛ってあり、汁物も味噌汁ではなく、中華料理店でよくある醤油ラーメンのスープを薄めた様なのが付いてきていた。

 だが、それもわからなくはない。

 古い油を使用し、材料が古くて食中毒が怖いのか素材がカチカチになるまでしっかりと揚げられた上、半ば冷めきった状態で提供されるこのフライは、あまり美味しい物ではない。

 というかぶっちゃけ不味い。

 そこで、大量のソースやドレッシングをかけてフライの油臭さを誤魔化し、かけた調味料の味の濃さを大盛りのご飯で中和し、紅ショウガのピリッとした辛みで口の中をリセットさせながら、中華スープで流し込む。

 それがこのガッツリ定食の食べ方だ。

 漬物や味噌汁では味にパンチが無さ過ぎて、この極悪フライに押し負けてしまう。

 そんな苦行じみた食べ方をしてまでこれを頼む必要は無いだろうと思うかもしれないが、何と言ってもこの量だ。

 これで値段も安いというのだから、空腹を抱えた餓鬼の様な貧乏学生達は、このガッツリ定食を頼まざるを得ない。

 ちなみに今日のもう一つの日替わり、ヘルシー定食は、得体の知れている白身魚のタラに野菜のあんがかけてある物がメインで、他にコーンが乗ったキャベツとトマトとキュウリのサラダ(こうやって別のメニューで使われたキャベツの残りが翌日のガッツリに使われているという噂)、小鉢には酢ごぼうが盛ってある。

 味噌汁もヘルシーの物にはキノコが入っていて、ワカメしか入っていない他の定食の味噌汁と差別化されている。

 どうやら味噌汁を注ぐ椀がヘルシーの物は別になっていて、そこに特別な具が入っているらしい。

 モグモグとガッツリ定食を食べながら、ヘルシー定食を食べるあずみに桃香が聞く。


「やっぱりフライとか分けようか?」

「ううん、その気持ちだけで十分。ありがとう、桃香」


 笑顔でやんわりと断るが、そっとトレイを桃香から遠ざけている辺り、あずみも何気に必死だ。


「ん?」


 すると、食堂の入り口がざわざわと騒がしくなってきた。


「誰か名前持ちが来たのかな?」


 桃香があずみに聞く。


「この時間でこの人の集まりようだと、『イ』の方の四天王じゃないかな」

「あー、そうかも」


 緑皇学園には、いい意味でも悪い意味でも目立つ人が多い。

 そして、そんな目立つ人物には様々な通り名が付けられる。

『番長』や『姫』みたいにわかりやすい物から、『落下式洗濯機』や『黒色の白』等、聞いただけではどんな人物かサッパリわからない物まで、実に様々だ。

 二人の言った『イ』の四天王というのも、目立つ人物として通り名を持った、美しい容姿をした四人の男子生徒達の事を指す。

 四天王とだけ呼ぶと他にも沢山いる四天王と被ってしまうので、生徒達は彼らの事を『イの四天王』と呼んで区別している。

『イ』というのは、『イケメン』からもじったものだ。

 では、何故そのままわかりやすくイケメン四天王と呼ばないのか?

 それには、ある理由がある。



 

『キャーーーーーーーーーー!!!!!!』




「っ!」


 突然の黄色い悲鳴に驚いて、桃香がソースまみれの食べかけメンチカツを箸から落としてしまう。

 ボチャン、と落下先にあるスープが跳ねた。


「あー……」


 残念そうな顔でスープに浸ったメンチカツを見ると、今度はキッと恨めしそうな顔で食堂の入り口を睨みつける。


「この騒ぎは……四天王じゃなかったみたいだね」

「うん……」


 あずみに言われ、不機嫌そうな顔で桃香が頷く。

 靴底が薄っぺらいただの上靴の筈なのに、コツ、コツ、と何故か革靴みたいな音を立てながら食堂に入ってくる一人の男子生徒。

 身長は百八十より少し高い位。

 足がスラッと長く、体型は何かスポーツをやっているかの様に鍛えられているが、筋肉が細く引き締まっているので、そこまで大柄という訳でもない。

 そんな彼には、ある特徴がある。

 それは、顔に被った黄色い狐の面だ。

 口元だけ出して、顔の上半分鼻先までを隠す、デフォルメされた狐のデザインの可愛いお面。

 そう。

 彼こそ、桃香とつい先日義理の兄妹になった、あの変質者。

 高等部一年の、海馬沢日景だった。

 日景は、学内で最もわかりやすく、シンプルな通り名を持つ生徒。

 それは、『イケメン』。

 彼は学内……いや。

 学外どころか、日本という国すらも飛び越え、世界中の全人類を比較対象にしても、最も美しい容姿を持つと言われる、究極至高、最高峰のイケメンなのだ。

 先ほどの四人がイケメン四天王と名乗る事を許されなかった理由が、正にこれだ。

 彼という真のイケメンの前で、そんな通り名おこがましいにも程がある、という事らしい。

 ……らしいのだが、通り名なんて自分で考える物ではない。

 周りが勝手に付けた呼び名だ。

 なので彼らイの四天王からしてみれば、勝手に通り名を付けられ、その上その通り名について勝手に罵られと、何気に失礼な話である。

 では、そんなイケメンな日景が、何故その美しい素顔を面で隠しているのか? 

 その理由は、実にふざけていた。

 彼の素顔をたった一目でも見てしまうと、老若男女例外無く皆、彼の美しさに心奪われてしまうからだというのだ。

 通称、日景ハザード。

 素顔の彼が道を歩くだけで、その周りにいた人間が片端から彼の美しさに惚れ、一日中彼の事が頭から離れなくなり、人生を踏み外してしまうというのだ。

 何とも頭の悪い話である。

 だが、それが事実なのだから恐ろしい。

 そんな彼の舐めたエピソードを一つ。

 彼の美しさは世界的にも有名で、ある時各界の著名な芸術家達が彼の美しさに惚れ込み、その美しさを自分に表現させて欲しいと、彼をモデルに作品を作ろうとした。

 画家、彫刻家、様々な人がやってきた。

 だが、制作に取りかかる前に全員が挫折した。

 何故か? 

 皆、口を揃えてこう言うのだ。


『海馬沢日景の美しさは、そのまま文字通りの意味で次元が違う。今の人類ではその美しさを表現するどころか、まず理解しきる事すら出来ない。我々が見て感動を覚えるその美しさすらも、全体から見るとほんの一部でしかないのだ』


 またある者は言った。


『過去の芸術家達の時代に、彼が居なくて良かった。彼に出会えば皆、自分が表現出来る美しさの限界を知り、芸術家としての道を諦めてしまう。もし彼が過去の時代に居たのなら、きっと今頃世界の美術館はどこも閑散としてしまっていただろう』


 もう一度言う。

 何とも頭の悪い話である。

 だが、不愉快な事にそれが全て事実なのだから仕方がない。

 ちなみに、今彼が被っている狐の面は、国からの要請で被っている物だ。

 元々はフルフェイスのヘルメットみたいな物を被る様に言われていたのだが、それは流石に日常生活が不便だと日景自身が断った。

 だが、そのせいで露出してしまっている濡れ羽色の美しい髪と、作り物の様な、というより作り物以上に綺麗に整った形の耳元。

 シャープで端麗な顎の輪郭に、見れば誰もが息を飲み魅了されてしまう艶めいた口元だけでも、美しさの片鱗は十分過ぎるほどに伝わる。


「……何が次元の違うイケメンよ。馬鹿じゃないの。お面被ってるんだから素顔なんてどうなってるかわからないじゃない」

「桃香は見た事無いの? 素顔。一緒に暮らしてるんでしょ?」

「無い無い。あの人家でもお面付けっぱなしだし。絶対蒸れてるよね、あの下。お面外したらニキビだらけブツブツで、汗臭いよきっと」


 不機嫌そうな顔で汁に浸ったメンチカツを箸でつつく。


「それにさ、よく言うじゃない? ブスは三日で慣れるけど、美人は三日で飽きるって。どうせあの人の素顔だって、三日も見てたら慣れちゃって、イケメンも何も無くなるよ」

「そうかなぁ。美術品の収集家とかアイドルのファンの人達は、自分の好きな美術品やアイドルのポスターをどれだけ毎日眺めても、全然飽きたりしないと思うよ?」

「……あずみはあの人の味方するんだ」

「味方とかじゃないけどね」


 苦笑しながらあずみが言う。


「実際桃香を羨ましいって言ってる子は結構居るんだよ? ファンだって多いし」

「知らないよそんなの。あの人外見はどうか知らないけど、中身がおかし過ぎるもん。変態と変人を足して二でかけた感じだよ」


 すると桃香が何かに気付いたように箸を置き、あずみに言う。


「ごめん、あずみ。これ私の分も片付けておいてもらっても良い?」


 そして慌ててその場にしゃがみ込む。


「じゃ、私逃げるから」


 言うなりあずみの返事も聞かず、腰を低くしたままササッと日景が入って来たのと反対側の入り口へ向かい、桃香が食堂から出て行った。


「やぁ、桃香ちゃん!」


 その直後、日景が桃香の座っていた場所に突然現れる。


「……って、あれ?」


 だが既に桃香は食堂を出て行った後だ。


「桃香ちゃん臭がするから、確かにここだと思ったんだけど……」


 鼻をスンスンとさせると、桃香が出て行った方の入り口を見て苦笑する。


「やれやれ、照れ屋さんめ」


 残り香で桃香が食堂から逃げた事を理解したらしい。

 首を竦めながら仕方ないなと呟き、桃香の座っていた椅子に座ると、桃香の食べかけの定食を当たり前のように食べ始めた。


「……うん、うん」


 桃香が口を付けた部分を一口食べてから、他の部分を食べる。

 まるで、桃香の食べかけ部分をおかずにする様に。


「定食自体は不味いけど、桃香ちゃんの食べかけだから桃香ちゃんの味がして美味いな」


 日景は桃香の使っていた箸とは別な箸で定食を食べているのだが、たまに桃香の使っていた箸を味わう様に口に含む。


「うん、美味い」


 伏せる言葉無く正直に言って、気持ちが悪い。

 変態だ。


「………………」


 あずみがその様子を見て頬を引きつらせる。

 そして、思った。

 うん、これは確かに逃げたくもなるね、と。

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