『ふんふんふん、ふふふん、ふ~ふぅ~ん♪』
「お断りします」
即答だった。
「そもそも返すだとかやるだとか、物を扱う様な言い方が不愉快です。大体、沙椰さんも娘達も、全員俺の大切な家族です。誰一人欠けさせるつもりはありません」
そして、冷静な声で言う。
「早く苺香ちゃんを返して下さい。これ以上こんなふざけた事を続けるのなら……誘拐事件として、警察に通報しても良いんですよ?」
『……警察だって?』
「そうです。沙椰さんとあなたの離婚の際、あなたが家族にしていた事について表向き一切触れず、円満に済ませる様沙椰さんに言ったのは、俺なりにあなたの社会的地位に気を遣ったつもりだったんですがね……残念です」
『そうか……やはり沙椰との離婚の時に、色々と妙な入れ智恵をしたのは君だったんだね』
「妙な入れ知恵という言い方はあれですが、相談に乗っていたのは俺です」
『………………』
少しの沈黙。
そして――
『あはははははははははははは!』
健雄が笑った。
『そう、そうなんだよ! 何を勘違いしたのか上から目線でよくもまぁ面白い選択をしてくれたもんだ!』
「……どういう事ですか?」
『わからないのか? お前達のおかげで、今もし警察が来ても俺が苺香にさっきと同じセリフを言わせればいいだけの話になったって事だよ』
笑いながら健雄が続ける。
『確かに誘拐事件扱いされるかもしれない。けれど、その理由が新しい家庭で酷い目に合わされている娘達を守る為の行動だとしたら?』
「そ、そんな事!」
『明日真君。俺は、『表向き』は、家族円満、仲良く過ごしてきた事になっているんだよ。娘達の体に、暴力の痕や傷があるか? 食事を与えられず、やせ細ったりしていたか? 衣類は? 小遣いは? 他にも様々、様々な点で、それこそ全てにおいて、俺は何不自由無く暮らせる様にしてやっていたつもりだぞ?』
「「「……………………」」」
それを聞いて、リビングに居る姉妹三人が黙り込む。
確かに健雄の言う事は事実であり、正しかった。
暴力はあっても、怪我の痕が残る程激しいものは無かったし、食事制限や金銭的不自由を強いられた事も、一時的な物はともかく長期的な物は無かった。
家の中ではどうであれ、家の外に気付かれる虐待は一切無かったと言っていい。
『虐待? いじめ? ……はは、笑わせてくれる。全く、今の子供は甘やかされ過ぎで困るよ。そうは思わないかい? 明日真君。ちょっと厳しくされたらすぐにそれだ。呆れるね』
クックック、といやらしい笑い声。
『さぁ、どうするね? それでも呼ぶかい? 警察を。大ごとにしたいのならどうぞご自由に。構わないよ? 俺は。…………その代わり、覚悟しろよ? 大ごとにした結果、お前達が学校でどんな目で見られる様になるのかをな』
「え?」
紅梨の困惑した声。
『当然だろう。警察を呼べば、騒ぎは一瞬にして周知の物になる。そうなれば学校で言われるんだ。『あいつらは家で義理の父や兄から、一体毎日何をされていたんだろうな?』とね』
「ば、馬鹿じゃないの!? 何もされてない!」
『紅梨がそう言ったところで周りに真実はわからないさ。それに、陰口や悪口ってやつはできるだけショッキングな方が盛り上がる。桃香、紅梨。お前達には思い当たる節があるだろう? 既に今の時点で言われている筈だ、色々とな』
「「………………」」
桃香と紅梨が、恥ずかしそうな顔で唇を噛む。
健雄の言う通り、実際今の時点で色々と二人は学校で噂されていた。
元々発育の良い体型の二人は、よくそういう下品なからかいの対象に陰でされていた。
そこへ、男である義理の父と兄と同居という情報が入れば、噂話が盛り上がらない訳がない。
表立って言われる訳では無いので、いずれ飽きるだろうとあえて気付かない様に二人は振る舞っていたが、男子を中心に二人を嫌っている女子等からも、色々と裏で言われていた事は知っていた。
「………………ぅ」
紅梨が手に持っていた携帯が落ちる。
「健雄さん! あなた! 自分の娘になんて事を!」
明日真が怒りに満ちた声で叫ぶ。
『君もだよ、明日真君』
「何がですか!」
『円満家族の筈だった我が家で夫婦が突如離婚。そして、再婚禁止期間を終えるなり別れた妻がすぐに再婚。自分がどういう立場にあるのか、ちゃんと理解した方が良い。それに……』
健雄が楽しそうな声で言った。
『わかってるだろ? 今更父親ごっこなんてしたところでもう遅い。恋人を孕ませて、そのお腹の子供ごと捨てた君の罪が、消える訳じゃないんだよ』
「――っ!」
明日真がショックを受けた顔をして、沈黙する。
『最終的に噂の内容が全て事実無根だと判明した所で、だから何だという話だ。その頃にはもう、お前達の身も心も疲弊し、ボロボロに傷ついている。幸せなんか、程遠い』
「ぁ……あぁ…………」
「うぅ……うう……」
桃香が泣き、紅梨が絶望の涙を流す。
明日真には、もう何も言う事が出来ない。
「…………わかった、もう、わかったから……。これ以上皆を苦しめないで……お願い、健雄さん」
『んん?』
沙椰の声に、健雄が嬉しそうな声を出す。
「さ、沙椰さん駄目だ!」
「健雄さん……私……」
『ふんふんふん、ふふふん、ふ~ふぅ~ん♪』
突如、空気を読まない明るい鼻歌がリビングに響き渡る。
「…………イケメンのテーマ」
ぼそっと呟く柚良の声。
手に持っているのは、紅梨が先ほど落とした携帯電話。
それをハンズフリーにしたらしい。
『そうそう、よく知ってるね、姉さん。これ、うちの第三軽音部が作ってくれた、俺のテーマソングなんだ。イケメンのテーマ。結構いい曲だろ?』
場違いに明るい日景の声。
『あー、なんか全然状況が掴めないんだけどさぁ……』
優しく、けれども頼りになりそうな、力強い声色で、日景が告げた。
『皆、心配しなくても大丈夫だよ。俺が何とかしてあげる。全部、このイケメンなお兄ちゃんに任しとけ』




