提案
「おに、おに……おに、ちゃ」
柚良の携帯電話を手で強く握り、震えた声を出す紅梨。
電話の向こうからは日景の困惑した声が聞こえる。
「おに……ぁの……」
ちゃんとはっきり言わないと伝わらないのはわかっているが、声がどうしても震えてしまう。
町中で桃香が見たのは、健雄の車の助手席に座った、苺香の姿だった。
何故? どうして?
答えはわからない。
それを知る為に明日真が今、健雄の携帯に電話をかけている。
「もしもし! 健雄さん!?」
相手が出たらしい。
明日真が叫んだ。
『どうしたんだい? 明日真君。大きな声を出して。慌てている様だけど、どうかしたのかな?』
「………………」
明日真が不安そうな家族の顔を見て、自分がしっかりしなければと、一度気持ちを落ち着かせる。
「……すみません、健雄さん。そちらに、うちの苺香ちゃんが行っていませんか?」
ストレートに聞く。
正直に答えてはくれないだろうが。
『あぁ、居るよ。苺香なら今、ウチに居る』
「え?」
だが、想定外。
あっさりとその事を認めた。
「そ、そうですか……。では、今から迎えに行きます」
『それは承諾しかねるなぁ』
「え? な、何故ですか?」
『仕方ないだろう? 苺香本人が、君達の居る家に帰るのを嫌がっているんだから』
「は? それはどういう……」
『明日真君。こんな事聞きたくはないんだが…………』
「何ですか?」
『君と、君の息子の日景君は……。ウチの娘達に、一体何をしているんだね?』
「…………は? それは一体、どういう意味ですか?」
何を言っているのかわからない、と聞き返す。
『そこに、沙椰と娘達は居るかい?』
「居ますけど……。いえ、そんな事よりも、」
『なら、他の皆にも聞かせたい話があるんだ。ハンズフリーにして、皆にも聞こえる様にしてくれ』
「何故ですか?」
『………………』
「健雄さん!」
『………………』
「……クソッ」
言う通りにするまで何も話すつもりは無い、という事らしい。
健雄が黙り続ける。
「……わかりました」
明日真が電話をハンズフリーにする。
「しましたよ」
『そうか』
健雄の声がリビングに居る全員に聞こえる様になる。
『聞こえているかい? 皆』
「…………どうして?」
その声に、弱々しい声で桃香が聞く。
「どうしてこんな事をするの……? お願いだから、苺香を返して……」
「苺香を返せ!」
一方、目元に涙を浮かべながらも強気に怒鳴るのは紅梨だった。
「返せ! 苺香を返せ!」
『…………おい、今のは紅梨か?』
「ひっ!」
だが、健雄が低い声で言うと途端に怯えた表情になる。
「健雄さん。これはどういう事なの?」
落ち着く様に紅梨の背を撫でながら、今度は沙椰が聞く。
『沙椰か。どうもこうも無いさ』
沙椰の声を聴くと、どことなく嬉しそうな雰囲気を声色に滲ませる。
『さっきも言ったけれど、苺香に聞いたんだよ。君達、新しい家で随分と酷い扱いを受けているらしいじゃないか』
「は?」
明日真が予想外の事を言われて驚く。
「な、何言ってるの? 私達は別に、そんな……」
沙椰もそれは誤解だと訂正しようとする。
『……あたらしいおうちはきらい』
その時、電話越しに聞こえた声に皆が驚く。
苺香の声だった。
「い、苺香?」
桃香が驚いた声を出す。
「一体何を言ってるの?」
『あたらしいおうちはきらいです。あたらしいおうちで、おにいちゃんとあたらしいおとうさんに、まいにちいじめられています』
「そ、そんな事されてないでしょ苺香ちゃん!? 何を言ってるの!?」
沙椰がそう言うと、健雄の笑い声が聞こえてくる。
「健雄さん!」
明日真が怒鳴る。
「あなた! 自分の娘に何を吹きこんでるんですか!」
『心外だなぁ……俺がそんな事する訳が無いだろう?』
健雄の楽しそうな声。
『今日だって、苺香の方から自分で会いに来たんだよなぁ?』
『…………はい』
「ふざけんな! そんな訳無い!」
紅梨が叫ぶ。
「あんたなんかの所に苺香が自分から会いに行く訳無い!」
『おい』
健雄の低い声。
『随分と言う様になったじゃないか。なぁ? 紅梨』
「っ!」
その声を聞いて、最早条件反射の様に紅梨が黙り込んでしまう。
「……何なの? 一体何が目的なの?」
沙椰が泣き出しそうな声で訊ねる。
「もしかして……最近苺香が遊びに行っていた所って……」
『何だ、やっと気が付いたのか? そうだよ、俺の所だよ』
「何でよぉ……どうして今更……」
桃香が泣きだす。
そしてその泣き声を聞いて、伝染するかのように紅梨も泣き始める。
『そうだな、そろそろ本題に入るとするか』
健雄が、突如優しい声に切り替え、告げた。
『沙椰。戻ってこい』
「え?」
沙椰が驚いた声を出す。
「そ、それはどういう……」
『そうすれば、苺香の事は返してやる』
「え……?」
『いや、苺香だけじゃない。他の娘達にも、今後一切関わらないと約束しよう』
そして今度は明日真に語りかけ始める。
『明日真君。君に俺の娘達をやる。だから代わりに、沙椰の事は返してくれないか?』




