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壊れ始める幸せ

 週末の昼下がり。

 喫茶店で小日向が紅茶を読みながら読書をしていると、「おかわりいかがですか?」とエプロンをしたバイトの店員から聞かれる。


「いえ、結構です。先程頂いたばかりなので」

「そうですか……。では、ケーキのおかわりは?」

「それももう、お腹いっぱいなので」

「そうですか……。では――フブゥ!」


 突如、店員の頬にお盆がめり込んだ。


「イチャついてないで働きなさいよ、海馬沢」

「な、何するんですか姫乃先輩!」


 日景が頬を撫でながら文句を言う。

 お盆をめりこませたのは日景の部活の先輩の、姫乃(ひめの)だった。

 長い髪をポニーテールにした、活発な印象の美少女。

 周りの男性客の何人かが、チラチラとバレない様に気を付けながら彼女に視線を送っている。

 彼らは彼女のファンだった。

 日景と同じ喫茶店でアルバイトをしており、今は日景もバイト中なのだが、そんな立場を無視して自分の彼女に付きっきりだった為、ツッコミが入った。


「おめーもう働かねーなら帰れよ」


 椅子に座って面倒くさそうに言うのは清四郎。

 アルバイト先というのは清四郎の喫茶店だった。


「バイトなんざしなくても明日真に言えば小遣い位貰えんだろ」

「いや、欲しい物あるとかならそれでもいいんだけど、彼女と遊ぶお金は何となく自分で稼いどきたいじゃん?」

「あー……まぁ、その気持ちはわからんでもないなぁ」


 頷いて、小日向の事を見る清四郎。


「へー、そんな事考えてるんだ。海馬沢偉いじゃーん」


 同じく頷きながら、姫乃も小日向の事を見る。


「………………」


 二人から視線を送られた小日向が、恥ずかしそうに俯いて頬を赤らめる。


「じゃ、尚更頑張んなきゃ駄目だろうよ。彼女の為にしっかり働け」

「うぃーす」


 そう言って、日景がやっと真面目に働き始めた。







 自宅のリビングで、沙椰がお茶を飲みながらくつろいでいる。

 明日真は最近仕事が忙しく疲れている様で、お昼ご飯を食べてから部屋で昼寝をしている。

 柚良は沙椰同様リビングに居てテレビを見ており、紅梨は同じくリビングに居るがテレビを見ずに、メモ帳に何か書いている。


「何書いてるの?」


 沙椰が紅梨に聞く。


「夕飯の材料で買い物が必要な物書いてる」

「今日はボールコロッケなのよね?」

「うん」

「日景君が食べたがっていたものね~」

「……それは関係無いから。苺香が言ってたからだから」


 普通に小判型のコロッケを作る場合、ジャガイモと玉ねぎと豚ひき肉の入った物を一種類作って終わりなのだが、ボールコロッケの場合はそうもいかない。

 中の味を色々用意しないと苺香がガッカリするからだ。


「クリームコロッケのホワイトソースは冷やしておかないといけないし、他のもちょっとずつしか使わないのに色々用意しなきゃいけないから、本当に面倒くさい」


 ぼやきながらも手を抜くつもりは全く無いらしい。

 メモ帳に書かれた材料の種類を見ればわかる。


「ふふ」


 そんな紅梨を見て沙椰が微笑ましそうに笑う。


「そう言えば、苺香ちゃんはどこに行ったの?」

「苺香? 苺香は最近よく友達のとこに遊びに行ってるよ。今日もそうじゃないの?」

「えー、危ないじゃない。駄目よそんなの。まだ五歳なのよ? 最近は物騒だし、一人で遊びに行かせるなんて……」

「何言ってるの。まだ、じゃなくて、もう、五歳だよ。小学校にだって来年から一人で行かないといけないんだから、そろそろ一人で行動できる様になっておかないと」

「んー……」


 沙椰が納得出来ていない顔をする。


「じゃあせめて、そんなにお世話になってる相手がいるならお礼の電話位しておかないと。何か迷惑かけてるかもしれないし」


 そう言って立ち上がる。


「何て言うお友達?」

「え? 知らないよ私」


 紅梨が柚良を見る。


「柚良お姉ちゃんは? 知ってる?」

「……………………」

「知らないって」

「そう……。じゃああの子、いつもどこに行ってるのかしら……?」

「「………………」」


 リビングに、どことなく不穏な空気が広がった。







「~♪」


 桃香が鼻歌を歌いながら楽しそうな顔で一人、町中を歩く。

 今日は欲しい本を買いに近くの大きい町まで電車で来たのだが、そこでたまたま地方の有名スイーツ展というのをやっていたので、気になって寄ってみた。

 するとそこに、濃厚レアチーズプリンという美味しそうな物が売っていたので、折角だし買って帰る事にした。

 家族全員分という事で、個数は七個。

 七個も買うと三千円を超えてしまい、桃香の懐的には少々痛い出費だったのだが、浮かぶ表情は嬉しそうだった。


「家族の分だってさ」


 紙袋の中身を思って、少しだけにやける。

 家族の分、だなんて考えながらお土産を買って帰る事なんて、今まで無かった。

 帰ったら夕飯の後にでも食べよう。

 皆喜んでくれるかな? とワクワクしながら点滅している信号の前で立ち止まる。


「………………ぇ?」


 そこで、桃香の表情が固まり、手に持っていたプリンの紙袋が落下した。

 ガシャン、と桃香の足元から聞こえる、幸せの割れる音。


「そんな…………」


 血の気の引いた顔で、桃香が絶望の声を上げた。







「ふぁ~あ…………」


 明日真が起きて部屋から出て来ると、沙椰と紅梨がどこか落ち着かない、不安そうな顔をしている。


「…………ん?」


 異変を感じどうしたのか聞こうとすると、玄関のドアがバン、と乱暴に開く音が聞こえ、足音がリビングに駆け込んでくる。


「い、い、い…………!」


 驚いて皆が見ると、リビングに駆け込んできたのは桃香だった。

 真っ青な顔をした桃香が口を開く。







「そういやあんた、家庭科室の冷蔵庫に入れてあった私のジュース、飲んだでしょ」


 姫乃が日景を睨む。


「ええ、飲みました。とても美味しかったです」


 それにしれっと答える日景。


「ほぉ~?」


 お盆を日景の頬にグリグリと押し付ける。


「な~んでいっつもそういう事するかな~? 私怒るよっていつも言ってるでしょ~? あの新商品のジュース高かったんだからね~?」

「何でってそんなの、怒られるだけで済むならそりゃ飲みますよ」

「コイツ……」

「むしろ、怒られるって名目でこうして姫乃先輩とイチャイチャ出来るのなら、率先して飲みに行きたい位です。飲んで美味しいイチャつけて嬉しい。もう俺にはメリットしか無いですね」

「…………はぁ。よくもまぁ、自分の彼女の目の前でそんな事言えるわね」

「はは、浮気じゃないですよ。姫乃先輩の事は大好きですけど…………小日向の事は、愛してますからね!」

「………………」


 本で顔を隠し、小日向がぷるぷると震えながら言う。


「どうしてそんな事人前で言っちゃうかなぁ……」

「何を恥ずかしがる事がある? 俺はいつ、どこでだってお前への愛を大声で叫べるぞ!」

「ヒュー、海馬沢かっこいー」

「ひ、姫乃先輩も日景を煽らないで下さい! あぁ、もう!」

「あー……お前ら…………仕事しろ? な?」


 清四郎がやれやれと言いたげに呟いたところで、日景の携帯が鳴る。


「あ、電話だ」


 それに何の躊躇いもなく出る。


「バイト中だっつってんだろ……」


 注意するのも疲れたと、清四郎がため息をつく。


「もしもし?」

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