たのしいお風呂
「キッツいなぁ……」
先程聞いた話を思い出して、辛くなる。
まさかとも言えるし、やはりかとも思った。
一応姉妹と初めて会う時、事前に明日真さんから、彼女達は色々と辛い事情を抱えている子達だから、気を遣ってあげて欲しいとは言われていた。
だから初対面の時俺は、全てをさらけ出す事で敵意や危険性が無い事を伝えようとしたのに……。
そのおかげかどうかはともかくとして、現在、姉妹とまだ微妙な距離感のある明日真さんと違って俺は、ある程度だが仲良くなれている、と思う。
それは、明日真さんが仕事の事もあり姉妹と接する時間が少ないせいもあるんだろうけど、何よりの原因は、大人の男性である明日真さんの姿から実の父親を連想してしまうせいなのだろう。
「やっぱあのおっさん、昼間会った時一発か百発位ぶん殴っておきゃよかったな」
「……奇遇だね。私も今、日景の事を一発か百発位ぶん殴っておきたいよ」
「ん?」
声に振り向くと、全裸で椅子に座り、こちらに背を向けて首だけ振り向いた状態で涙目になりながら俺の事を睨む、小日向の姿があった。
「何その恰好。誘ってんの?」
「誘ってる訳無いでしょ! ここ、お風呂! 私の家の、お風呂! あなた、どうしてここに居るの!? ここで裸になって何してるの!?」
何故かカタコトの外国人ぽい言い方で責められる。
「はっはっは、そんな事言うまでも無いだろう! お風呂場で恋人と裸になってやる事なんて一つしか無い!」
後ろからソッと小日向の体を抱きしめる。
「さ、小ひ――」
「ギャー! いやー! 犯罪者―! お母さーん!」
ギャーてお前。
だが……しかし!
「馬鹿め! 助けを呼んでも誰も来んわ!」
「!?」
「お前の両親と姉弟は、俺の渡したホテルのお食事券に釣られてとうに外出済みだ! 今この家の中に、俺とお前以外の人間は一人もいない!」
「何それ私聞いてない! ズルい!」
「え、ズルいって、そっち?」
誰も助けてくれないという状況よりも、自分を置いて皆だけで美味しい物を食べに行ってしまったという点に反応し、小日向が怒る。
「おかしいと思ったんだよ……。ご飯前にお風呂入っちゃいなさいって言われたのに、台所見ても肝心のご飯の用意が何もされてなかったから……」
小日向の母親にお食事券を渡すと、物凄くいい笑顔で親指を立てられた。
勿論他の家族達も文句は一切無し。
それどころかこうしてお膳立てまでしてくれた。
実にいい性格した人達だ。
「さぁ、これでわかっただろ? 今夜しばらくの間俺達は二人きりなんだ。……グヘヘヘ、じっくりと楽しもうじゃないか」
「グヘヘヘって……」
呆れた表情の小日向の首筋に、イケメンな笑みを浮かべながら頬を擦り付ける。
「何その汚い笑顔。もう、だから嫌ってば。疲れるもん。冗談はいいから早く出て行って」
「………………」
本当に素の表情で面倒くさそうに言われる。
「……そ、そんなに嫌がる事無いだろ? ちょっと位いいじゃないか、な? な?」
「ヤダ。絶~っ対、嫌だ。もう、早く出て行ってよ」
「頼んます! 本当、辛抱たまらんのです!」
「知らないよ。これ以上しつこいと本当に怒るよ?」
マズい、本当に不機嫌そうだ。
けど、こんな状況でおあずけなんてありえない。
収まりがつかん。
かと言って無理やりする訳にもいかないし……。
「………………」
小日向の、とても形の良い大きな胸を見ながら、どうするか考える。
(……仕方ない)
「だったら……」
「?」
「ホテルの……食事! お前の家族に食事券渡したのと同じとこのディナー……はキツいから、ランチ! 今度奢るから! それなら……どうだ?」
「やぁんもうダーリン世界で一番大好きっ、愛してるっ、今すぐ抱いて!」
「チョロ過ぎんだろこのメス豚!」
俺に抱き着いて、でへへ、とアホみたいな笑みを浮かべる頭の弱そうな俺の愛する幼馴染。
「もう少し自分の事大事にしろよ! 安過ぎんだろうが!」
「もう、何言ってるの? ダーリン。私達相思相愛のラブラブカップルなんだから、この程度のイチャイチャは当たり前でしょ?」
指先で俺の体にくりくりとのの字を書きながらそんな事を言ってくれる。
「嬉しくない! こんなタイミングで相思相愛とかラブラブカップル言われても全然嬉しくない!」
「大好きだよ、ダ~リンっ」
「妙に色っぽい声で言うんじゃねぇ! ……畜生! 明らかに食い意地張った欲望まみれのメス豚スマイルなのに……嬉しい!」
我慢出来ずに抱きしめる。
「ねぇ、ダーリン……ランチコースに、追加で違う物も頼んでいい……?」
「だ、だから耳元で色っぽく言うなっての!」
「おねがぁい、ひ・か・げ?」
クッソ!
すっげぇ感触の生乳をむにゅむにゅ押し付けながら言ってきやがるんだ、この女!
「ねぇ……」
抗える訳が……無い!
「す、好きに頼めばいいだろ……!」
「やったぁ!」
すると、ニッコリと嬉しそうな笑みを浮かべて、手をわきわきさせる。
「じゃあ、た~っぷりサービスしてあげるね?」
「は? サービス? ……って、おいぃ!? どこ触ってる!?」
「ふふ……大丈夫だから、怖がらないで?」
「や、やめ……あぁ! ちょ、そこ本当駄目だって、触っちゃ汚いって! 本当! 無理! 駄目! そこ、指入れる所じゃない! そこ弄られたら変なもんに目覚めるってば! マジで! 駄目なんだって本当に……小日向待て、やめ、ちょ……あっ、アッ、……アッーーーー!」
*
「………………」
コン、コン
「…………?」
深夜。
桃香が自室の明かりを消してベッドに入ったものの、中々寝付けずに部屋の天井をぼうっと眺めていたところ、ドアを控えめにノックする音が聞こえた。
「桃香お姉ちゃん、起きてる?」
そして、ノックに返事をする前にドアが開いた。
「紅梨?」
入ってきたのは紅梨だった。
「一緒に寝ても……いい?」
そう言って胸元に抱いた枕を見せてくる。
「……いいよ。おいで」
昼間の事で、桃香同様寝付けないのだろう。
桃香が布団をめくって紅梨を招く。
すると、嬉しそうに、でも少しだけ恥ずかしそうに布団に入り、モゾモゾと楽な体勢を取る。
「………………」
「………………」
少しの沈黙。
だがすぐに紅梨が喋りだす。
「…………お兄ちゃんに、知られちゃったね……」
「……うん」
桃香が頷く。
「……お兄ちゃん、怒ってたね」
「…………うん、そうだね」
昼間話を聞いている時、日景は平然とした顔で、特に内容に関しては何も言わなかったが、その拳はギュッと強く握られ、怒りに小さく震えていた。
そして、桃香と紅梨はそれに気付いていた。
「私達の為に、怒ってくれたんだね」
「うん」
暗闇で、紅梨がクスッと嬉しそうに小さく笑う。
「ちょっとだけ、嬉しかった」
「……………」
日景が健雄を追い払った場面を思い出しながら、紅梨が桃香の手を握って不安そうに呟く。
「……もう、大丈夫なんだよね?」
本当に、彼女達と健雄との生活は酷かったのだ。
紅梨にとってその毎日は、苦痛でしかなかった。
姉妹は皆、用が無ければ一日中それぞれの部屋にこもりきりで、毎日健雄から隠れて息を殺す様に過ごしていた。
食事中も、ちょっと食べ物をこぼしたりマナーが悪いと健雄にすぐ怒鳴りつけられる為、緊張感で食欲も湧かず、味も全然わからない。
苺香は健雄から怒られるのが怖くて健雄の前だと食事そのものが出来なくなり、毎日皆が食事を終えた後に、一人柚良の部屋で食べていた。
「桃香お姉ちゃん。……もう、大丈夫なんだよ……ね?」
紅梨が再度、桃香に確認する。
「……うん、大丈夫だよ」
不安だったのは桃香も同じ事。
けれど、昼間の日景と健雄とのやり取りを思いだし、強く言う。
「絶対に、大丈夫だから」
それを聞いて、安心したように紅梨が息をつく。
「そうだよね……お兄ちゃんがきっと、守ってくれるよね」
それから少しすると、紅梨の安らかな寝息が聞こえてきた。
「…………うん」
紅梨に言うのではなく、自分に言い聞かせる為の独り言として、桃香が呟く。
「もう、大丈夫……。きっと、大丈夫」




