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初めまして、イケメンです

 季節は春。

 吹く風はなまぬるく不愉快で、照らす日差しは強くもなく弱くもなく、中途半端で鬱陶しい。

 桜は散り、学生達は新しい生活、環境にやっと慣れ始めてきた。そんな頃。

 料亭の個室に、ある一組の家族が居た。

 名を、(いち)()という。

 家族構成は、母一人、娘四人で女ばかり。


「皆~、お腹すいちゃったかな~? ごめんね~? もうすぐだからね~?」


 母、沙椰(さや)が気を遣う様に娘達へと声をかける。

 子供を四人も産んだとは思えない程若々しく美しい容姿をしており、今日はその美しさを更に引き立てる高価な着物を着て、長めの髪をアップにしている。


「………………」


 高校二年生、長女の柚良(ゆら)は、その母、沙椰の言葉に無反応のまま、ただぼうっと呆けていた。

 艶やかなストレートロングに、前髪を真っ直ぐに切り揃えた所謂お姫様カットがよく似合う、とても美しい少女。

 ……なのだが、死んだ魚の様な目とやる気の無い無表情が、彼女の魅力を完全に殺してしまっていた。

 沙椰の言葉に対して無反応だったのは彼女を無視した訳ではなく、単純に柚良の性格的な問題からだ。

 基本無気力無反応。それが柚良という少女なのだ。


「はいっ、背中に何て書いたでしょーか?」

「…………さ?」

「ぶぶー、違いまーす」

「んー……。よ?」

「それも違いまーす」

「ん、……。せなかだとわかんないから、おなかにかいて?」

「お腹ー? 別に良いけど……って、こ、こら、駄目苺香! ワンピースなんだからスカートめくらないの! パンツ丸見えになっちゃうでしょ!? 背中の時も書くの服越しだったじゃない! お腹の時も書くのは服越し。わかった?」

「はーい」


 柚良と同じく沙椰を無視して、背中に指で文字を書いて何を書いたか当てるゲームをしているこの二人は、中学三年生、次女の桃香(ももか)と、五歳の末っ子、苺香(いちか)だ。

 桃香はセミロングの髪をツーサイドアップにして、制服のブレザーを着ている。

 苺香はシックで少し大人びたデザインのワンピースを着て、ふわふわの髪を肩の少し上辺りで切り揃えてショートヘアーにしている。

 本人的には母や姉達の様に髪をもっと長く伸ばしたいらしいのだが、これより長くするとお菓子やら何やらをベタベタとくっ付けてしまったり、ご飯を食べる時に一緒に食べてしまったりするので、もう少し大きくなるまではこの長さまでと家族から言われている。


「み、皆ぁ~」

「ちゃんと聞こえてるよ」


 困った様に再度声をかける沙椰に、小学五年生、三女の紅梨(あかり)がやっと返事を返した。

 紅梨は長女の柚良同様ロングヘアーなのだが、こちらはストレートではなく、苺香同様パーマをかけた様に癖毛でふわっとなっている。


「別にお腹減ってないし。心配しないでいいよ」


 返事はするのだが、視線は手に持った携帯ゲーム機の画面に向けたまま。

 カチカチとボタンを押す音が聞こえ続ける。


「…………はぁ」


 そんな姉妹の様子を見て、沙椰がため息をつく。


「賛成、してくれたじゃないの皆……。だからお母さんは……」

『………………』


 沙椰がポツリと呟いた言葉を、姉妹が再度無視する。

 正確には無視したというより、答えようが無かっただけなのだが。

 実は今日は、沙椰が再婚する相手と姉妹との、初顔合わせの日だった。

 姉妹は相手の存在を知ってはいたが、実際に会うのは今日が初めて。

 はっきり言って、姉妹は再婚なんか反対だ。

 決して裕福とは言えない狭いアパートでの五人暮らしだったが、それでも彼女達は幸せだった。

 母だけに苦労を背負わせまいと、皆で協力し、節約を重ね、頑張って暮らしてきたのだ。

 柚良はまぁ戦力外として、桃香は学校に申請を出して新聞配達をし、紅梨は小学生という事で自由になる時間が多い分、掃除洗濯炊事と家事をこなし、苺香も出来るだけ自分の事は自分でやる様にして、共に支え合い、毎日を過ごしてきた。

 だが、現実は厳しかった。

 職歴も大した学歴も無い沙椰が女手一つで子供を四人も育てるのには、無理があったのだ。

 今でも十分若く見える沙椰だが、以前は更に若く、美しかった。

 日々の過労とストレスで、老け込んでしまったのだ。

 それに気付いた姉妹は落ち込んだ。

 そして、母の負担を減らす為にもっと頑張らないといけない、と心を奮い立たせた。

 だが、姉妹はある事を知り、自分達の頑張りが何の意味も成していなかったと知った。

 実は、一ノ瀬家の生活費は、ここまでしても全然足りていなかったのだ。

 そして沙椰は、その足りていなかった生活費を、なんとこの再婚相手の男性に援助してもらっていたというのだ。

 それは姉妹にしてみればこれ以上無い裏切りであり、同時に自分達の無力さの証明でもあった。

 自分達の『お手伝い』では母を支えきれない。

 学校を辞めて働く、という選択肢もあるにはある。

 だがそれは、現実的な話では無い。

 だから姉妹は、この再婚話にノーと言えない。言える筈も無い。

 生活基盤を支える為の代案を、無力な彼女達は用意出来ないのだから。


「……だ、大丈夫よ~。明日真さんはね? 本っ当~に、優しくて良い人なの。きっと皆の良いパパになってくれるわ~」

『………………』


 お気楽な母の微笑みに、誰も笑顔を返せない。

 結婚を考えている相手とはいえ、相手にとって沙椰はともかく自分達はただの他人だった筈。

 そんな他人の家の生活費を進んで負担する男なんて、正直信用出来ない。

 生活費を援助するというのは、プレゼントをしたり食事を奢るのとは訳が違う。

 それはその場一度きりでは無く、関係が続く限り半永続的に続く物なのだ。

 その金額だって馬鹿にならない。

 そんな物を負担する人間は、底抜けにお人よしな単なる馬鹿か、偽善者か。

 ……あるいは、そこに大金を支払うだけのメリットを見いだせる人間かだ。

 そのメリットが、再婚の為のお金のかかるご機嫌取り、というだけならまだいい。

 問題は、それ以外だった場合。

 再婚のその先に、大金を支払うだけのメリットを見出していた場合だ。

 その可能性の一つとしてあり得るだろう事を想像して、桃香と紅梨がギュッと身を縮める。

 沙椰と、沙椰に似た柚良は、細身で美しい均整のとれたモデル体型をしている。

 一方、桃香と紅梨はあまり母に似ず、胸やお尻等の男性にとって性的シンボルとなる部分が、年不相応に大きく育ってしまっている。

 そんな自分達が世の男性達からどういう目で見られているのか、いくら子供とはいえそこまで幼くもない二人はしっかりと理解していた。

 というか、実際にそういう意味でのからかいの言葉を学校で投げかけられたりした事もある。

 タイプこそ違うが、実際の結婚相手である沙椰含め、家族は皆それぞれに美しい容姿をしていた。

 そんな中に、金銭面という絶対的な権力を持った、逆らう事の出来ない相手がやってくる。

 不安。そして恐怖。


(…………もう、どうでもいいや……)


 それは誰の思った言葉なのか。

 再婚相手の男性には一人息子がいるらしい。

 女ばかりの家庭に、ある日突然見知らぬ男性が二人も土足で入り込んでくる。

 想像するだけで吐きそうになる。


「あ、あのぉ~……皆?」


 明らかに葬式ムードな部屋の中で、これは流石にマズいと沙椰も焦りだす。


「あら?」


 すると、ちょうどそのタイミングで、障子戸を挟んだ廊下から声が聞こえてきた。


「あ、来たわ」


 沙椰の明るい言葉に姉妹の体がビクッと震え、硬直する。


『いや、だから日景君! それはマズいって!』

『何でだよ!? 身も心もさらけ出してこその家族だろ!? 信頼というのはまずお互いの――』

『心はともかく身はさらけ出さなくてもいいんだよ!』

『裸の付き合いって言うだろ!?』

『それは同性とやる事! 異性とはしなくてもいいんだよ!』


 何だろうか? 再婚相手の男性とその息子が、どうやら揉めている様だ。


『お、お客様! 落ち着いて下さい!』


 いや、それだけではなくお店の人とも揉めている。


『ほら、とりあえず一旦服着て!』

『ん? ここの部屋か』

『だ、だから駄目だって! 今開けたら絶対に誤解され――』


 ガラッと障子戸が開く。

 中に居た全員がその姿を見て、硬直する。

 そこには、服が怪しく脱げかけた半裸の少年と、その少年の事を押さえ付ける為か後ろからギュッと抱きしめる、成人男性の姿があった。

 少年の服は胸元がガバッと開いて、思わず生唾を飲み込んで見惚れてしまう程妙に色っぽく見える肌が丸見えで、下半身のズボンは太ももまでずり下がりトランクスがモロ見え。

 そしてその姿、見方によっては男性が少年の服を脱がそうとしている様にも見えて、色々な意味で実に危ない感じの光景だった。

 だが少年の怪しいところは、その半脱ぎの露出狂みたいな恰好だけではない。

 むしろ怪しさで言えばそっちの方が目につく。

 その怪しい箇所とは、顔だ。

 彼はその顔に、口元のみを出して顔上半分を隠す、デフォルメされた黄色い狐のお面を被っていたのだ。

 服は脱ぎかけ顔には奇妙な狐のお面。

 はっきり言って、変質者以外の何者でもなかった。


「あぁ……!」


 変質者の服を必死に押さえるのは、男性に向ける物としては適さないかもしれないが、実に美しい顔立ちをした男性だった。

 その彼が、何とも情けない表情をした後、やってしまったと悲しそうな顔で首を振る。

 見れば誰もが見惚れ、道で見かけたら思わず振り返ってしまいそうな程に整った目鼻立ち。

 こんな場で無ければ、姉妹もその男性の端正な顔立ちにドキッとしていたかもしれない。

 だが今はそれどころではない。

 変質者が居る。

 そして、男性は変質者にピッタリと身を寄せて絡んでいる。


「やぁ皆、初めまして!」


 変質者が、恰好からは想像もしない様な美しい声色で、爽やかに語り出した。


「今日から皆さんと新しく家族になる、海馬沢日景(かいばざわひかげ)です! 家族としての友好の意を示す為、身も心もさらけ出して裸一貫! 一切の隠す物無く挨拶しようとしたのですが、止められました!」


『………………』


「勿論、皆にまでそれを強要したりはしません。何故なら、皆にはそんな必要無いからです! 何故って!? だって、友好の意なんて示されなくても皆の事を一目見た瞬間! 背筋痺れて心奪われ、もう一瞬で虜になっちゃったからね! 何だこれ、可愛いなぁもう! ビックリしたよ! 新しく家族になる子達がこんなに可愛い子達だなんて思ってなかったからさ! 何でこんなに可愛いの!? あれ、天使かな? 君達は天使かな? ここは天使たちの楽園かな!?」


『………………』


「皆ー! 大好きだよー! 愛してるぅー! 俺と結婚してくれー!」


『…………………………』


「って、おいぃ! 家族になるってそっちの意味かよぉ! なーんて! 冗談だよ、冗談! あはははははは!」


『…………………………』


「あはははははは!」


 その後も変質者はペラペラとクッソウザい独り言を続けていたが、そんな話はもう誰も聞いていない。

 姉妹は互いに目を合わせ、頷き。

 この段階になって初めて、母に強い意志を持って、はっきりと自分達の意思を伝える事が出来た。




『私達、再婚に反対します』




「「「えぇぇえええ!?」」」


 沙椰と、再婚相手の美しい容姿の男性。

 そして、海馬沢日景と名乗った変質者の三人が、驚きの声を上げる。

 こうして、沙椰と再婚相手であるこの男性、海馬沢明日真(かいばざわあすま)というのだが、その二人の再婚話は、姉妹の説得の為予定よりも半月ほど先送りされてしまう事となった。

 これが、彼女達姉妹と、海馬沢日景との初めての出会いとなる。

 この出会いが、彼女達にとって良い出会いだったのか、悪い出会いだったのか。

 その事がわかるのは、もう少し先の話。

 共に暮らし始めてからの事になる。

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