決戦は二週間後
圧倒的だった。
”漆黒”は、その右手に持つ黒刀を振るい、辺りを焼け野原にしていく。
黒葉と黒鉄も自身の能力をフルに発現させ抵抗しているが、ことごとく”漆黒”に潰され、壊されていく。
「いやはや、これほどとはねぇ」
ルチルも”漆黒”の本気を見るのは初めてだったらしい。
もちろん僕は過去に一回だけ見たことがある。まぁ、その時は常時この状態だったから今までの大人しい状態のほうが、僕はあまり見慣れてないのだけれど。
「本当に、一時はどうなるかと思ったよ」
「殺、さすがにもう死んだかと思ったぞ」
「私も今回ばかりは冗談抜きで死を覚悟したよ」
疲れきった表情で語る殺。
その横でルチルが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「まだ生きてたんですね、あなた。もうとっくにお亡くなりになられていると思いました」
「あら、そこにいるのはもしかして変態部隊の部隊長さんではないですか。まだあの低脳どもと一緒に兵隊さんごっこしてるんですか?」
「殺すことしか頭にないあなた達みたいにならないように、常日頃から訓練してますよ」
「その殺すことしか頭にない私達に、部隊を壊滅させられたのはどこの誰だったかな」
無言で睨みあう二人。今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気が漂っている。
この二人の仲が悪いのは知っていたが、まさかこれほどとは。
「黒流障壁十式。空間変成」
”漆黒”が繰り出した黒い炎と地面が巨大な障壁を作り上げる。
その障壁は見様によっては城塞のようであり、全ての能力を無効化できると言われている。
”漆黒”といえどこの城塞を破壊するのは無理だろう。
「黒鎌終式。死神乱舞」
黒葉の周りから複数の影が現れ、その両手には鎌が握られている。
フードを深く被り、外套を纏うその姿は、人間の恐怖心を引き出すのには十分だ。けれど、相手はあの”漆黒”である以上、見た目は脅威にはならない。僕はあの姿が少しだけ殺鬼さんに似ているため怖いけれど。
「黒葉七式。猛獣」
黒葉をエネルギー波が覆い、やがてそのエネルギー波は一つの形に成っていく。
「なるほど。黒葉の本当の能力はこっちか」
そう。先程までの鎌を使用した能力は、本来黒葉の能力ではない。
黒葉の本当の能力は、あらゆるものに変化し、因子を吸収する。そして吸収した因子の能力を十全に使用することが出来るというものだ。
「どうりで序列三位なのに攻撃がしょぼいわけだ」
「きっと黒鉄の城塞発現までの時間稼ぎだったんだろう」
そうしなければ、攻撃手段を持たない黒鉄を無防備にしたまま僕達と戦闘しなければいけなかった。黒鉄がやられれば自分が本気を出せるこの空間が消滅してしまう。だから本気を出さず、かつ僕達に攻撃の隙を与えない程度の能力で応戦していた。
「雑魚が何匹沸こうが無駄だ」
”漆黒”が刀を一振りすると、辺り一面が黒い炎に包まれる。
「しんでください」
ライガーの姿をした黒葉が、”漆黒”の喉元を狙う。
「貴様が死ね」
向かってきたライガーを”漆黒”は縦に両断する。
二つに割れたライガーの姿をしたそれは、音もなく消滅する。
「流石ですね”漆黒”様。では、これはどうですか」
黒鉄の発現した城塞から、無数の黒い影とライガーが溢れ出てくる。
「黒葉五式。空想飛獣」
城塞の後ろからは、御伽噺に出てくるような巨大なドラゴンが現れる。
咆哮が空気を震わせ、その圧倒的な存在感を知らしめている。
その咆哮を合図に、無数の影とライガーが一斉に”漆黒”に向かって攻撃を繰り出す。
「黒刀一式。一断」
横一線。
そのたった一振りで”漆黒”の前にあったあらゆるものが消滅した。地面は抉れて、かろうじで黒鉄の発現した城塞が残っている。しかしその城塞も半壊状態で、今にも崩壊しそうだった。
圧倒的。
まさに根源にして全ての因子の頂点。
黒の七因子と言えど”漆黒”の前では無能も同然ということか。
「黒刀二式。両断」
袈裟切りを繰り出すと、凄まじい威力の炎で辺り一面が燃え上がる。
それは煉獄を彷彿とさせる光景だった。
地獄絵図とはまさにこのことかと、僕は一人で納得する。
しかしそんな煉獄の炎の中から、一糸乱れぬ姿で現れる黒鉄と黒葉。
黒鉄は優雅な動きで一礼すると、微笑みながら言う。
「私も黒葉も興が乗ってきたところですが、そろそろ門限の時間が近いですので、これで失礼させていただきます」
「”漆黒”様、またいつか、ね」
「逃がすと思ってるのかっ! 糞餓鬼どもっ!!」
”漆黒”は雄叫びを上げながら突撃する。
凄まじい振動が地面を伝って僕達を襲う。そのすぐ後には怒号のような地鳴りが響き渡り、耳がいかれてしまうかと思うくらいだった。
土煙で視界が失われ、突撃の後どうなったのかはすぐには分からなかった。
徐々に視界が開けていき、状況を確認しようとしたその瞬間。
「亜麻咲漆。白神研究所でお待ちしております」
すぐ耳元でその声は聞こえた。
あの声を間違えるはずがない。黒鉄だ。
僕はすぐ後ろを振り向くが、そこにはもう誰もいなかった。
「逃げられたか」
隕石でも降ってきたのかと思うほど陥没した地面の中、先程までの黒という黒を纏ったような姿ではなく、いつもの軽装になった”漆黒”が、疲れたような表情で言った。
「とりあえず、危機は去ったと言うべきかな」
僕は頷く。
殺の言う通り、とりあえずの危機は去った。
しかし、僕達の目的はここで危機を回避することではない。鬼神一族の屋敷で準備を整え、白神一族の当主を殺害することだ。
「しかし、どうしたもんかね。これじゃ準備を整えるどころか、寝泊りすることもできない。しかし、今から山を降りるなんてことは自殺行為と言っていい」
空を見ればもう星が瞬いていた。
誘拐されてから少なくとも二日は経っている。
姉と妹は元気だろうか。
寂しい思いはしていないだろうか。
いや、あの妹はきっと僕がいなくなれば姉を独占できるので、今の状況は願ったり叶ったりかな。
もしかして僕がいなくなったことすら、気に留めていないとか。
いやいやいや、そんなことは無いはずだ。きっとそんなことは無い。
もう考えるのはよそう。僕が寂しくなる。
はぁ、星が綺麗だ。
センチメンタルな思いに浸り、空を仰ぐ。
「あんたはいつまで遊んでるのよばか!!」
背中を思い切り蹴られた。
それはもう勢い良く。
手加減も容赦もなく。
「痛いなぁ、何するんだ妹よ」
二日振りの再会で兄に蹴りを食らわす妹なんて、世界中どこを探してもいないぞ。
「迎えに来てあげたんじゃない! この馬鹿! 家に帰ったら半壊状態で、誰かさんの左腕は落ちてるし、鬼神一族の人が居間で優雅にお茶してるし、もう人生であそこまで混乱したのは初めてよ! 事情を聞けば白神一族当主の殺害に参加してるって言うから、本当に、本当に心配したんだから!」
今にも泣きそうな顔で言う妹は、なんだかすごく可愛く見えた。
僕は年上好きだが、こんな姿を見せられると、年下も悪くないんじゃないかと思ってしまう。
「うん、ごめん。心配かけて」
僕は謝罪を述べるので精一杯だった。
「誠意がこもってない! ばかばかばか!」
ついに泣き出してしまった妹。
日頃から女の子との接点が無いためか、泣いている女の子はどう慰めたらいいか分からない。
抱きしめればいいのか。頭を撫でればいいのか。はたまたハンカチで涙を拭えばいいのか。
でも、僕はそのどれもすることが出来なかった。
泣き止まない妹をただただ眺めるしか出来ない僕は、自分の中の何かが湧き上がるのを感じた。
それは僕の中に棲む何かが、必死に何かを叫んでいるようで。
聞き取れたのは、一言だけ。
――そのときまで、あなたは――
瞬間、妹の泣いている姿に、白い少女が重なる。
たった一瞬。妹に重なった少女は、一体誰だったのか。少なくとも僕には見覚えが無い。
「……じゃ、じゃあ早く帰るぞ。少し行った先にヘリが待機してるから」
まだ少し涙声の妹に連れられて、僕は歩き出す。
「これからまた少しの間は、日常を堪能するか」
僕が独り言のように呟いたその言葉に、隣を歩いていた殺が僕だけに聞こえるように言った。
「決戦は二週間後の、八月九日だ」
次回から二、三話は戦闘描写なしの日常回になる予定です。
いやはや、戦闘シーンって書くの難しいですね。