娘達
「空間展開。閉塞黒境」
突然全ての色が、黒く変わる。
黒の因子が持つ固有結界の中に入った証拠だ。
全ての因子が持つ固有結界は、因子が制限なく能力を発揮できる唯一の領域であり、因子の序列や能力に関係なく自由に顕現できる領域でもある。
この領域外で顕現できる因子は、黒の因子と赤の因子、それと白の因子のみが確認されている。
「しんでください」
黒葉は身長の倍ほどもある長大な鎌を発現させると、ルチルに向かってその鎌を振り下ろす。
「黒鎌一式。這」
鎌から黒い帯状のエネルギー波が数本現れ、地面を這いずるようにこちらに迫ってくる。
「なんだか蛇みたいですね」
ルチルは蛇が嫌いなのか、嫌そうな顔をする。
「気持ち悪いので、ちょっくら潰しますね」
両腕を前に出し、握りつぶすような動作をする。するとルチルの前面の地面が球体で押し潰されたように陥没する。
エネルギー波も押し潰され、消滅する。
「うーん。使い心地はまぁまぁかな」
「今何をしたんだ?」
「自身の前方空間に干渉して、重力をちょちょっと操作しただけだよ」
ルチルの両腕には赤い手袋がはめられているだけで、機械らしいものは見当たらない。一体どうやったら重力を操作できるのか僕には見当もつかない。
「でもまぁ、試作品だから威力も弱くて範囲も狭い。まだまだ改良が必要かな」
やっぱりあの手袋に機械が埋め込まれているのか、感触を確かめるように手を動かすルチル。
「黒鎌二式。上澄」
自らの頭上で鎌を回転させる黒葉。
回転した鎌の上から黒い円盤状のエネルギー波が次々と現れて、ルチルに襲い掛かってくる。
「面倒ですねー」
ルチルは腰に下げていた棒状の機械を手に取ると、エネルギー波の数と同じ回数それを振る。
するとエネルギー波が全て綺麗に二つに割れ、消滅していく。
「お前の装備は変なものばっかだな」
「そうかな。多分持ち運びが便利なものしか選んでないから変なものばっかなんだよ」
ルチルの所の開発部はまともなものを作ろうとは思わないのだろうか。
「でも心配しないで。私のメインウェポンはこれだから」
と言って背負っていた剣を抜き、構える。
「それはどんなトンデモ性能が備わってるんだ?」
「いや、これはただの剣だよ。ただ重いだけの直剣」
めんどくさがりなルチルが、わざわざ重いものを持っていることに、僕は驚いた。
しかもその剣には何の性能も無いとなると、いよいよ僕は驚きを隠せない。
「やっぱり武器はシンプルなものが一番だよ。役に立つのか分からないような性能の武器とか、意図が分からない形をした武器とか、もうたくさんだよ」
こいつにも苦労はあるらしい。
それにしてもルチルにここまで言わせる開発部の発明品って、他にどんなものがあるんだろう。
ちょっと見てみたいな。
「黒鎌三式。三日月」
黒葉をエネルギー波でできた刃が隙間なく囲む。
「さて、と。早くこの子倒してお休みいっぱい貰いたいので、今から少しだけ頑張りますよー」
今まで頑張ってなかったのか。
「ルチル。分かっているとは思うが、相手は序列三位の黒葉の因子だぞ」
「そんなのは見た目で分かりますよー。けれど、たかが序列三位程度でこの私が苦戦すると思ってるのですか。漆君は」
普段のときと戦闘のときでは、別人かと思うくらい雰囲気が違うからなぁ。
いかんせん普段のあの体たらくを見ていると、この人本当はただの駄目人間なんじゃないかと思えてくる。
しかし、あの第八部隊の部隊長を務めている以上、その戦闘能力は本物なのだろう。
そんなことをしている間にも、エネルギー波の刃はこちらに襲い掛かってきている。だが、それをルチルはただの重いだけの直剣で斬って、潰して、叩き割る。
「本当にその剣、ただの重い直剣なのか?」
本当はなんかしらの性能があって、それをルチルが知らずに使ってるとかじゃないよな。
「そうだよ。ただの重い直剣」
と、言うことは武器の性能ではなく、ルチル自身の性能が異常なのか。
「黒鎌四式。侵食波状」
一瞬、空気が波打つ。
「おっと、これは少しまずいね」
ルチルは自分の頭上に直剣を構える。
それとほぼ同時に黒葉が鎌を振り下ろす。
その瞬間、金属がこすれる嫌な音が響く。
なおも黒葉は鎌を振り上げ、振り下ろし、振り回す。その度に金属音が鳴り響く。
「黒鎌五式。二連刃」
ルチルの目の前に突如、鎌を持った少女が現れてルチルを襲う。
見えない攻撃と目の前の少女。流石にこれは苦戦するだろう。
僕も少しは手伝わなくては。そう思って前に出ようとしたが、しかしそれは必要なかった。
空間に亀裂が入り、景色が砕ける。
「よくもこの私を閉じ込めてくれたな。黒鉄。黒葉」
そこには黒を身に纏い、怒気を含んだオーラを放つ”漆黒”がいた。
髪は逆立ち、手に持つその刀からは大量の黒いエネルギー波が溢れ出ていて、禍々しい。
地面に降り立った”漆黒”は、黒葉と黒鉄に向かい刃を立て、小さく呟く。
「跡形もなく消し去ってやる。我が娘達よ」