先制
【プロフィール】
・亜麻咲愛海
漆と唯香の姉。亜麻神一族の分家である亜麻咲家の現当主。因子を一切定着させることの出来ない”抗因子体”の持ち主。
・鬼神殺鬼
鬼神一族七十一代目頭領。歴代一統率力があると言われている。得物は弓矢。殺鬼という名前は代々頭領に継承されるものであり、前は殺音と名乗っていた。
この時ばかりは、自分の目を疑わずにはいられなかった。
僕の住む町から約五時間かけ、隣県との境にある山の奥、誰も案内無しには足を踏み入れたことがないのではないかと思われるくらい山の中に、鬼神一族総本家の屋敷があった。
だが、それは既に半壊し、残った半分も今に崩れそうなほど破壊されている。
「お前ら鬼神は、今はこんな場所で寝泊まりとかしてるのか。僕が前に訪れたときはもっと立派な屋敷が建ってたと記憶してるが」
一応のため、確認しておく。
この一族は普通ではないから、もしかしたらこの状態の屋敷で暮らしているのかもしれない。
「おいおい、先制攻撃にしてもやりすぎよ、これは。多分私と殺鬼さん以外殺されちゃったんじゃないかしら」
しかし殺も少しは驚いているらしく、僕の言葉が届いていなかったらしい。
「屋敷がこんな状態じゃあ、殺鬼さんも殺されてるかも知れないぞ」
「それはありえない」
しかしこの言葉には即答だった。
「どうしてそう言い切れる」
今回ばかりは流石の殺鬼さんでも、屋敷の状態から見て生存の確率は低いと思うが。
「殺鬼さんが亜麻神未恋以外の人間に殺されるなんて、想像できないのよ」
僕は、黙る。
亜麻神一族正戦者候補の一人だったあの人だったら、確かにあの殺鬼さんを殺せるかもしれない。
しかし。
「……その未恋さんも、もういないけれど」
世界最高の能力と言われていた亜麻神未恋。殺しても死なないとまで言われていた亜麻神未恋さえも、その最期はあっけなく無残なものだった。
その最期を知っているからこそ、僕は殺鬼さんの生死を疑っている。
「人間ども、悠長に話している場合ではないと思うが」
気付けば、後ろには”漆黒”の因子が顕現していた。
”漆黒”は正装である黒いドレスに身を包んでいて、身の丈ほどもある黒い槍を構えていた。
辺りを見渡せば、僕達は複数の因子もどきに囲まれていた。
数は、ざっと見て二十。
「私も舐められたものね。こんな模造品で足止めできると思ってるのかしら」
殺も、得物である刀を構え、臨戦態勢に入っている。
因子もどきの一体が、こちらに向かって突進してくる。それを合図に他の因子もどきも一斉にこちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。
どうやら全ての因子もどきが接近戦闘系らしく、遠距離攻撃はなかった。僕はそれに安心し迎撃態勢を解く。
「くたばれ、出来損ない」
”漆黒”はその黒い槍を真横に振る。
槍が通った空間にはエネルギー波が現れ、そのエネルギー波は十二本の槍に変化する。
「黒槍三式。十二槍黒連」
十二本の黒い槍は、一直線に相手に向かって飛んでいく。
最初は迎撃できていたが、連続で襲い掛かってくる槍に対応できず、ついには全身串刺しにされ消滅する。
一方殺は、陰険の構えを取り、相手を斬り伏せている。
「やっぱりオリジナルと違って斬り応えがないのよねぇ。この模造品」
と、至極つまらなさそうに喋りながら、しかし相手を斬る手は止めない。
「この二人に任せておけば、僕が参戦する必要はないかな」
そう思って少し離れた場所に移動する。
見つめられている。と思った。
すぐ後ろを振り向くが、そこには誰もいない。
僕の気のせいだったのか。それとも……。
「ちまちまとやるのも飽きたな」
”漆黒”は自身の両側に黒い柱を発現させると、その中から二挺の黒いライフルを取り出す。
「黒銃五式。黒印弾雨」
自らの頭上に無数の銃弾を放つ。その銃弾は不規則な軌道で相手に接近し、残った因子もどき全てを貫く。
次々と消滅していく因子もどき。
やがて最後の一体がその身を貫かれ、消滅した。
それが合図だった。
「黒流障壁終式。黒絶」
一瞬、視界が黒く染まる。
しかし、視界はすぐに元に戻った。けれど、そこには殺と”漆黒”の姿はなかった。
代わりにそこには全身を黒い服で包み、背中には翼のようなものが生えた”それ”がいた。
「初めまして。お初にお目にかかります」
”それ”は丁寧にお辞儀をしたあと、僕にプレッシャーをかけながら自己紹介をする。
「私、因子序列第四位。黒の七因子の一つ、識別名『黒鉄』と申します」
黒鉄は笑顔を僕に向ける。だが、僕は冗談でも笑える状況じゃなかった。
因子序列第四位。
確かに僕は白神一族には上位因子がいると予想してた。けれど、まさか黒の七因子の一つが白神一族に与しているとは思わなかった。
「さぁ、貴女もちゃんと挨拶しなさいな」
黒鉄に促され、その後ろから出てきたのは、小さな女の子だった。
けれど、女の子を視界に納めた瞬間、空気が重くなる。
女の子が無意識に放っているであろうオーラのせいで、頭痛がする。
「……わ、わたし、は、因子じょれつだいさ、三位。黒の七因子の、一つ、しきべつ名『黒葉』です。よろしく、おねがいします」
黒葉も、丁寧にお辞儀をする。
因子序列第三位。冗談だろ。
序列四位と三位が一緒の空間にいるなんて、普通の人間の身体じゃあ耐えられるものじゃない。
気持ち悪い。
まっすぐ立っているのか分からなくなる。
「貴方の自己紹介は結構ですよ、亜麻咲漆さん。知りたいことは全部知ってますから」
息が上手くできない。
視界が霞んでいく。
「私達は主様から、貴方を連れてくるように命令を受けました」
何を言っているか聞き取れない。
身体の震えが止まらない。
「けれど、主様が必要としているのは貴方の心臓だけですので、不要な他の部分は置いて行きますね」
柔らかい何かが、胸の辺りに触れる。
「……しんぞう、いただきます」
もう、これまでか。
と思っていると、突然凄まじい力で後ろに引っ張られる。
どうやら間一髪で助けが来たようだ。
「ごめんなさい。お昼寝してたら遅くなりました」
「僕的にはもう少し早く来てほしかったかな、ルチル」
「貴女、誰ですか?」
黒鉄と黒葉からは、依然としてプレッシャーを感じる。
けれど、一人でも落ち着いた人間が側にいれば、問題はない。
「おっとっと。自己紹介しますね」
寝ぼけ眼で相手を見つめ、だるそうな仕草で喋り始める。
「私は英国陸軍特殊遊撃部隊所属第八中隊隊長ルチルチェア・ティアディベル大尉です。よろしく」
名乗った後、敬礼する。それもきっちりした敬礼ではなく、なんだかへろへろの敬礼だ。このプレッシャーの中で、よく平然としていられるな。こいつ。
それとも、気付いていないのか。この威圧に。
「私達の邪魔をしたのですから、覚悟はできているのですよね」
不敵に微笑む黒鉄。
けれどなおもルチルは気にすることなく言い放つ。
「さて、そろそろ真面目にお仕事しますか」